◆Episode.15 君の手を取って◆
深山が死亡してから、数日が経っていた。
きぃん、ごぉん――......
今日も鈴蘭高校では始業を告げる鐘が鳴り響き、それぞれの寮から校舎へと生徒たちが集まっていた。
その中に、市村の姿もあった。
「はー......ぁ。ねむ」
眠気と戦いながらも歩き、今日の授業のことを考えていた。
今日とて出席日数を稼がなくてはならない、という理由はあるものの、前期の授業の単位はほとんど取り終えており、成績をそこまで気にしなくていい市村にとって今日は暇だった。
「理宮さんとこ、行こうかな。あの人、意外と寂しがりやだし」
市村が今日の動向を決めた。そのとき、あるものが目に入った。
「ん?」
それは少しだけ異質なものだった。少なくとも、たった数日でこうなるとは思えないような光景だった。
中島と弓弦が、手をつないで並んで歩いていた。
「なか、じま?」
市村は思わず、後ろで声を発してしまった。それを呼び止められたと思ったのだろう。中島は歩みを止め、市村の方を振り返った。
「ああ、......市村......」
「市村君、おはよー」
「あ、うん、おはよ」
市村がこの光景に戸惑っていると、中島が勝手に説明を始めた。
「えっと......あまゆと......付き合うことになって」
「わたしがー、告白しちゃったんだー」
照れくさそうに二人は笑う。
「ほんとはずっと前から好きだったんだけどー。ほらー、深山ちゃんがいたからー」
「ぼくは......断る理由もないし......魅音がいない隙間を、埋めてくれると思って......」
「そうなんだ、いや、なんていうか」
二人にかける言葉が、市村の中に無い。まして、中島に関しては深山が死んで数日しか経っていないのに、この関係だ。
どうして、そうなったのか。市村にはわからなかった。
「ごめん......ぼくたち、授業......あるから」
「またねー、市村君」
そして二人は、市村にそぞろに挨拶をして校舎の中に消えていった。
立ち止まったままの市村に、生徒たちの視線が集まる。じり、と照らす太陽の暑さに髪を焼かれながら、必死に考える。何が中島を変えたのか、どうして弓弦を愛することになったのか。
ふと、市村はひとつの結論にたどり着く。
(理宮さん、理宮さんなら何かわかるかもしれない)
その結論にたどり着いた市村は、すぐに行動を起こした。右肩からずり落ちそうになっていた鞄を背負いなおし、落ちないよう両手で支えながら昇降口へと走った。
*****
「やぁ。今日はまた早いね、市村くん」
「理宮さん。中島の、いや違う、深山さんの願いが」
「叶ってしまった、かな?」
「な、どうしてそれを」
「わかるよ。『魔女』だからね。それよりも」
理宮は刹那、悲しそうな、切なそうな、痛みを孕んだ顔をして言った。
「叶ってしまったようだね――また僕は【運命】に勝てなかった」
ざぁ――......
