解答編

第5話 ギミックルーム

 頭の中に残る、不自然な言葉の並び。

 いや、なんだ。この文章は。

 小説の最後の一文だった。


>グレーチングの中から冷たい風が吹いて、裸足の肌を撫でた。寒い。もう一度風呂で温まりたいだなんて冗談を言っていられる状況じゃなかった。


 語り部はになっている。

 語り部は確実に、靴下を履いていたはずである。

 一体、いつ脱いだんだ?

 思い出せ。

 どのタイミングで脱いでいた?


>「わりぃ、足痛くて休み休み、歩いてきたわ。ここにいたのか。おい、半紙、お前」

>僕の後ろから墨河が現れ、僕を指差した。

>「え。何かついてる?」乱れた服を見やる。

>「お前、せっかくあの履き物譲ってやったのに、脱いでるじゃねぇかよ」

>僕は笑った。


>「なんだ、そんなことか。いや、ちょっと走ってね。


 暑くなっちゃって、脱ぐものといったら、この時彼が履いていたスリッパ、ではなく、ではないだろうか。

 脱いだ靴下、撲殺、鈍器、消えた凶器。

 このことから導き出される真実。

「ブラックジャックだ!!」

「え? 医者の? それともトランプ?」

 暗器の一つ。本来は革袋に砂や石を詰めて棒状にしたもの。それが一つの武器になる。鈍器と違う点は、外傷は少なく、内部にダメージを与えることだ。転倒の際にできた傷に合わせて殴ることで、傷跡をカバーできる。

「靴下の中に固いものを入れて縛って、それを振り回して凶器にしたんだ」

「固いものって、何を?」

「そんなもの、被害者のサンダルにつけていた、に決まっている」

 被害者のサンダルに磁石がついたままなら、警察が怪しむに決まっている。警察が来るころまでに磁石は回収してしまっているはずである。

 すぐに回収しなくてはならない磁石を、サンダルに接着剤でつけているのはナンセンスだ。磁石ならば、磁力でくっつけることができる。サンダルの足を入れる側と、靴底側とでサンダルを両側から磁石で挟むことで底に磁石を仕込むことができる。足を入れる側の磁石をずらせば、靴底側の磁石も簡単に外れるだろう。もちろん、そのままだとサンダルを履いたときに被害者が違和感を感じるだろうから、サンダルの底、磁石の上からソールみたいなものを貼っていたに違いない。

 靴底にびっしりくっついた磁石、足を入れる側にもついていた磁石。両方を靴下に詰めれば、結構な重さになるだろう。両足分だ。僕の持つ、この模擬銃よりも少しは重いかもしれない。

 靴下の片足にその磁石を入れ、振り回す際に千切れても証拠が残るため、もう片足の靴下をかぶせ補強する。そして、倒れた被害者の頭に振りかぶる。間違って後頭部を叩かないように注意する。倒れた方向の額を殴打する。

 あとは、警察がくるまえに、その磁石たちを、どこか見つからなさそうな、他の場所のグレーチングのウラにでも隠してしまえばいい。自動販売機の裏側でもいい。鉄製の部分なら貼りつく。頃合いを見計らって回収し直し、改めて証拠隠滅すればいい。

 こうして半紙氏は完全犯罪を成し遂げたのだ。

「凶器はこいつだ。サンダルに仕込まれた磁石。それを靴下でくるんで殴打した。磁石はサンダルから回収して、どこか現場とは別の場所のグレーチングのウラにでも隠したんだろう。事件はそもそも事故で処理されるだろうから、そこまで徹底的には調べられないことも計算の上、だ」

「くっくっく。ファイナルアンサー、だな?」

「あぁ」

 静寂が店内を占める。当然だ。この部屋には二人しかいない。僕と奴が黙れば。

 店主が口を開く。

「正解! 大正解! あーあ、こいつでも、ダメだったか」

 パンっとクラッカーを鳴らす。

 なんだ、普通のクラッカーか。撃たれたかと思った。

「今回のトリックのための特注品だったんだぜ。このビーチサンダル。トリックのためなら、どんなものでも作るのが俺であり、この店だからな」

 この店には二つの主力商品がある。ひとつは殺人道具だ。店内に陳列されている、漫画雑誌、食料品、生活用品、衣類、文房具。そのどれもが人を殺すために改良されている、凶器だ。取扱説明書をきちんと読まないと、自分が死んでしまう場合もある。まぁ、自己責任だ。殺す人は、殺されることもあるだろう。

 殺人道具を取り扱う『GIMMICKギミック ROOMルーム』。

 そして、もうひとつの主力商品。

 それが、殺人事件を取り扱う『TRICKトリック ROOMルーム』だ。

 実際に行われた完全犯罪、提示された手がかりを元に、僕たち解答者プレイヤーが警察よりも早く真相にたどり着いたら、賞金がもらえる。逆に、僕たち解答者プレイヤーの挑戦を掻い潜れれば、出題者マーダーが成功報酬で何倍も賞金がもらえるのだ。

「『サンダルでダッシュ!』という題名タイトルは、ヒントだったんだな」

「いい題名でしょう?」

「まあまあかな」

「財布と靴の盗難は、か?」

「あぁ。『即興劇団・さざれ石』だよ。事件の不可能感、非現実感を演出するのには多少の味付けが必要不可欠だからね」

『即興劇団・さざれ石』。依頼を受ければ殺人の実行以外なら何でもやってくれる。エキストラや人払い、潜入、懐柔、その他、殺人事件ゲームを魅力的なものにしてくれる大切な共犯者パートナーだ。

 まぁでも、なかなか楽しめた。手がかりは全て提示されなければならない。あくまでフェアな勝負だ。

 極上の謎を提供してくれた出題者には、参加料としてチップをあげよう。★★★星三つだ。

「極上の謎、ごちそうさまでした。じゃ、また来るよ」

「毎度あり。お金は振り込んでおくよ。またのご来店をお待ちしております」

 椅子から立ち上がり、仰々しくお辞儀をする店主。彼の開発力が、完全犯罪を可能にしていると思えば、少々の奇行にも目を瞑ろう。

 螺旋階段を上る前に、店内に並べられた血塗られた商品を眺めた。

 衣類売り場のビーチサンダル。繊維が飛び散りにくい丈夫な靴下。

 文房具売り場の磁石。「お求めの形、重さ、大きさをご用意します」とポップが置かれている。

 店内のポスターには、『口の堅い共犯者アリ〼』と書かれていた。

 僕は『サンダルでダッシュ!』という本を、棚に置いた。

「さ、現実に戻るか」

 長い螺旋階段を上る。

 鉄扉を開くと、外は小ぶりの雨が降っていた。

 結局今日も雨か。靴下が濡れる前に、さっさと帰ろう。




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