第17話 帝国歴323年2月、ガラリア東方軍


 ASUCAの存在自体察知していないガラリア軍は、自分たちに待ち受ける運命を知らぬまま、帝都コルダに向け快進撃を続けた。



 西部地域から帝都コルダまで距離にして500キロ。一日当たり25キロから30キロの進撃が続く。途中の橋梁なども一切破壊されていないため用意されていた渡河用資材が無駄になっていると、すでに戦勝気分の東方軍司令部は本国の陸軍参謀本部に報告を送っている。


 現在、積極的な戦闘行動をとっていない帝国軍がその軍需製造能力をフルに使えば1カ月もあればかなりの数のドールが生産され、ドールだけでも大変な障害になり楽観などできない状況だが、東方軍司令部はあまりに順調な進軍に伸びすぎた補給線の心配をするばかりだった。


 ガラリア東方軍の無意味な心配をよそに、既存戦力の多寡や補給状況でどうこうすることのできない絶対的な破壊神が迫ってきており、東方軍の命運は既に尽きかけていた。



 戦勝気分の東方軍だが、形だけは自動車両捜索部隊が前方警戒を行った後を、東方軍本体が幹線道路上を進軍していく。とはいえ20個師団の移動である。行軍長径は30キロにも及び先頭部隊と最終部隊との行程差は1日ほどひらいている。それでもこの程度の行程差で済んでいることは、東方軍20個師団はガラリア軍の精鋭ということなのだろう。



 東方軍司令部所属自動車両化捜索中隊、中隊長車。現在進軍を続ける東方軍本体の前方で哨戒および偵察の任務に就いている。


 旋回機銃の取り付けられたキューポラから周囲を双眼鏡で警戒していた監視兵が車内の中隊長に報告をした。


「隊長、前方600メートルに帝国軍の軍服を着た兵士が一名、路上で旗を持って立っています」


「白旗か?」


「いえ、白旗ではありません。ここからですと、紺地に黄色の模様が入っているように見えます」


「軍使という訳でもないのか。罠かもしれないから、いちおう機銃の照準を付けておけ。低速で接近してみる」


「了解」



 3.2ミリの鋼板で装甲とも呼べないような装甲を主要部分だけに施された自動車両が上部旋回機銃の照準を、朝日を背に路上に佇む謎の帝国軍兵士に合わせ接近を始めた。舗装された道路上であるため、地雷などは容易に発見できる。もちろんその帝国軍兵士の手前の路上にはそういったものは設置されていない。


 さらに自動車両が謎の兵士に近づき、その距離が100メートルを切った。そして文字通りバラバラになった。車両の残骸からはゆっくりと路上に赤いものが流れ出てきた。



――敵偵察部隊と思われる自動車両を破壊。これより敵軍を殲滅します。


 すでにASUCAの最適化率は100パーセントとなっており、あらゆる部位を無駄なく自由に動作させることができる。その結果、アスカは現在10万本ある太めの銀髪を同時に且つ個別に動かすことができるようになっている。


 今回の出撃に際してもASUCAはニコラよりいつも通りの殲滅命令を受けているため、一人も敵を逃がすことはない。今回は効率よく敵を殲滅するため、敵軍の周辺で警戒を続ける偵察部隊を先に処理していき螺旋を描きながら敵軍中心部に向かっていくつもりである。



 東方軍部隊は、状況不明のまま部隊の周辺、前後を削られて行く。各師団の司令部は移動中であったが正確な状況把握ができないまでも隷下部隊で何か異常が起きていることだけは感じ取っていた。


 上位司令部からの指示命令のないまま、小隊単位で兵士たちが切り刻まれて行く。東方軍は混乱を極め、一部はパニックに陥ってしまい味方撃ちまで始めてしまった。


 そして、4時間が経過した時。王都より350キロから400キロにかけて、幹線道路及びその周辺が血の海となり、路上はドール、自動車両、けん引砲などの残骸で埋め尽くされた。




 ここは、ガラリア共和国の首都ナンテールにある陸軍参謀本部作戦課。


 東方軍から送られてくる楽観情報のせいか、作戦課の中もうわついた雰囲気が漂っている。作戦課長のオーギュト・デビイ少将も席に着き葉巻をくゆらせながら、そういった課内の状況をとがめるわけでもなかった。


「東方軍から意味不明の通信が届きました」


 通信員から受け取ったそのメモには、


『隷下部隊が消失。詳細調査中』


 と書かれたいた。確かに意味不明ではあるし、定められた通信規則プロトコルにも則っていない。


「欺瞞情報の可能性はないのか?」


「電文は暗号でしたのでその可能性は低いかと」


「こちらから直接、東方軍隷下の師団司令部に状況報告をするよう順番に指示していけ。こちらからは平文でいい」


「はっ!」


 敬礼して通信員は持ち場に帰っていった。


 何かがおかしいがじきに判明するだろう。これまで東方軍の進撃が順調すぎた方が不思議だったのだ。ある程度のトラブルが発生することは普通のことだ。


 椅子に座って新たな情報が入ってくるのを待っていると、作戦課の部屋の扉が開き、ジョゼフ・ジップル陸軍最高司令官がぶらりと入室してきた。


「どうだね、デビイ作戦課長。ずいぶん東方軍は順調のようだが?」


 この段階ではっきりしていないことを上官に告げることもあるまいと考えたデビイ少将は、


「はい。現在のところ東方軍は順調に進軍を続けているようです」


 と、当たり障りのない返答をしておいた。


「大いに結構。大いに結構」


 そういって、笑いながらジップル最高司令官は作戦課の部屋を出ていった。


 作戦課の部屋とガラスで仕切られた通信員たちのいる電信室に目を向けると、15人いる通信員のうち半分ほどの通信員たちが、かなり真剣な様子で、片耳に当てた小型拡声器を片手で覆うようにして、電鍵でんけんをたたいている。


 先ほどよりもに嫌な予感がする。最近収まっていたチクチクするような胃痛が始まった。




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