十六、ご注進ご注進!
「総員、進め!」
隊長と思われる男が号令を飛ばすと、鎧を着込んだ兵士達が綺麗に隊列を進める。
領主軍が先を進み、その後を統一性のない冒険者達が列を連ねた。
「頑張れー!」
「負けるなー!」
「おおっ、任せとけ!」
町に残る人々からの歓声が聞こえ、それに応える人が手を振っている。
さながら遠征に赴く勇姿のようだが、ただの
いかに領主が行う作戦だからといって、ダンジョンに向かう者へ歓声を飛ばす必要があるとは思えない。
作戦に参加しない一般の人にも、なにか恩恵があるのだろうか。
町の雰囲気を見るに、ダンジョン掃討作戦は町を挙げての一大イベントのようだった。
そんな集団の中程。私はリィナの腰に吊られて歩いていた。
実際のところ運ばれているだけだが、まー、その辺りはもういいでしょ。
結局はダンジョン掃討作戦に参加することになったリィナ。
近くには
周囲には練度の高そうな精鋭が固めており、トラが率いる冒険者の集団は外側の方へと追いやられていた。
時たま、トラが背伸びしてこちらに視線を飛ばしてくるが、領主に一睨みされると慌てて顔を逸らすのを繰り返している。
「……パパ。私の所だけ戦力が偏ってる気がするんだけど」
「そんな事ないわよぉ? ダンジョンの恐ろしいモンスター達を倒しに行くんだから、これくらは当然よ!」
半目になるリィナに対し、ダミ声を張り上げる領主。
うーん、このおっさん。なんでリィナにはオカマっぽい口調になるのかしら。
心の奥底にokamaを秘めた役作りって感じだわ。
ちなみに青ヒゲが半端ないかというと、そーでもない。
実際にそっちの気があるのかは不明だけど、周りには厳格な領主の顔を見せている。
てことは、ただの親バカなのか。
「これからダンジョンに向かう私達は、皆が同じ危険を孕んでるわ。だから、皆一緒よ」
「リィナちゃん? リィナちゃんは将来領民を率いる大事な立場にいるの。だから、その辺のチンピラ紛いの冒険者とは違うわ。平等を重んじる心は素敵だけど、パパはリィナに指一本触れさせたくないと思ってます!」
唐突に意思表明をし始める親バカ領主。
毎度の事なのか、周りを歩く精鋭達に動じる様子はない。
領主としての力量は問題ないんだろうなぁ……それは、さっきの演説を見ても分かる。
「ケッ、ろくにダンジョン探索もしたことがねーような兵士さん達にゃ、リィナのお守りが似合ってらぁ」
余計な一言とは正にこの事。リィナを囲む集団の外周からトラが煽るように言う。
さすがに領主軍の精鋭達だろうか、トラの挑発じみた発言にも、ギロリと鋭い視線を投げるだけだ。
「コルァ、金髪! 気安く人の娘を呼び捨てにしてんじゃねぇええええ!」
「ぐぇええええ!?」
兵士達を差し置いて、真っ先に領主の火が点いていた。
トラのやつも懲りないわねぇ。
思わず呆れてしまうようなやり取りを眺めていると、一行の元へ数人の男女達が走り込んで来る。
全員黒いローブに身を包んだ、ちょっと危ない空気の集団だ。
「領主様! どうか、お考え直しを!」
「ダンジョンのモンスターを掃討してはいけません!」
「お聞き下さい、領主様!」
なんだなんだ? 急に現れては地面に膝を着き、口々に懇願し始めた。
真面目な空気でそんな事を言い始めたもんだから、領主も吊り上げたトラを咄嗟に投げ捨て、場を取り繕うとしている。
地面に尻餅を着いたトラは「いでっ」と小さく悲鳴を上げた。
「貴様ら! これを領主の行軍と知っての狼藉か!」
リィナを取り囲んでいた精鋭達が叱責するように言い放つ。
わお、なんだか時代劇みたいね。異世界だけど。
「よい……ゴホン。お前達は何者か? なにをもってそんな事を言う。申してみよ」
いきり立つ部下達を下がらせた領主は、咳払いすると、威厳増し増しで用件を尋ねる。
今さらそんな事したって、無駄な気がするんだけど。
そこは腐っても領主、貴族ってなもんかな。
「恐れながら申し上げますと、我々は赤土のダンジョンを長年研究してきた研究者集団です。此度は、新たにダンジョンから出土した石板に刻まれていた項目。赤土のダンジョンの完全攻略を目的とした作戦と存じます」
ううむ? ダンジョン掃討作戦は町内行事じゃないのか。
なにかのきっかけがあって、今回は領主軍や冒険者を巻き込んだ一大作戦になってるのね。
自らを研究者集団と称した男は、跪いたまま更に言葉を続ける。
「あの石板には『邪な者達が姿を眩ます時、赤土のダンジョンの闇は祓われ、真の姿を見せるだろう』と記されておりました。ですが、真の姿を見せてはならないのです」
「赤土のダンジョンには不明な所が多くございます。出来てから相応の年数が経っていると推測されるものの、その構造は至ってシンプルです。それにしては、観測される魔力波に時折ブレがありまして……」
「待て待て。専門的な事は分からん。かいつまんで説明してくれぬか?」
口々に話を始める研究者集団の言葉を、領主は遮るようにして手を振っている。
ちょっと、狂気を感じる人達だわぁ……あの魔女っ子に通じるものがあるかもしれない。
「赤土のダンジョンにいるモンスターを掃討するのは危険です。その条件をきっかけに、大きな変化をもたらすかもしれません」
「ダンジョンの有り様が変わってしまうのは、アーケル領にとっても危険を及ぼす可能性があります!」
どうやらこの人達は危険を訴えに来たみたいだ。
こっちの世界事情のことなので、私にはそれが正当な主張か分からない。
その顔には必死ささえ感じるが、それを判断するのはここの領主だ。
結局は、私ってば、傍観者でしかないのよねー。
「そう言われてもな。赤土のダンジョンは昔から知られてきたダンジョンであり、国の定める脅威度の認定も低い。ダンジョンは危険なものでもあるが、人々の生活にはなくてはならないものだ」
領主は腕組みをし、言葉を選びながら諭すように言う。
「だが今のままの赤土のダンジョンでは、このローム町を潤すことは厳しい。これはアーケル領の繁栄のために行う事であり、それは領民であるお前達にも悪いことではないぞ?」
研究者達の話を聞いた上で、しっかりと行軍の理由を説明してやる領主。
普通こういうのって、問答無用でどかされるものかと思ってたけど、なかなかの器量を持った領主みたいね。
リィナの事となると、周りが見えなくなるようだけど。
「ですがっ、赤土のダンジョンには不可解な部分も多くあり……」
「神の創造した世界を人が完全に解明することは叶わぬ。全てを恐れていては、何事も成り立たぬぞ? これは卓上の話ではないのだ。研究者肌のお前達には分からない話かもしれぬがな」
話はこれで終わりだとばかりに先陣に指示を飛ばす。
研究者の集団は口々に「お待ちを!」だの「危険です!」と警告しているようだけど、領主に従う気はないみたい。
まー、この地のトップがそのくらいで止まる訳がないわよね。
なんだか怪しげな雰囲気になってきたダンジョン掃討作戦。
もしかして、曰く付きのダンジョン攻略に巻き込まれちゃったんじゃないだろうか。
けれど、
チラリとリィナに視線を向けると、何かを考え込むようにして眉間に皺を寄せていた。
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