第8話

「国が【戦巫女いくさみこ】を手に入れるには二つの方法がある。一つはリン、其方そなたの様に異なる世界から召喚すること。二つ目は生まれつき素質を持つ女子を15歳に成長するまで育てて教会の神殿で【戦巫女いくさみこ】に任命することだ。」


私はリーネオさんの話を真剣に聞いた。ほぼ確実に次に当たる【戦巫女いくさみこ】の情報だもの。一言だって聞き逃したくない。


「プロージアの王はマヴィン・ビヴォリティと言う男だ。その元に政略結婚でやって来たのが当時、13歳だったヴァイムと言う娘だ。彼女は生まれながら類稀たぐいまれな【戦巫女いくさみこ】の素質を持っていたそうだ。」


リーネオさんは一呼吸、間を置いた。


「少し離れた国の王の妹だったのだが、兄妹では婚姻の儀を結ぶことが出来ぬ。なのでプロージアと同盟を結ぶことを条件にとついで来たわけだ。」


「それでは、その国も加勢かせいして来ませんか?」


「その国の名はブリストル、この地図の上ではここだな。」


リーネオさんは地図の上で指差した国の名前を緑に塗ってくれた。そこはゴルジョケアと隣り合った小さな国だ。ソウルジェキに行くにはストルバクとの間を行かなきゃならない。それも他の小国を二つ通ってだよ。


「ああ、これじゃあソウルジェキに行けないなあ。でも同盟なんだから何もしない訳も行かないですよね?」


「おお、それよ。ブリストルはストルバクとはそう仲は悪くない。商売相手だからな。だがゴルジョケアとは最悪だ。なのでゴルジョケアに対する牽制けんせいを行うだろうな。」


そうかそうか、ゴルジョケアがソウルジェキに援軍を出そうとしたときに、ブリストルが下から攻めちゃえば嫌だもんね。リーネオさんの説明は分かり易いなあ。


「なので今回の相手はプロージアだけと見て問題なかろう。そしてゴルジョケアは全くあてに出来ぬ。かく、頭があれだからな。下手に兵を動かせばブリストルに良いように遊ばれおるわ。」


「つまり私とそのヴァイムって言う【戦巫女いくさみこ】の一騎打ちになると思って良いのですね?」


「そうだ。そしてヴァイムはあと二週間で15歳になる。まあ【戦巫女いくさみこ】になってすぐにいくさということは無いと思うが油断は出来ん。俺の読みでは一月後と踏んでいる。何故か判るか?」


うーん。何故だろう。一月後だとすると3月の終わりくらいか。春と言えば・・・。そうか! 判った。


「麦の取入れが終わるからですね?」


よろしい。その通りだ。そうだ、もう一つ予言しておくか。その頃にもう一つ面白いことが起こるかも知れんぞ?」


「え? 何が起こるの?」


私はキョトンとしながら聞いたけど、リーネオさんはお楽しみだと言って教えてくれなかった。


この世界は結構、温暖だ。夏はそんなに暑くないけど冬もそんなに寒くない。だから一年で2回、小麦を収穫出来るんだよね。去年の今頃に転生して来て、すぐに取入れだったから良く覚えてた。春に取入れって珍しかったから・・・。


「プロージアの王マヴィンは切れる男だ。わざわざ民の反感を買うような真似はしない。だから、先端が開かれるのは3月の終わり頃だろうな。」


リーネオさんのその話を聞いて私は思い出した。ゴルジョケアのバカ王太子は取入れの寸前にいきなりいくさを始めたんだよね。その次も確かそうだ。この間のいくさでも相手の国の麦畑を散々さんざん荒らしてたっけ・・・。あいつ、民衆の反感買いまくりだね。


「リンにやって貰わなければならないことを整理しておくか。まず、イコォーマの神殿で【戦巫女いくさみこ】の任命をする。次に水軍に慣れて貰う。なに海と違ってそうは揺れない。すぐに慣れるだろう。」


「私も水の上の戦いは初めてです。色々教えて下さいね。」


リーネオさんは任せておけと言わんばかりにニッコリ笑ってうなずいてくれた。何だろう、この人の声って大きいけどすごく優しい。まるで部屋中が春になったみたいに暖かく感じる。守られてるって安心感をひしひしと感じるよ。あのかんさわるペルクーリ王太子の裏返うらがえった声とは大違いだ。


