雪待ちの人/ TRICK ROOM
ぎざ
第一章『サンダルでダッシュ!』
問題編
第1話 トリックルーム
「おっ、そのサンダル、カッコイイじゃん。あぁ、走らないでね。ホコリが舞うから」
黄緑色のクロックスを褒められた。お気に入りのサンダルだった。先月ここに来たときも、ちょうど雨が降っていたし履いてきた気がするのだが。
それに、言われなくたって走るつもりは無い。入口の鉄扉を開けたら下へ続く長い螺旋階段だ。靴下を履いているから滑って脱げたりはしないだろうが、こんなところで落ちて死んだりしたら、誰にも知られることなく埋葬されるだろう。それはそれで構わないが、絶対に店主に笑われる。それだけは死んでも嫌だった。
「久しぶりだね。嫌になっちゃうよね、最近」
顔の上半分を包帯のような白い布で覆った怪しい男が、螺旋階段を降りきったフロアの奥で待つ。あらわになった顔の下半分、怪しいにやけた口から八重歯が見えた。マスクをしろ。マスクを。目隠しをしてどうする。
この男がこの店の主人。諸悪の根源だ。
「僕にとっては普通、だよ」
店内は相変わらず、閑古鳥が鳴いていた。彼が座るテーブルには漫画がどっさり置いてある。営業中に読む暇つぶしの本だろう。店内に並ぶのは漫画雑誌、食料品、生活用品、衣類、文房具。何も知らない人たちから見れば、ここはいたって普通の雑貨店だ。
「ここに来ている時点で大分異常だよ、
「お前がいうなよ、
「あぁ、ちょうど今月入ったばかりのやつ、行っとく?」
テーブルの漫画雑誌の中から一冊抜き出して、フリスビーのように投げて寄越したそれは、薄い本だった。パラパラと中を見てみると、それは小説のようだ。表紙には『サンダルでダッシュ!』と書いてあった。
「君がサンダルを履いてきた時、運命かと思ったね」
「あぁ、だからか」店内で売られていたサンダルをいくつか見やる。僕が履いているクロックスの形にそっくりのものもあった。どこにでもある普通のサンダルにしか見えない。
入店した時に「サンダルで走るな」と言われても第一、階段で走るわけがない。不自然な言葉だなと思っていたのはこれが元ネタだったのか。サンダルでダッシュ!、ねぇ。
「それにしても、
「読めばわかるさ。極上の謎だ」
「ふうん」
「君にはわからないかな。いくつもの謎を解いては去っていく、難攻不落の君が膝をつくところを見たいと、ここ最近、作家たちは良作を生み出し続けているんだぜ。おかげで俺も、儲けさせてもらってる。ありがとな」
店主は歯並びのいい白い歯を見せて笑う。
「いつも通り、謎が解けたら金を貰う」
雑談を切り上げる。僕は彼の友人ではなく、客だ。
「あぁ。お手上げなら1,000万円、払ってくれよ」
「解けなきゃ、な」
僕は腰のホルスターから銃を取り出し、店主の頭に銃口を押し当て、銃弾を打ち込んだ。
サイレンサー付きだ。いくら地下であろうとも、郊外で銃をぶっ放したらさすがにバレる。パシュっと気の抜けるような音と共に、にやけ笑いの男は後ろの壁に打ち付けられた。壁に倒れたときの音の方が銃の発砲音よりも大きい。
椅子から崩れ落ちた店主は、呻き声を上げて、立ち上がり、腰をさする。
「この受注方法、どうにかなんないの?」
銃口から白く昇る煙。本物の銃を持ったことはないが、この銃もなかなかに重い。この銃から発射された銃弾には固有のマークがつく。店主に弾を打ち込むことで、謎への挑戦が受理されるシステムだ。
「そうだね。椅子の後ろにクッションマットでも置いておこうかな」
「いや、そういうことじゃなく」
店主の頭には、穴ひとつ空いていないし、傷ひとつついていない。店主が作り出した「
「じゃ、毎度あり。またのお越しを」
「いや、短編みたいだし、ここで読ませてもらうよ」
僕は店主とはなるべく距離をとって、離れた椅子に腰をかけた。
表紙にはさっき見た時と同じ『サンダルでダッシュ!』と書いてあった。
さぁて、極上の謎とやら。いただきますか。
早速、ページをめくった。
※『最強の意図』は誤字ではなく言葉遊びですので、あしからず。
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