第363話・2人目の救援者

スキエンティアの登場により、間一髪のところで危機を脱したプリームス。

次元断絶へ穿った穴も安定し、続々と民達が隧道を駆け進み迷宮を目指していた。



民の殆どが次元断絶を越えはしたが、魔神を牽制し迎撃していた魔法騎士団やインシオン達の脱出が済んでいない。

「急がねば、いくらスキエンティアの補助が有ろうとも持たぬぞ・・・」

そうプリームスが険しい表情で呟いた。



プリームスを背後から抱き支えていたスキエンティアも、心配になり隧道の入口へ視線を向ける。

するとフィートを連れた魔法騎士団長ロンヒが、こちらに向かって走って来るのが目に取れた。



「プリームス様! 魔法騎士団もこのまま迷宮に向けて撤退致します。殿(しんがり)はインシオン様唯御一人です!」

切迫した様子でロンヒは叫ぶように告げた。



途中、足を縺れさせ転倒しかかったフィートを抱き留めると、そのままロンヒは右脇に抱え颯爽と迷宮へ向けて走り去ってしまった。

プリームスへ報告だけして行ってしまったロンヒは、何とも情緒の無い感は否めない。

が、何を優先すべきか良く心得ていると思い、プリームスは何故か笑みが零れる。


ロンヒはオリゴロゴスの間者として、モナクーシアの下で100年もの間、何食わぬ顔で騎士団長を務めて来た。

それは類まれな判断力と優先すべき事を心得ていたからだ。

ある意味冷徹に見える行動も理にかなっており、故にプリームスは愉快に感じたのだろう。




その後を追随するようにテユーミアが走り寄り、プリームスの傍で止まった。

『フフフ・・・流石にテユーミアは私を置いて先には行けなかったか?』



テユーミアは、プリームスを支えていたスキエンティアを見て目を見張る。

プリームスが以前言っていた言葉を思い出したのだ。

”スキエンティアと言ってな、私の元の姿を見たければ会ってみるといい”



放たれる威厳、燃えるような赤く美しい髪、そしてプリームスと同じく絶世の美を湛える様相。

その余りに浮世離れした天上の美へ、テユーミアは溜息にも似た吐息が洩れた。

『これ程に美しいお二方を、これから私の眼で愛で続ける事が出来るなんて・・・』



呆然としていたテユーミアへ、プリームスの叱責が飛んだ。

「テユーミア! 早く行け!」



「え!? あ・・・はい!!」

我に返ったテユーミアは軽くスキエンティアへ会釈すると、慌てた様子でロンヒの後を追い走り出す。



「はぁ・・・やれやれ・・・。うちの身内は面食いばかりで困ったものだ」

とボヤくが、本を正せばボヤいたプリームスが全て起因であり、スキエンティアは苦笑いを禁じ得なかった。



それから間を置かずして魔法騎士団200名程が、差し迫った様子でプリームスの横を駆け抜ける。

「我らが君よ・・・お守り出来ず先に行く事をお許しください」

そう次々に似通った事を言い、走り去って行く。



ロンヒに良く教育されているのか、自身の希望よりも為すべき事を優先する振舞いは流石と言えた。

しかしながら聞かされているプリームスとしては、ある意味煩わしくて仕方ないのであった。



するとスキエンティアが少し揶揄する様に囁くのだ。

「何処に居らしてもプリームス様は、良くも悪くも大人気ですね」



「むぅ~、他人事と思いおって好きな事を・・・。それとも妬いておるのか?」

プリームスにそう返されるが、スキエンティアは上手く受け流してしまう。

「さぁ~て、どうでしょうね・・・?」



そうこうしているとインシオンが、魔神を迎撃しつつ隧道内に姿を現した。

隧道を埋め尽くさんばかりの魔神が迫るが、インシオンは全く慌てた様子を見せない。


だがプリームスを確認して、ここが瀬戸際と判断したのか言い放った。

「プリームス様! そのまま次元断絶を越えられよ! 私はギリギリまで引き付け時間を稼ぎます」



プリームスは魔神をインシオンに任せ、ジリジリと迷宮へ歩を進めた。

余り急いで進むと、魔法と魔法陣の維持に支障を来すからだ。



5分程かけて何とか次元断絶が在る地点を潜ったプリームスは、

「インシオン、急げ! もう長くは持たん!!」

とインシオンへ振り返り叫ぶ。



偶然なのか、また狡猾な指揮官級が居るのか、インシオンへ並行随撃を行う魔神の群れ。

このまま急いで次元断絶を越えても、大量の魔神を連れる事になる。

それを危惧しインシオンの足が止まってしまった。



「愚か者! またシュネイを悲しませるつもりか!!」

プリームスの怒りにも似た叫びが、インシオンの背を撫でる。


そして彼は少し振り向くと、苦笑いと切なさを含んだ複雑な表情を湛えていた。

”すまない・・・”そう暗に告げている様にプリームスは感じた。



「やれやれ・・・君はいつも自分を投げ出そうとする。残される者の気持ちを考えた事は有るのかねぇ・・・」

聞き覚えのある可愛らしい声が、プリームスの背後からした。




消滅ディスインティグレート




突如、1m程の黒き球体がプリームスの傍を高速で通過する。

それは一瞬にして魔神の群れへ到達すると、膨張し隧道を埋め尽くす様に飲み込んむ。


次の瞬間には膨張した闇が収縮し、何もかもが消失してしまっていた。



インシオンの離脱を手助けしたのは、エスプランドルの迷宮──中層管理者エテルノであった。



「まさか卿が来ていようとはな・・・何にしろ助かった」

何事も無かったように徐に立ち上がり、そう告げるインシオン。

この機をを逃さず彼は次元断絶を越え、プリームスの傍に滑り込でいたのだ。



レースの刺繍と沢山のフリルが付いたドレスの裾をなびかせて、エテルノがプリームス達の傍に歩み寄る。

その姿は艶めかしく、蒼白な肌は吸血鬼然とした美しさを湛えていた。

「フフ・・・完璧な間だったでしょ?」



その直後、力を使い果たしたプリームスはその場へ崩れ落ちた。

慌ててスキエンティアが抱き留めて事無きを得たが、周囲の者を心配させたのは言うまでもない。



それと同時に次元断絶へ穿った穴は消失し、元の混沌とした様相へ戻る。

「インシオン・・・オリゴロゴス殿は・・・?」



弱々しい声でプリームスに問われ、小さく頭を下げるとインシオンは答えた。

「彼は、弟を・・・モナクーシアを弔う為に地下世界に残ると・・・」



「そうか・・・」

『彼には色々と世話になった。出来れば共に地上へ戻って欲しかったが・・・。その意志を蔑ろには出来ぬ・・・か』

プリームスは心中に悔やみにも似た思いが湧き起こるが、それと共に耐えがたい程の眠気が意識を支配するのだった。


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