第7話 プーテース

 火蠅ドラゴンフライ襲撃地点から進んでいくと、次第に通路に光が溢れてくる。

 

 開けた場所に出ると、そこは何者かの住処らしき空間となっており、何より屋外への出入り口があった。外の景色は一面の海。

 原始的だが明らかに人の手が入った寝床がある。そして、不自然に、ギリシア神話の絵画なんかで見かけるようなリラ型(U字型)のコンパクトな青いハープが置いてあった。

 そのまま洞窟出入り口のほうに行くとぎょっとした。ここは断崖の中腹に開いた口だったようだ。


 部屋の中の捜索をする。といってもハープとその横に何か玉が置かれてあるだけだが。その玉が目に留まって仕方がない。これが魔石なのかもしれないと手に取り、魔力だかスキルだかが得られるんじゃないかと恥ずかしげもなく念じると、玉が輝きだした。


 後ろで気配がし、振り返るとそこに、このあいだの人鳥型の魔物がいた。


「あっ。変態だ。」

「Αχτθ!」

 

 相手も同時に何か言った。

 思わず声に出てしまった。仕方がないのかもしれないが、全裸で胸と股間の大事なところだけが白い羽毛でちょうど覆われている。ギリセーフだ。

 こうしてじっくり見ると綺麗な切れ長の目で美人だ。髪も白い羽毛と羽根で頭の左右にすごく大きく生えた長い翼につながっている。翼は曲げたりたたんだり動いている。


「Do you understand my language? 言葉わかる?」 

「Ωαννδα 、Ομαε!?」

 

 巨大な熊手の武器のように発達した鳥のかぎ爪を突き出して、何か喚いている。ひどくお怒りのようだ。

 そりゃそうだ。お互い様だが前回殺されかけた相手だ。加えてどう見ても住処を物色し、宝の玉を今まさに手に持っている。玉の光はようやく収まった。


「Τθκαιυαγαττα Νοκα!」


 何かいっそう逆上したようだが、やはり戦闘になるのか。ただ分からない言語圏から来たのか、もとからの原住魔物なのか。

 こっちは双頭犬オルキュロス3体連れて、今は洞窟内だぞ。圧倒的有利だ。今度こそ冥途に送ってやろうか。


 鳥人間が声を上げた。高い美しい歌声だった。


 キャトルサンク(ピンク味がかった尻尾)が飛び掛かる。やつはサッと後ろに跳躍し鍵爪を鉈のようにふるう。結構近接もこなせる女なのかもしれない。

 アンドゥ(赤味がかった尻尾)は逃がさないよう出入り口のほうに回り込んだ。


 その視界に嫌なものが映り込んだ。とっさに俺は理解し、リラ型ハープに飛びつくと即興で奏でいつもの子守歌を唄う。蜂の大軍が来ている。


 こいつ、セイレーンだ。


 歌声で船乗りを魅了して沈める怪鳥だか人魚だか。オルフェウスと歌比べして負けて死んだが、養蜂家のプーテースだけは魅了したとかしないとか。その養蜂家と蜂の大軍が頭の中で重なった。そこは偶々たまたまの符号に過ぎないかもしれない。蜂を操るなんて話は聞いたことないしな。要は閃きを助けただけだ。

 近くに魅了した蜂の群れでも飼っているのかもしれない。


 室内に飛び込んできた蜂の半分近くが俺の歌の効果で眠り落ちた。

 だが数万いそうな蜂が半分になってもまだまずい。分が悪い。

 俺は前のようにセイレーンに尻尾を振り回す。セイレーンが躱すが、尻尾から煙幕を思い切り噴射する。これを知らなかったセイレーンは煙幕の中体勢を崩す。双頭犬にも煙幕を出させながら突っ込ませる。煙幕の中で蜂たちはわけが分からなくなっている。

 だが一陣の風が巻き起こされ、煙幕は吹き飛ばされた。セイレーンが羽ばたいただけだ。あちゃー。でも蜂も散り散りに飛ばされ出て行った。完全に支配していたわけではないらしい。セイレーンの足が血で真っ赤に濡れている。キャトルサンクの肩口が傷ついている。アンドゥとトワシスにも何故か傷があるのだ。

 

 セイレーンが翼を大きく広げ、交差するほど羽ばたくと、巨大な旋風が二つ巻き起こる。当然洞窟内のものは破壊される。

 

 俺たちは出入り口の崖から海へとたてつづけに飛び込んだ。

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