第22話 帝国歴323年4~5、6月、逆侵攻
帝国歴323年4~5月にかけての世界情勢、特に帝国周辺では目立った軍事的動きはなかった。
ただデーミッツ中佐の航洋型可潜艦NU-01はこの間目覚ましい働きをみせ、北洋海の出口からアンガリア海峡を封鎖するアンガリア海軍に風穴を開けつつあった。デーミッツ中佐はその功により大佐に昇進している。
アンガリア海軍では、3月に発生したポンペイ海軍基地の艦船沈没の原因も不明な中、アンガリア海峡と北洋海で遊弋する封鎖艦の沈没原因も掴めていなかった。ただ、ポンペイの場合には艦の沈没時には爆発を伴っていなかったが、封鎖艦の沈没前には大爆発が起こったと生存乗組員の証言があったことで、二つの事件の原因は別のものであるということだけは判明している。
後者の方は、何者かによる何らかの形での攻撃を受けたものと断定している。攻撃を行ったものとして可能性が最もの高いのはドライゼン海軍ではあるが、ドライゼン側はそういった発表を一切行っていない。
第1海軍卿ブッチャー大将は一連の艦船沈没の責任を取る形で名目上辞任しているが、アスキン首相により解任されたとの見方が強い。後任は未定で、第2海軍卿が当面海軍の指揮をとることになっている。
アンガリア海軍では、封鎖艦隊の消耗により、補助艦艇の数が危険水域まで低下してしまった関係で、国内造船所では大至急軽巡洋艦、駆逐艦を相次いで起工していったが、駆逐艦でさえ、竣工は6カ月後であり、当面の作戦遂行に支障をきたすことは目に見えていた。そのため、恥を忍び、新大陸に盤踞する新興国アメリゴ合衆国に駆逐艦のリースを依頼している。
アメリゴ合衆国はそれに対して4隻の旧式巡洋艦と20隻の旧式駆逐艦を無償で供与する形で応じた。形式上は無償ではあるが、もちろんタダではなく、アメリゴ合衆国の旧大陸東岸での活動を容認するとの言質をアンガリア王国から得ている。
ポンペイでの沈没事件では人的被害は
この結果、物資の輸送に支障が出るようになり、封鎖作戦の継続を疑問視する声が議会などから上がり始めた。
航洋型可潜艦NU-01は近く就役する同型艦NU-02と戦隊を組み、デーミッツ大佐は戦隊司令として就任することが内定している。NU-01の副長も中佐に昇格しており、NU-01の次期艦長に就任することも内定している。
海軍の活躍の陰ではあるが、陸軍では常備30個師団の錬成が完了しいつでも作戦投入可能になっている。
そして、6月初。
動員により補充された新兵たちの訓練が終了し、未充足だった常備27個師団もついに完全充足状態になり常備60個師団が揃う形になった。連邦との国境での小競り合いもないため、mk5:デュミナスはほとんど消耗せず順当に各部隊に配備されて行った。
ガラリア共和国への侵攻の季節が到来した。
ガラリア側は派遣軍が消滅してからの4カ月で国境沿いにコンクリート製の塹壕で結ばれたトーチカなどを多数作り一大防衛陣地を築いていた。派遣軍消滅の原因は生存者が一名もいないという異常な状態だったため、全く原因不明のままだったが、ドライゼン側が西部地域を奪還しただけで、ガラリア側への侵攻を控えていた関係で、可能な限りの防御を施したようだ。
トーチカ内には
ただ、ガラリア陸軍は精鋭20個師団を装備ともども失ったうえ、二線級とは言え10個師団を失った痛手は短期間で癒えるわけもなく、現状精鋭と言っていい部隊の総数は開戦時の半分の20個師団のみ。非常に苦しい戦力状態だった。
ガラリア軍はその20個師団のうち15個師団を防衛陣地に配し、残りの精鋭5個師団は戦略予備として後方に待機させた。動員の遅れたガラリアでは、新兵の訓練が未完で、退役軍人たちを寄せ集めた10個師団が急遽編制され、各地の治安維持に駆り出されて行った。
ドライゼン帝国が対ガラリア戦に投入する兵力は、先に錬成を終えた30個師団。うち10個師団にはドールmk5:デュナミスが各100機配備されている。その30個師団が国境沿いに集結完了した。もちろんガラリア側でもその兆候は掴んでいるため、国境線沿いの防衛陣地の警戒レベルを引き上げ臨戦状態に移行している。
今回のドライゼン側の作戦は、ASUCAが啓開した突破口に対し、第一陣として各々デュナミス100機を押したてた10個師団が続き突破口を押し広げ、ガラリア側防衛陣地を無力化するという何の工夫もない単純な物だった。陸軍作戦部では、ASUCAの活躍次第の作戦に疑問を持つ者もいたが、ニコラ自身は何も心配していない。
ニコラの命を受け、未明に帝都を発したASUCAは、二時間半かけ、ガラリアとの国境線上に到着した。時刻は午前7時ちょうど。ASUCAは皇帝旗を右手に持ちガラリア側に進んでいく。
国境線を監視していたガラリア軍の士官が、国境を越えガラリア側に向かってくる一人のドライゼン兵に気づいた。
双眼鏡で確認したところ、ヘルメットも軍帽もかぶらず銀色の髪の毛を肩まで伸ばした女性兵士だった。その女性兵士は手に旗を持っていたため軍使かと思ったが、手に持つ旗が国際条約で定められた
首都ナンテールの陸軍総司令部からの指示で、先制攻撃は禁じられていることもあり、国境線を越えて近づく女性兵士に対し、
「止まれ、今すぐ後退せよ! 指示に従わない場合発砲する」
ガラリア兵も『発砲する』と警告を発したものの、師団司令部からの指示待ち状態では発砲することもできないため、誤って部下が発砲しないよう、小銃を下げさせた上、ドライゼンの兵士にこれ以上こちらに向かってくるなと心の中で祈っていた。
祈りは叶えられることも無く、前方のドライゼン軍の兵士が一歩一歩近づいて来る。
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