第5話 五

「あ、私中村香織(なかむらかおり)って言います!」

 その後俺たちは形式ばった自己紹介をする。その際何気に、

「……中村さんは、趣味とかあるの?」

と訊いた一言が、俺たちの始まりだった。

「そうですね……、私、こう見えてプロ野球がめっちゃ好きなんです!」

「へえ~奇遇だね。俺も」

そうすると、今まで緊張していたのか若干強ばっていた彼女の表情がみるみるうちに柔らかくなる。本当にこの女は分かりやすい。

「そうなんや!私甲子園球場にもよく野球観戦に行ってたんですよ!」

「ふうん。ってことは阪神ファンなの?」

「はい!」

「悪りぃな俺は東京出身でフツーに巨人ファンなんだよ」

 その一言は、彼女にとってのスイッチだったのだろう。

「……そうやったんですね。と言うかあんな球団のどこがいいんですか?お金ばっかり使って、選手育成のことは考えてへんように見えます。それで勝って楽しいですか?いや、これは私、うちが阪神ファンやから言ってるのとは違って、プロ野球ファンの一般的な意見って言うか、何て言うか……」

「わ、分かったよ」

「いや分かってません!まだまだあります!」

 ちなみに俺はけっこうな巨人ファンだ。仕事がない日に東京ドームに通ったことも何度もある。そんな俺に巨人の批判をするなんて、10年、いや100年早い……、と普段なら思っていたことだろう。

 しかし、

「ハハハハハ!」

「……何が面白いんですか?」

俺は笑ってしまった。

彼女のその言い方、ムキになるその口調はなぜだか癒されるものであった。それは内容どうこうではなく、少し息がかかった声、少々高めの声質、また彼女の話しだすと手を少し自分の体の前で動かす癖などが相まって……、俺にはその話しぶりがまるで何かのキャラクターのように見えた。まあ失礼かもしれないが。

 あと、彼女の真剣に話す姿は、俺にとって好印象でもあった。……例えばうちの上司が阪神タイガースについて語ろうものならブチ切れてしまいそうだが、なぜか彼女の場合はそれが許せたのだ。

「いや俺、阪神ファンの関西女子としゃべるの初めてだからさあ!」

「だからって笑わんといてください!」

「まあごもっともなんだけどね」

 でも放っておくと口から笑みがこぼれてしまう。それを俺は決壊しないように作られたダムの堤防のように抑える。さすがにこれ以上笑うと彼女から嫌われてしまいそうだからだ。

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