第365話・揺籃のアルカ(1)
「私では少し説明が難しいですね・・・」
フィエルテが困った様子で答える。
プリームスが今居る、見慣れ無い部屋の事を尋ねたのだ。
それ以前にプリームスは、ここがエスプランドルの迷宮でも、王都エスプランドルでも無いような気がしていた。
「外に出られますか?」
プリームスの気持ちを察したフィエルテは、互いに抱き合ったまま囁く。
その言葉と共に発せられた吐息が、耳に優しくかかりプリームスの身体を僅かだが身震いさせる。
「うぅ・・・もう少しこのまま、私を抱きしめていて・・・」
プリームスとフィエルテは魔力の相性が良く、こうして抱き合っていると身も心も癒される様なのだ。
それを心得ているフィエルテは嬉しくなり、
「承知いたしました・・・」
と自身の煩悩を抑え、主の要求に静かに答えるのだった。
暫く抱き合った後、部屋の外へ出る事になったのだが流石に真っ裸では不味い。
かと言ってプリームスが下着を付けて、更に衣服まで纏うのを嫌がったので困ってしまうフィエルテ。
仕方なく揺ったりとした黒いローブを着せて、我慢してもらうことにした。
「真っ裸の解放感は癖になりそうだが、こうしてフィエルテに抱きかかえられるなら、ローブで包まれる感覚も悪くは無いな・・・」
そう感想を漏らすプリームスは身体中が痛く、まだ碌に力も入らないのでフィエルテがお姫様抱っこする事になった。
プリームスを抱きかかえたまま器用に扉を開け、部屋の外に出るフィエルテ。
目に入った景色は簡素だが頑丈な作りで、何か巨大な建物の中に居るのは明らかだ。
またプリームスが居た部屋は”木造を模した”材質で構成されており、高級な宿を彷彿させる内装。
それと同じく部屋の外も同じ材質で構成された廊下が左右に伸びている。
『う~む・・なんだこの材質は? 意匠は木を模しているが・・・石材でも金属でも無い・・・』
廊下を見渡しプリームスは首を傾げた。
廊下自体は高さ3m、横幅2.5m程で左右に何十mも伸びていた。
ハッキリ言って相当に広大な建物で、リヒトゲーニウスの王宮や、エスプランドルの迷宮内に有る居住区画にも存在しえない構造に思える。
更に天井部分には等間隔で照明が白い明かりを放っており、その全てが魔力を源にしている様に感じた。
訝し気にしているプリームスを見て、
「この部屋をプリームス様の寝所にしたのは、司令区画の階層で身内が集まってお世話し易かったからです」
と、かなり掻い摘んだ説明をフィエルテがする。
『う~む・・・それは状況説明であって、この場所の説明では無いぞ・・・』
プリームスは要領を得ず困惑するが、安全なのは状況から察している為、焦らないことにした。
そして視線だけ細目に動かす。
『先ずは観察し自身で把握だ。分からなければ、その都度訊けばよい』
今はまだ体調も回復しておらず喋るのも億劫だからだ。
寝所にしていた部屋を基準に、左右へ均等に廊下が伸びている事から、丁度この位置が中央であるのが窺い知れた。
フィエルテはプリームスを抱えて廊下を右へ進む。
すると10m進んだ所で右側に扉が無い部屋が見え、入り口の大きさは丁度扉2枚分で少し広い。
フィエルテの腕に2度ほど触れて合図を出すと、歩みを止めてくれた。
部屋を覗き込むと、金属なのか無機質な材質で構成された部屋だった。
色で言うと暗めの乳白色で、調度品に至るまで色が統一されている。
「厨房・・・なのか?」
プリームスがそう誰に無く問いかける様に呟くと、
「はい、この階層・・・司令区画の食を賄う場所ですよ」
そうフィエルテが笑顔で答えた。
今は誰もいないので、無機質かつ殺風景に感じる。
だが綺麗に整頓された調理器具が並んでおり、何だか軍隊の厨房を彷彿させた。
プリームスが目を逸らすと、それに呼応する形で再びフィエルテは歩みを進める。
主を思いやる気持ちか、または互いの相性が良い為か、口に出さずとも察して振舞うフィエルテに、プリームスは嬉しくも何だかむず痒くも感じてしまう。
そのまま道形に進むと閉ざされた扉が等間隔で目に取れ、幾つも部屋が有る事を知る。
そうして突き当りを左に折れ曲がり廊下を進むと、随分と重そうで頑強な扉が見えて来た。
それは明らかに魔法金属で出来ており、これ程の材質を使う道理は1つしか無い。
保安と警備上の問題の為である。
フィエルテがこの階層を”司令区画”と言っていたので、相当に重要な場所で在る事は明らかで、これ程の扉を設置しているのは頷けた。
「ここを抜けると外へ出られます。風が御体に障るかもしれないので、長居は出来ませんよ」
そう前もってプリームスへ告げるフィエルテ。
そうしてプリームスを抱えたまま、足のつま先を扉に触れさせた。
何とも行儀の悪さは否めないが、プリームスをお姫様抱っこしているので仕方が無い。
それよりも、そんな事で重そうな扉が開くのか?、と言う疑問の方がプリームスの興味をそそった。
すると僅かな間の後、何百キロも有りそうな金属の扉が、フィエルテのつま先で押され容易に外に開いたのだった。
「おおぉ!? まさか生体認証・・・オリハルコンの扉か?!」
少し驚き、思わず声が漏れるプリームス。
「何でもエスプランドルの迷宮にある遺伝子認証とやらを利用しているとか。あ・・・こちらが先なので迷宮が真似したのか・・・」
とフィエルテが言った。
『迷宮の方が真似?!』
これにプリームスは更に驚いてしまう。
エスプランドルの迷宮は、守り人の民が魔神と戦う為に築いた人類の砦。
その歴史は1000年に達し、この大陸のどの国よりも歴史が古いのだ。
その迷宮が、この遺伝子認証を模倣したと言うのだから俄には信じ難い。
つまり今プリームスが居るこの場所は、1000年より以前から存在する建築物の可能性があった。
「一体・・・ここは何処なのだ?!」
プリームスの呟きを余所に、フィエルテは魔法の扉を抜ける。
湿気を帯びた温かな風が、プリームスの頬を撫でた。
その風には潮の香りを含んでおり、ここが海の傍である事を教えてくれた。
否・・・海の傍と言うのは語弊があった。
そこは海の上だったのだ。
「えぇぇ・・・」
推測の域を遥かに超える状況を目にし、プリームスは唖然とする。
何と2km程だろうか、視線の彼方に街が見えたのだ。
その上、自身が居るこの場所は、全貌が全く把握出来ない程に巨大な船と知れた。
「ようこそプリームス様、守り人の揺り籠・・・
そうフィエルテは微笑みながら告げたのだった。
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