第11話 十一
十一
「は?俺のこと、嫌いになったのかよ?」
「そんなことない……。ないけど、朋也さんにはもっといい人、いっぱいおる。朋也さんを遠距離で縛りつけるなんて……、できひん」
「何だよそれ!」
俺の声は少しだけ大きくなる。それは自分の声帯から、喉や口の中などを介さずに直接言葉が出たようであった。
『待て待て。ただでさえ俺は強面なんだ。これ以上威圧感与えないようにしないと……』
俺はそう感じて自制する。
「ごめん朋也さん」
そう言って彼女は泣く。そんな香織を俺は抱き寄せるが、なぜだか一つになれない感覚が残る。
それは俺の心が二つに分裂して、もう一人の俺が上から二人を見ているような感覚。
情熱的な心を持っているはずなのに、どこか冷静な自分がいるような感覚。
そう言えば、職場の上司がよく言っていた。
「心は熱く持って、頭は冷静になれ」
例えて言えばこんな感じだろうか?
だがそれが仕事に大事な要素ならば、俺は仕事なんてできなくていい。俺はそもそも営業には向いていない。……そんなこともどうでもいい。なぜ、俺は熱くなれない?香織への気持ちをもっとストレートにぶつけられない?いや、なぜ俺は冷静になれない?冷静に、二人のこれからをしっかり考えられない?
そんな俺の逡巡を見透かしたのかどうかは分からないが、香織は俺から離れてこう言う。
「やっぱり、阪神ファンと巨人ファンとは一緒になられへんのかな」
「朋也さん、今までありがとう」
その言葉は、どこか達観したようであった。
『どういう意味だよ。君の心で、俺の心の中を確かめないでくれ』
俺の心を見透かさないでくれ。あと君の尺度で俺の心を測らないでくれ。
そう言おうとしたが、今度は声帯から出た思いが喉、いや口の中で止まる。
「こちらこそありがとう」
それは4月になる直前。ちょうど、二人で花見に行きたいと思っていた頃。
俺たちは、別れを選んだ。
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