第10話 最期の言葉
向かい合う二人。
『正義』が鉄竹刀を叩きつけた。ビシッ、ダァン!と二つの打撃音が響く。床のタイルが割れ、コンクリートがあらわになった。
「『正義』。おかしいと思わないか? 『珈琲は月の下で』の問題でも不自然だった。参加者同士が殺し合うように仕組まれているとしか思えない」
「あぁ、そうだな」
「僕たち
「『怠惰』よ。そんなことはどうでもいいじゃねぇか」
「…………」
「目の前にターゲットがいて、殺人の準備は整ってるっつーのに、御託並べて何をしようってんだよ」
「あぁ、確かに。君に言っても無駄だったね。でも、僕の忠告は聞いておいた方がいいよ」
鉄竹刀を構える『正義』。
一方、特に何も構えない『怠惰』。ネクタイを緩める。
「君は武器を手放さないと、僕には勝てない」
「負け惜しみを。ソッコーで終わらせてやる!!」
『正義』は鉄竹刀を両手で構えると、一気に距離を詰めて、『怠惰』の喉元を狙って突き出した。
『怠惰』はその突きを左に交わして、距離を詰める。
『正義』の、その突きでがら空きのボディに拳を叩き込んだ。
『正義』は前に突き出した鉄竹刀を引いて、柄で『怠惰』の顎を狙う。
「ぐぁっ!!」
『正義』は堪らず引いた。『怠惰』がボディに放ったのはただのボディブローではなく、証拠隠滅用指輪『バニッシュリング』を使った火炎放射だったからだ。
間髪入れずに『怠惰』は『正義』目掛けて追撃を放った。『正義』は鉄竹刀でそれを払い除けた。しかし、その瞬間『正義』の顔は歪んだ。
「あぁ?」
『怠惰』が『正義』に向けて放ったのは、サンダルだった。磁石付きの特製サンダル。鉄竹刀で払い除けたため、竹刀にくっつき、離れない。
ただでさえ相当の重量を持つ鉄竹刀の先端に異物が付いたため、追撃が遅れる。鉄竹刀を振り抜けない。
「言っただろ? それを手放さないと、僕には勝てないってさ!」
『怠惰』が体勢を低くし、足払いを仕掛けるも、『正義』は引いて避け、鉄竹刀を無理やり振り回して攻撃しようとした。
だが、先端に付いたサンダルのせいで鉄竹刀の重心が変わってしまい、逆に『正義』の身体が振り回されてしまった。
「隙あり!」
『怠惰』は右足で『正義』の身体を蹴飛ばした。『正義』は両腕と鉄竹刀でガードして衝撃を殺したが、身体は後ろに吹っ飛ばされた。
「チェックメイト!」
「!?」
鉄竹刀に付いたサンダルの磁石が、鉄格子に張り付き、『正義』は檻から身動きが取れなくなった。
『怠惰』の言う通り、鉄竹刀を手放せば簡単に逃れられるのだが、我の強い『正義』は、愛刀を手放すことができなかった。
その選択ミスが、命取りとなる。
『怠惰』の蹴りが『正義』の顎を捉える。
「がっ!!」
『正義』は鉄格子にぶつかり、その後うつ伏せに倒れる。
「ま、殺しはしないよ。こんな
『正義』の愛刀、『鉄華』の搭載する『セカンドインパクトシステム』も、初撃が当たらないと効果はない。
鉄竹刀は鉄格子に張り付き、その一部と成り果てた。
「さて、勝者はカギを。目撃者の権利を頂くとしますか」
『怠惰』は吊るされたカギに手を伸ばした。
「カチッ」
カギを引っ張ると同時に小気味いい音が鳴り、その瞬間灯りが消えた。まるで照明の紐にカギがぶら下げてあったかのように。
灯りに慣れていた目が、突如現れた暗闇に成すすべがない。
背後から気配を察知した時にはもう遅い。
「うっ!!」
視界がチカチカと瞬いた。腰あたりに不自然な痺れが走る。
何かが倒れるような音を最後に、檻の中には再び静寂が訪れた。
◆
『溺愛』の檻の前の看守部屋に灯りが灯った。
視界の端での変化に、『溺愛』は目線を向けた。
なんとそこには、十字架に磔にされた『怠惰』がいた。
首には黄緑色のネクタイが巻き付けられていた。
「お待たせ。『溺愛』」
「あなたは……誰?」
「私の名は『
『溺愛』は鉄格子を掴んだ。当然だが、檻は開かない。
「Sさまを殺すっていうの?」
「そうだ。だが、お前が自殺すれば、『怠惰』は助かる」
「!?」
「彼の首にはマーダーメイトのネクタイが巻きついている。あと十数分もすれば、革紐の繊維が組み込まれたこのネクタイが、乾くことによって縮まり、彼の首を締め付けるだろう。お前にとって愛すべき彼が命を落とす前に、お前が命を差し出せば、助けてやろう」
ただし、そうでなければ、お前の目の前で彼を殺す。
『肉薄』の声は檻の中に響いた。
ネクタイの性能は誰よりも知っていた。そのネクタイを彼にプレゼントしたのは、他でもない自分だったからだ。
彼の肩を見る。その細いなで肩は、よく見なければ分からない程度に上下に動いていた。まだ息はしている。生きている。しかしこのままでは、彼は助からない。
この檻から出られればいいのに。今の彼女には、何も出来ない。
死ぬことでしか、彼を救うことは出来ない。
「なんなの!? 『誰何』のこともそうだし、どうして私たちにこんなことをするの!?」
「お前たちは、『字重なり』なんだよ」
「……どういうこと?」
「『
「『十字』? 誰なの? それがなんだって言うの? ただの、名前じゃない!!」
「私たちの名前は重なってはいけないのだ。それがTRICK ROOMのルールなのだ」
話が噛み合わない。まるで狂信者の言い分だ。彼女の名前が『溺愛』だから、死ねと言うのだ。理解不能だった。
「『
「『
こうしている間にも、ネクタイは彼の首を締め付けているのだろう。彼の呼吸が苦しそうだ。急がなければならない。
紐もボタンも針もないこの檻の中で、自殺するには、舌を噛み切るしかない。
舌を噛み切ってもすぐに死ぬ訳では無い。『溺愛』が自殺し、その死を確認してからではないと、『怠惰』は解放されないだろう。躊躇していては、犬死にだ。
やるなら、今すぐに行わないといけない。
『溺愛』は、最後に彼に向かって話しかけた。
最後の、そして最期の言葉。
「私の名を呼んで欲しかったな……。『溺愛』って」
『溺愛』は口を大きく開けた。
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