「あの、ありがとうございます。ゴルジョケアではこんなに優しくして貰ったことが無くて・・・。」


私はついつい涙を流してしまった。門番さんに怒鳴どなられたこと、雑貨屋の女店主さんにひどを吹っ掛けられたり・・・。色々な辛い思い出がよみがえる。


「ふむ。そうか・・・。では少し答え合わせをしてやろう。ケー、アレはあがのうて来たか?」


「御意! こちらに!」


リーネオさんがクアーエさんに問うと、彼女はさっと短剣ダガーを指し出した。新品でピカピカの高そうなのだ。


「ふむ、金貨1枚くらいはしそうな業物わざものだな。リン、其方そなたも触って見よ。」


「はい。あれ?」


リーネオさんが渡してくれた短剣を持った瞬間、違和感に思わず声を上げてしまった。すごく持ちにくい。つかがツルツル滑って、武器に慣れてない私じゃあ咄嗟とっさに引き抜くなんて出来ないよ。


「気付いたか? 其方そなたの短剣を抜いてみろ。違いが直ぐに判るはずだ。」


「あ! スゴイ! とっても手に馴染なじみます。」


私は門番さんに貰った短剣ダガーを引き抜いて思わず声を上げちゃった。手元を見なくても触っただけで短剣が手に馴染なじんで、さっと引き抜けたから・・・。


「戦い慣れた者ならば、見かけだけ豪奢ごうしゃな新品の短剣よりも、其方の持つ古いが手入れの行き届いた短剣を選ぶだろうな。しかもその短剣ダガー其方そなたの手に合わせて調整してあるぞ?」


「・・・。」


私は無言になった。言葉が何も出て来ない。


「さて次だ。水筒を買ったと言っておったな。見せて見ろ。」


私が雑貨屋で買った小さな水筒を渡すとリーネオさんはしげしげと点検してる。それで一言。


「ふむ、これは中古品だな。大事に使ってるから判りにくいが底に細かいり傷がある。これは普通なら銀貨10枚と言う所だろう。足元を見られたと思うか?」


「あ、はい。」


私は正直にそう言った。だって普通に考えてそうだよね。私を見ながらリーネオさんは水筒のふたを外して、一口飲んだ。・・・って間接キスだよ、それ! え~?


「ほう、なかなかうまい水だな。アピナおけを持てい。」


「へい、若旦那。これに!」


私が真っ赤になって二人を見つめているとリーネオさんはディーナーさんが差し出すおけの中に水筒の水を注ぎ始めた。そんなの直ぐに無くなっちゃうよ。と思ったら桶の中にいくら水を注いでも無くならない。とうとう一杯になるまで注いじゃった・・・・。


「判るか? これは『魔道具』だ。恐らく、どこかの井戸か泉につながっておる。俺なら例え中古でも金貨の二、三枚は出すぞ?」


「えっと、それはどういう・・・。」


私は何が起こっているのか判らなくて混乱した。あの女店主さんはどうしてそんな大損おおぞんするようなことを・・・。


「これで判っただろう、リン。あのゴルジョケアには少なくとも二人、其方そなたの味方がいることを!」


「・・・。」


また言葉が出て来なくなっちゃった。


「リンよ、あの国で自分が【戦巫女いくさみこ】としてしたことに自信を持つが良い。あの国の民たちは其方をちゃんと見ていたぞ。」


「・・・。」


ほおを何か熱いものがつたってる。話すともう・・・。


其方そなたがイコォーマの【戦巫女いくさみこ】になればゴルジョケアなぞ、八割がたったも同然よ。なになに今回のいくさが終わったら、次は一緒にペルクーリの尻を蹴飛けとばばしに行こう。あの国はこの俺が必ず其方そなたらせてやるわ。ははは!」


そこまで聞いたとき、私は大声で泣き出してしまった。もう色んな感情が入りじって訳が判らないよ。小さな子供みたいに、わんわん泣いてる私の背中をクアーエさんがずっと優しくさすってくれた。

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