第366話・揺籃のアルカ(2)

「ようこそプリームス様、守り人の揺り籠・・・箱舟アルカへ」

とフィエルテは、プリームスへ笑顔を向け言ったのだ。



箱舟アルカ・・・?」

唖然としながらプリームスは聞き返す。



「はい。この巨大な船は守り人の一族が、この地に辿り着く為に使ったものだそうです。シュネイ様の話では大転倒の危機を想定し、天啓の指示で建造されたそうですよ」



フィエルテの説明に漸く納得がいったプリームス。

以前インシオンが言った事を思い出したからだ。


国としての建前を繕うには人民だけでなく、領土も必要なのだ。

それに対して確証は無いが彼は当てがあると・・・それがこの箱舟アルカの事だったのだろう。



パッと見からして全長が400mを超えそうな様相は、余りに巨大過ぎて船と呼ぶのも躊躇われる程である。

だがこれ程に巨大であ有れば、6000人に満たない守り人の民を収容するのは、十分である様に思えた。



『しかも船であるなら海上を移動出来よう。その上、海上に在るだけに外敵からの干渉も皆無に近い。非常に安全な正に海上都市・・・もとい要塞だな』

そう内心で分析しつつ、プリームスは感心するのだった。



外観の作りも内装と同じく木材然としているが、近くで目を凝らすと全く違う材質なのが分かった。

まるで金属と木材の中間に在る様な建材・・・恐らく魔法で精錬された可能性が高い。


『しかしこれ程の量を精錬する技術と生産力は、並大抵では無いぞ・・・。1000年より以前の守り人一族は、今より文化水準と技術が高かったのかも知れんな』



腕の中で感心しているプリームスへ、心配そうにフィエルテは告げた。

「風がお体に障りませんか? それにお腹も空いて居られるのでは?」



そう言われると、そんな感じがしてきたプリームス。

よく考えれば1週間も眠り続けて腹が減らない訳がないのだ。

「そうだな。だが食べるにしても、固形物はキツいかもしれん・・・」



「取り敢えず中に戻りましょう。それから直ぐに消化の良い物を作らせますね」

プリームスの体調を危惧してか、フィエルテは有無を言わせず船内に戻りだす。



『まぁこの船は後からでも穴が開く程見れるだろうし、大人しくしておくか・・・』

船体の外観が気になって仕方無かったが、心配させるのも悪いと思いプリームスは頷く。


しかし、どうしても構造が気になり、扉を潜り船内に入った所でフィエルテへ尋ねた。

「この箱舟アルカは、どれ程の大きさなのだ? それに船底から今の甲板まで何階構造なのかも興味がある・・・下手をしたら王宮などよりも大きいだろう?」



身体は動かないが口だけは達者なプリームスに、フィエルテは苦笑いを浮かべ答えた。

「確か・・・全長は400mもあるそうですよ。幅も70m程も有って、かなり巨大ですね。あと、階層は船底から一番上の司令区画まで数えて20階だったかと・・・」



正直この説明に、プリームスは驚きを禁じ得ない。

エスプランドルの王宮も相当に大きいが、立体的な構造・・・つまり高さを鑑みると箱舟アルカの半分にも満たないだろう。

そう考えると、この船の巨大さは異常と言えた。



『アルカ・・・古代マギア語では揺り籠を意味するが・・・恐らくこの世界の古代魔法語とほぼ同じ意味だろう。それに先程フィエルテが言った事を踏まえると・・・』

地上に居る人類が、大転倒で死滅する事を想定していたとプリームスは推測した。

故に海へ活路を見出し、巨大な箱舟アルカを建造したのだろう。



『だが実際は地上にいた人間はしぶとく生き残ってしまい、魔神の侵攻を導く結果になった訳か・・・』

人類が滅びる、もしくは地上の資源を無為に食い潰すに至らない数なら、魔神が淘汰の為に侵攻する事は無かった筈なのだ。


それでも魔神と戦える文明水準を守り人一族が持っていたと考えると、それをも月の神は想定していたと言えた。

『人を超える英知と未来を見通す目・・・正に神と言った所だな』



プリームスが一人ブツブツと思考に耽っていると、フィエルテが微笑みながら声を掛けた。

「何だか楽しそうですね。こうして物事に想いを馳せられている時が、プリームス様にとって一番幸福な様に思えてしまいます」


そして直ぐに自身の言葉を律する様に否定した。

「あ・・・申し訳ありません。勝手な事を言ってしまって・・・」



己の幸福など自身が決める事であって、他人が決める事でも、とやかく言う事でも無い。

それが主従関係の主に対しての言い様なら尚更である。

そんな不躾な自身の言葉に、フィエルテは謝罪したのだった。



「フフ・・・構わんよ、その程度の事でいちいち怒ったりはせん。それに思った事を忌憚なく言ってくれる方が、私は嬉しいよ」

出来るだけ肩の力を抜くように仕向ける為、プリームスはやんわりと告げた。

『どうもフィエルテは従者然とし過ぎて、堅苦しい所があるからな。もう少し身内かぞくらしく振舞って欲しいものだ』



プリームスの気持ちを知ってか知らいでか、フィエルテは控えめに嬉しそうな顔で頷くのだった。

「承知いたしました・・・」



船内に入り来た通路を戻って行くフィエルテ。

再び厨房前まで来ると、いつの間にか料理人が2人と給仕の少女が3人慌ただしく動いているのが見えた。



「料理長・・・プリームス様がお目覚めになったので、何か消化の良い物をお願いします」

フィエルテが少し大きめの声で告げると、黒い調理服を身に纏った壮年の男性が気付き頷く。


周囲に居た者達も気付き、プリームスを目の当りにして惚けかけてしまう。

「こら! さっさと動かんか!」

だが直ぐに料理長に叱責されて我に返ると、いそいそと作業を再開した。



邪魔になっては不味いと感じたのか、フィエルテはその場を後にすると、

「お部屋へ戻られますか? それとも司令部の方へ行ってみますか?」

とプリームスへ提案する。



プリームスは少し思案してから答えた。

「う~む・・・部屋に戻っても暇そうだしな。その司令部とやらへ行ってくれ」

少しベッドに横になりたかったが、他の身内に無事目覚めた事を伝えたくもあった。



すると微妙に心配そうな表情を浮かべ、直ぐにそれを隠す様な笑顔を見せるフィエルテ。

「・・・分かりました。辛そうでしたら直ぐに仰って下さいね」

こうしてプリームスを抱えたまま、フィエルテは寝所の前を通り過ぎるのであった。


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