第10話

起きると枕元まくらもとにクアーエさんが座っていた。泣きながら眠っちゃった私の目をれタオルで冷やしてくれてたみたい。


「おはようございます。クアーエさん、昨日の夜はお世話になりました。」


ちゃんと彼女の目を見つめて挨拶あいさつする。感謝の気持ちはいくら伝えたって良いよね。おかげで目がれてないんだし。


「おう、目覚めたか。それではイコォーマに向かって出発するぞ。支度したくをせよ。」


リーネオさんが声を掛けて来た。私は支度をしようとベッドを降りた。ふと足を見ると靴擦くつずれのあった場所に包帯が巻かれている。何時いつの間にか手当してくれてたんだ。しかも新しい靴擦れが出来ない様に厚手の靴下も用意してくれてるよ。本当に暖かい人たちだ。


支度が終わった私とクアーエさんさんが宿屋の受付まで来るとリーネオさんと女将おかみさんが色々と話していた。きっと昨日の夜に見つけた魔道具のことだろうな。ディーナーさんを見ると人参にんじんとリンゴが沢山入った大きなおけを持ってる。


「それでは行くか。マントゥーリあいつが待ちくたびれてるかも知れんからな。」


昨日の夜、お別れした街の出口にマントゥーリ君はもう待っていた。何か前脚で地面をいてるよ。


「おお、待たせたか。それでは背中の手入れをしてやろうな。」


リーネオさんはそう言うとマントゥーリ君の背中を優しくブラッシングする。彼は眼を細めて気持ちよさそうだ。私もディーナーさんが持って来てくれた人参にんじんとリンゴをあげようっと。


「はい、マントゥーリ君。一杯食べてね。今日も一日よろしく。」


私は彼の眼を見ながらリンゴを上げた。結構大きかったけど一口で食べちゃった。鼻面にてのひらが当たるとフカフカしてて暖かい。尻尾を高く振ってる。嬉しいみたいだ。体がデッカイからやっぱり沢山食べるね。あっと言う間に大きなおけからになったよ。


「お嬢、最後にこれを上げて下さいな。」


そう言ってディーナーさんが角砂糖を幾つかくれた。ふうん、甘い物好きなんだね。それを上げるとマントゥーリ君は高い声でいなないた。デッカイけど何か可愛いなあ。私は彼の鼻筋をでながら首を軽く叩いた。こういう触れ合いって本当になごむ~♪


「さて、相棒あいぼう機嫌きげんも上々だ。皆、行くか!」


私はリーネオさんと一緒にマントゥーリ君のくらの上だ。ディーナーさんがスピアを持って並んで歩く。クアーエさんは姿を消してしまった。でも何処どこかから様子を見ながら付いて来てるんだろうな。


「今日は良い日和ひよりだ。急ぐことは無い。ゆっくり見物しながら行くか。」


そう言ってリーネオさんは街道をゆっくり進みながら色々なことを教えてくれた。麦畑、そこで働いている農家の人、行きかう隊商、その積荷のこと、ゴルジョケアに居た頃はこんな時間を過ごしたことは無かった。いくさの時以外で都から出ることは許されなかったから。


「あの荷車を見よ。ミスピエル湖でれた魚を塩漬けにしているな。あれは恐らくゴルジョケアに向かう隊商だ。こちらの荷車の魚は塩漬けにしていない。近くに街があるから、そこの食堂や酒場におろすのだろう。」


本当に色々なことを知ってるし、人々のいとなみを良く見てるなあ。感心しちゃう。確かにこれなら「商会の跡取あととり息子」で通じるよ。ちょっと立派過ぎるけど・・・。リーネオさんと触れ合えば触れ合うほど、ゴルジョケアの王族の人たちの「うすっぺらさ」を実感するな。


「今日はミスピエル湖のほとりにあるソウルジェキの都に泊まるぞ。そして明日は船でイコォーマに行く。プサフヌト河を渡るよりその方が速い。それにミスピエル湖に少しでもれて置いた方が良いからな。」


