午後の喫茶店

   5


「おいっす」

「オイーッス」

「エイコック先輩……であってるっすか?」

「合ってます」

「じゃあこれ」

「ドーモ」

「こちらこそ、ドーモっす」

 佐藤トトロの放課後、学校の近くの喫茶店でのやりとりは以上で終わりそうになった。「おいっす」に「オイーッス」が返ってきたらメディアを渡す。ミンメイ書房の紙製カバーの文庫本を読んでいる人間に。ここでやるべきことはすでに終わった――のか?

 エイコック先輩、もしくはとりあえず目の前に居る人間は、中肉中背としか言いようのない黒ジーンズの男だった。ニット帽と、体躯に比べたらやや大きめのロングTシャツを身につけている。二十歳前後に見え、もし「高校生です」と言われたら「はいそうですか」という類の風貌だ。

 佐藤トトロは困惑した。

 エイコック先輩は、

「……なんのためにとか、聞かないのですか?」

「聞きたいことはいくつかあるっす。でもメールで済むハナシっすよね?」

「それだけじゃあないんです。ぼくにはちょっと疑心暗鬼が過ぎる癖(へき)があってですね。ブログへのメールが実際に、あろうことか女子高生だと言うとか後輩だとか先輩だ間違いない、だとか、そういうのはもう、ぼくにとってはいくらなんでもありえない、からかわれているんじゃないだろうかとか、まともじゃあない自分への、まともな人間の悪意、そういうのが怖かったんです。だいたいが、女子高生――いわゆるJK――なんて天敵みたいなもんですよ、ぼくみたいな陰キャラからしたら。そんなところでズタズタにされるかと思うと怖くて満員電車や学校の近くってだけで怖くて怖くて怖くて」

 佐藤トトロはそれらを「へー」「はい」「なるほど?」「ふーん、そっすか」と聞いた。

「つまり……どういうことっすか?」

「『信頼』……信頼できる人間が本当に居るのか、怖くなったんです。ここへ来たのはいわゆる究極の『怖いもの見たさ』です」

「これいわゆる面接ってやつっすか?」

「そうですね……いわれてみれば」

「合格っすか?」

「……そうなります」

 やった。エイコック先輩はかなりチョロい。

「ありがとうございましたっす。続きはメールでなんとかなるんすよね。では、これにて」

 コーヒーを飲み干して、佐藤トトロは席を立とうとした。

「ちょっと待ってください」

「はいな?」

「これを、公園の『村さん』にわたしてくれますか。それと、この商品券で村さんに差し入れを持っていってあげて下さい。ただし、商品券をそのまま渡すのはナシ」

 エイコックは封書と商品券(二〇枚近くある……かなりの額だ!)を佐藤トトロに渡した。

「こ……これは? 村さん? 有名人?」

「公園で村さんを呼べばわかります」

「……了解。信頼には信頼で応える所存っす。じゃあこんごともよろしくっす!」

 手を差し伸べる佐藤トトロ。

 エイコック先輩は一瞬なんのしぐさかがわからないといったふうに停止したが、三秒後に佐藤トトロと握手をかわした。

「では、さようなら」

「また会いましょうっす」

 喫茶店から出てエイコックと別れた。直後、佐藤トトロは切手の貼られていない封書を調べてみた。『差出人:エイコック、公園の村さん様へ』としか書かれていない。

 当然だが、気になる中身を覗いたりはしない。

 しかし、ここで「公園」といったら、あの、ホームレスの人たちが住んでいる公園しかないのだが、それでいいのだろうか? まあ、間違ってはいないはずだ。


 しかし、なぜエイコック本人が直接会いに行かないのだろう? 信頼とは一体何なんだろう?


 それはともかく、こうして、エイコック先輩とも、ベテランIT系ホームレスの村さんとも、コネクションができた。

「人脈、っすね……これがわたしの才能? それを見抜いた部長の才能? みんながなにかしらの天才かも……」

 佐藤トトロは、ひとりごちた。

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