◆Episode.13 陰惨な結果◆
体育館の裏。そこはいわゆる〈不良〉の吹き溜まりになっている。
格式のある鈴蘭高校ではあるが、それでも一定数、あまり人間性が良くない生徒はいる。彼ら、あるいは彼女らがアクションを起こすときはだいたい、この場所が舞台となる。
今回も同じく、木下優樹菜は深山魅音を呼び出し、無理やり体育館裏へと連れてきた。
「ちょっとっ、やめてっ!」
「うるっせェ!」
優樹菜は深山の身体を体育館の壁に叩きつけ、深山のことをにらみつけた。
「あんたさァ、生意気なんだよ。アタシが大山センパイのこと好きなの、知っててやってんでしょ」
「……知らないっ」
「嘘つくんじゃねェよ」
「だってっ。あなたが大山先輩好きでもあたしには関係ないもんっ」
「じゃあなんで彼氏ほっといて大山センパイにつきまとうんだよッ!?」
「いーじゃない、別にっ。関係ないよっ」
その言葉に腹を立て、優樹菜は思い切り、深山のことを押し倒した。優樹菜の力に負け、深山は地面に倒れ伏す。
優樹菜と取り巻き、合わせて三人ほどが深山のことを見下ろす。否、見下す、の方が正しいだろう。
「優樹菜、こいつ今からどうすんの?」
「……シメる」
「うひひ、ゆっきーたらこっわ」
深山はなんとか逃げようと、地面に手をついて上体を起こす。しかし、それよりも早く優樹菜の足が持ち上がり、深山の腹へ突き刺さ――らなかった。
「何してる!」
大きな声が深山たちの耳に届いた。声のした方を見ると、柔道着に身を包んだ大山が深山がいじめられている現場を見ていた。
「深山……木下、何してるんだ」
「や、やばいよゆっきー」
「センパイ、ちが、これは」
「木下。何があっても暴力は駄目だ」
「だ、だってェ」
大山は深山の方へ駆けより、すりむいた膝を見て痛々しいその傷に眉をひそめる。
「木下。もう帰れ。深山の世話はオレが見るし、お前のことは教員に言わないから」
「くッ……」
優樹菜は涙を溜め、その場でしばらく動けないでいたが、それでも大山の言うことを聞かないわけにはいかなかった。深山のあざとく、小賢しく微笑んだ顔を見て腹の内が煮えたぎるようだったが、無理やり足を動かした。
「あ~んっ、怖かったです、大山先輩っ」
優樹菜とその取り巻きの姿が見えなくなると、大山にすり寄った。
「こら、深山」
「すっごくすっごく怖かったですっ」
後ずさりしようとする大山の身体に、深山はぎゅっと抱きしめた。逃がさない、と言わんばかりに。
深山が膝をすりむいていることもあり、大山は深山の腕を振り払うことができない。仕方がないまま、深山の身体を抱きとめる。
「お前なあ。もうちょっと彼氏のことを大事にしてやれよ。頼むから」
「でもでも今は怖かったんですっ!」
深山は顔を大山の胸にうずめ、腕に力を入れる。それに応えるしかない、と思い、大山は深山を抱きとめる。こうしないと、あとで大騒ぎするのはわかっていた。
泣き言を言い続ける深山を、大山は哀れみの目をもって見つめる。大山は脳裏に中島のことを思い浮かべる。中島はこの光景を見たらどう思うのだろうか。もし、今の魅音と大山のことを見たら――
「魅音……何、してるの?」
「えっ?」
後ろに、中島が立っていた。
下校途中なのだろう。重そうなスクールバックを黒い手袋をしている右手に下げ、深山と大山のことを静かに見下ろしている。
「どうして……大山先輩と……?」
「あっ、ゆーくんっ!」
深山は中島の姿を見ると、深山は力強く立ち上がり中島のほうへ走り寄った。
「あのねっ、木下のバカにいじめられてたらねっ、大山先輩が助けてくれたのっ」
「でも、今……」
「でねでねっ。怖かったからぎゅーってしてもらったのっ」
「…………」
まくしたてる深山に対して、中島は無言を貫いている。中島は次第にうなだれ、表情をうかがえなくなった。
「それで……? 抱きしめてもらってたの……?」
「うんっ」
大きくうなずいた深山は、笑顔をたたえている。
「違うんだ、中島、これは」
「……うるさい!!」
中島の怒声が響く。
しん、と。辺りが静かになった。残響さえも消えていく。風が吹いて、やっとその場の時間が動き出した。
「魅音……帰ろう。市村君のこと、待たせてるから」
「えっ、今日は大山先輩と帰るよっ?」
「ああ……」
中島は、大山に鋭い視線を向ける。
「そう、でしたね……」
狂暴な視線ににらまれ、大山は動けなくなる。それを気にすることなく、深山は楽しそうに言う。
「さ、大山先輩っ。いきましょっ」
深山は自分の鞄があるであろう教室の方へ大山を導く。まだ部活が、いいじゃない、という掛け合いを聞きながら、中島はその場を離れた。
「はぁ、中島さ」
中島が進んだすぐ先に、市村がいた。もう少し離れている場所にいると思っていたが、実際はこの光景が見える程度の距離にいたらしい。
「こんなんでいいのか? これ、明らかにおかしいだろ」
「いいんだ……いいんだよ」
「そんなこと」
「もうすぐ……〈終わる〉から」
そう呟いて、中島は歩き出す。市村は慌てて後を追う。
何が、終わるのか。何が、中島の手で始められ、そして終えられるのか。
市村には、想像すらできなかった。
*****
「陸の王子に恋をした人魚姫は、美しい声と永遠の命を対価に二本の脚を『魔女』からもらいました」
理宮真奈は、静かに語る。
「『魔女』は言いました。〈この恋は必ず叶えなければならないよ。そうでないと、お前は泡になって消えてしまうからね〉」
ぱらり。市村と理宮で数日前に見た、大きな絵本。きらびやかな装飾が施された絵本には、黒い悪魔のような『魔女』が描かれている。
そこから、理宮は何枚かのページをめくった。
「しかし人魚姫は、恋を叶えることは出来ませんでした。それを助けるために、人魚姫の姉たちは『魔女』から短刀をもらい受けます」
挿絵には、ぎらりと光る短刀が描かれている。呪いの力が宿っているように見える、銀の短刀だ。
「〈これで王子を殺しなさい。そうすれば、あなたの脚は魚に戻り、美しい声と永遠の命をとりもどせるでしょう〉」
理宮はその短刀の絵を、細く白い、美しい指でなぞる。
「……さて、人魚姫は――何を、手に入れるのだろうね」
問いかけには、誰も答えない。この場所には、『第二書庫』には理宮しかいない。
照明が落とされ、月明りのみに照らされた第二書庫の背の低い本棚の上に脚を組んで、理宮は座っている。
昼間にそうするように、夜の今もそうしている。
理宮の問いに応えるかわりのように、遠くで水音が鳴った。
粘性をもった、短く、高い、静かな音だ。
「何を得られたら――幸せだったのだろうね」
応える者はいない。
ちゃぷん。
もう一度、水音が鳴った。
理宮は、背後の月を仰ぐ。
「君は、何が欲しかったのかな」
応える者は――
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