ソウルジェキの都に着いた私たちは、リーネオさんの贔屓ひいきにしている大きな宿屋に泊まった。今度はクアーエさんと一緒の別の部屋にしてくれた。都の食堂で食事した。ミスピエル湖で獲れる新鮮な魚や貝を色々と食べたよ。リーネオさんとディーナーさんが魚や貝の様々なことを教えてくれる。こんなに楽しい夕食は久し振りだった。


「あの、クアーエさんは一緒に食事しないんですか? 何か申し訳ないんですけど。」


私は二人に聞いてみた。ディーナーさんが答える。


「妹は『密偵』です。人が沢山居る場所で食事をしたりして顔がれてしまっては商売上がったりなんですわ。なに、お嬢のそのお気遣きづかいだけでアイツは十分喜んでますよ。」


ふうん、そんなものなのか。ちょっと納得行かない気がするけど、じゃあせめて感謝の気持ちだけは忘れない様にしよう。いつも有り難うございます、クアーエさん。


翌日は朝早くから港に行った。贔屓ひいきの宿屋にはマントゥーリ君でも入れる大きな厩舎があったから直行だ。港には大きな軍船っていうのが停まってる。これでイコォーマまで行くんだね。


「良し、出港だ。ミスピエル湖は大きいぞ! 良く見ておけよ、リン。」


船が湖に出て私はびっくりした。向こう岸が全然見えない。波は穏やかだけど、まるで海だよ。対岸までは100km近くあるってリーネオさんが教えてくれた。しかも長い方では200Km以上あるそうだ。こんな大きな湖、日本じゃ見たことない! 壮観だ~♪


「湖にも風は吹く。だが海と違って吹き方が複雑だ。突然、なぎになったり風がいたりする。それゆえ、軍船にはかいも沢山付けているのだ。風に頼らなくても動けるようにな。」


なるほど湖面を行き交う船を見るとかいが付いてないのもある。ああいうのは商人の船なのかな? 良く見るとが付いてない漁師さんの船とか、遊覧船みたいなのとか色々居るね。実際に見て体験するって本当に大事だな。


「ここでいくさをするということは、湖で生活を支えている民に迷惑を掛けると言うことだ。それを忘れてはならないぞ。どんないくさもそうだ。軽はずみに始めるものではない。」


リーネオさんはまるで自分に言い聞かせるように語った。そうか、いくさの時じゃない普段のミスピエル湖の様子を見せるためにわざわざ軍船を回してくれたのかも。私には何かそう思えて来たよ。


「ふむ、今日は風が良いな。見よ! イコォーマの港が見えて来た。」


船はお昼前にイコォーマの港に着いちゃった。ずっと追い風だったみたい。マントゥーリ君も一緒に皆で船から降りると伝令みたいな人が血相を変えてリーネオさんのところにやって来た。何か耳打ちしてるけど、みるみる彼の表情が強張こわばっていく。あの冷静で物事に動じないリーネオさんが顔色を変えるって余程の事だ。何事だろう?


「都の教会の神殿に向かうぞ! マントゥーリこいつなら30分ほどの距離だ。」


そう言ってリーネオさんは私を一緒に乗せたマントゥーリ君を全速力で駆けさせた。ディーナーさんも大きなスピアかかげたまま付いてくる。どんな魔法を使ってるのか知らないけど脚の動きが見えないくらい早い。きっとクアーエさんも屋根の上とかを走って付いて来てるんだろうな。改めて思うけど、凄い人たちだよ。


「門を開けよ! リーネオ・フォン・インゼル、まかりしたぞ!」


リーネオさんの声ですぐに門が開いた。中に入った私達の周りに神官たちが一杯やって来た。【戦巫女いくさみこ】を任命する神殿の方に案内してくれる。どこの国でも教会の神殿の造りは同じなんだな。大体、行く先が判る。


「こちらです。ささ、どうぞ!」


一番偉い神官さんが神殿の中に迎え入れてくれる。入るとそこに小さな女の子が居た。


「馬鹿な! 召喚の儀式もしていないのに、この幼子おさなごが【戦巫女いくさみこ】として現れたと言うのか? 仔細しさいを説明せよ!」


リーネオさんが叫ぶのを聞きながら私は思っていた。これって「内定」取消しってこと?

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