窓の外で、木々の葉が鳴る。理宮の背後の窓から、少し湿っている、夏独特の熱を持った風が吹き込んでくる。この部屋は、暑い。
それなのに、市村の背筋は凍り付いていた。理宮の言葉の意味が、わからない。
対して理宮は、いつものように窓際の背の低い本棚の上に脚を組んで腰かけ、薄く笑っている。ひとつ違う点と言えば、笑顔に意地が悪そうな感じが混じっていないことだろう。
理宮の些細な違いでさえも、市村にとっては謎である。
「何がわかってるんですか。説明してくださいよ! また、また俺は〈セカイ〉に置いて行かれるんですか!?」
「まぁまぁ、待ちたまえよ。ゆっくり呼吸でもしてくれ。君が落ち着くことが先決だ」
しかし、市村のいら立ちは収まりそうにない。仕方ないと理宮は諦め、言葉を紡ぐことにした。
「いらついているのはわかるが、僕に噛みつかないでくれよ。君に責められるのは少しばかり苦なんだ」
「わかりました」
市村はひとつ頷いて、鞄を床に置き、二脚あるうちの椅子のうち、東側のものに腰かけ、備え付けてある机の上に拳を乗せた。
「まず、『願いが叶った』のは深山くんの方だ」
「深山さん、ですか」
「そう。彼女の願いは『中島くんの愛に溺れたい』だったね。彼女はその通り、彼に愛され、皆底に沈んでいったのだ」
「そんな!」
「そんなも何も。事実だと思うよ。僕も詳しくはわからないけれどね。深山くんが死んだ原因は溺死だった。それは確かだ。ちょいと情報筋を持っていてね。それくらいまでならわかる」
「中島が、愛して......?」
「そう。【愛に、溺れてしまった】のだ。中島くんの愛に、ね」
「もしかして、深山さんがプールの中に入ったのは中島が関係してるっていうんですか」
「その通り。二人はプールに忍び込み、楽しく遊んだ。最後のひとときを過ごした。もちろん深山くんはそんなことを思っていなかっただろうが、中島くんは最後だと思っていただろう。そして、何らかの方法で深山くんのことを溺れさせた」
「でも、どうやって」
「電気抵抗だと思うよ」
「それでどうやって溺れさせるんですか? そんな微弱な電気じゃ、感電するくらい、しか」
そこで市村は言葉を区切り、あることを頭に浮かべた。
「そう、深山くんは――」
「――心臓が、弱かった」
心臓が弱い深山にとって、微弱であれ濡れた身体に走る電流は十分な凶器となり得るだろう。それに気が付いてからは、市村の理解も早かった。
「深山さんは心臓が弱かった。それなのにプールで身体を冷やして、上がろうとしたところでとどめに電流を流した。それで、溺死したんですね」
「その通り。理解が早くて助かるよ」
理宮は市村の様子にひとつ頷いてみせた。
「ちょうど今の特別進学コースのカリキュラムでは電気抵抗の実験をやっているはずだよ。材料ならそこで簡単に手に入るだろうね。それを手袋にでも仕込んだんじゃないかい」
「じゃあやっぱり、中島が」
市村は、絶望感にさいなまれていた。まさか、コースが違うとは言え級友がそんなことをするとは思っていなかった。
じとり、と汗が額を伝った。そのまま目じりに垂れ、それを拭おうと市村は机に乗せていた拳を額に乗せて、目をつぶった。
次に目を開けると――夕焼け色に、空が染まっていた。
何度目かになる時間の遷移。
「はぁ。これ、何回目でしょうね」
「さあね。僕は君じゃないからわからないよ」
市村が一瞬前に感じていた絶望感は、そのまま心に残っている。限界だ。この場から一刻も早く離れたかった。
「理宮さん。すみません、今日はもう帰ります」
「おや、早くに来たと思ったらもう帰るのかい。好きにしたらいいけどね」
「また来ます。明日も、明後日も。俺がこの〈セカイ〉にいられる限り」
「ふふふ、そう言ってくれると嬉しいよ。僕もこの場所にいる甲斐があるよ」
「はぁ、それなら何よりですよ」
やっと市村は、笑顔を取り戻した。椅子から立ち上がり、床に置いていた鞄を肩にかける。
「それじゃ、また」
「ああ。またね」
市村が出ていき、理宮以外、誰もいなくなった第二書庫で、理宮は何かを考え込んでいる。
静かに。いつもの笑みは浮かべていない。何かを考え、ぽつりとつぶやいた。
「【運命】には、勝てない――か」
それは理宮にとって真理に等しい。いくら理宮が『願い』を聞こうと【運命】は『願い』とイコールになるとは限らない。
「どうか。どうかこの先、何も起こってくれるなよ」
理宮は、脳内に広がる嫌な感覚を振り払い、意地悪そうな笑みを浮かべて見せる。
「ま、【カミサマ】なんてのがそれを聞き入れてくれるとは思っていないけれどね」
『魔女』は何にも祈らない。何にも願わない。
ただそこに、『第二書庫の魔女』として存在する、だけだ。
それはどれだけ――残酷なことなのだろうか。
【Continue to the next Episode】
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