第362話・◯◯とは・・・遅れて現れる

プリームスは350年の人生で、幾度か諦めの境地に至った事が有った。

それは打つ手が無く八方を塞がれた状況であり、同時にやり切ったと言う思いから達した結果だ。



最近の事をあげるなら、以前の世界で人間側と戦い終戦を迎えた時である。

『あの時は、やり切った感より疲れた・・・と言う方が正しいか・・・』

そう内心で呟きプリームスは自嘲した。



そして今現在、次元断絶へ穿った穴を維持する為、プリームスは全力を注ぐ。

しかしプリームス自身の魔力と集中力の限界を目前とし、諦めに似た思いが心中を支配しようとしていたのだ。


否・・・心が折れ掛かると言った方が正しいかもしれない。

それ程に時間逆行クロノス・レトラグレイドウ極大増幅陣トメーイギストーの維持は難事と言えた。


更に隧道の外では魔神が襲来しており、その心配がプリームスの集中を阻害する。

このままでは不味い・・・そう思った刹那、背後で嫌な気配を感じた。



それは禍々しい魔力と気を放ち、人と認識した瞬間に命を奪おうとする存在・・・魔神であった。



『調停が完遂されれば魔神の侵攻は弱まり、いずれは無くなる筈・・・。なのに、何故この頃合いに?!』

プリームスは自身にそう問いかけ、直ぐに答えが導き出された。


ケーオの存在である。

恐らくだが魔神達の侵攻は、1体目の調停者であるケーオに連動していると考えられた。

そのケーオの調停条件が完遂されていないのだから、魔神の侵攻が緩まらないのも合点がいくのだった。



だがそんな事を悠長に思考している場合では無い。

長く捻れた大きな角、巨人族を思わせる3mは悠に超える体躯、そしてそれを包む鋼のような漆黒の外皮装甲。

上位・・・いや、指揮官級の魔神が一体だが隧道に侵入していたのだ。



漆黒の魔神はプリームスを認識すると、その右手に握っていた巨大な鉈を振り上げ、奇妙な雄叫びを上げた。

そしてプリームスを両断しようと猛進する。



『ぬっ! 選りに選って指揮官級の魔神か!』

プリームスは僅かに背後へ視線を向け舌打ちした。


下級、中級程度の魔人なら多少攻撃されようが、プリームスの魔法障壁を突破出来ない。

しかし上位を超える指揮官級は、魔力・膂力共に強大で、数度攻撃を凌げれば良い位なのだ。



金属同士がぶつかり合う耳障りな音が響いた。

魔神の鉈がプリームスの魔法障壁に接触し、それを弾き返したからだ。

だが、その一撃で障壁にヒビが入り崩壊寸前は明らかに見えた。



尚も魔神は鉈を振り上げる。



次の刹那、魔法障壁は並々ならぬ膂力に因り振り下ろされた鉈で、硝子が砕け散るが如く煌びやかな光の粒となって消失した。



以前の世界では歴代最強の魔王と称され、この世界では地上最強と言われた剣聖をも膝を突かせたプリームス。

その彼女が、たかが指揮官級の魔神に、無防備な背を晒して死を目前としている。



これ程に無理無体な現実があるだろうか・・・。

ここまでやって来た行為や思いは、一瞬で無に帰そうとしていた。



『ハハ・・・何の守りも無く、あんな物を食らったら矮小な私では潰れてしまうな・・・』

プリームスは他人事のように、自身に迫る死を冷静に見通す。



魔神の巨大な鉈がプリームスの頭上に迫った。



『死とは・・・本当に残酷だが、私には当然の結果なのかもしれんな・・・』

この現実は魔王だった頃に、多くの命を奪った応報だったのかもしれない・・・そう思うと何故か納得がいった。



万に一つの奇跡など期待できる訳も無く、プリームスは死を覚悟するように瞳を閉じかけた。

次の瞬間、拒絶するように”何か”が魔神の鉈を弾き返したのだ。



『魔法障壁?!』

プリームスは自身の背後で展開された、”何か”が自身の物では無い”魔法障壁”だと直ぐに看破する。

しかも相当に強固でプリームスに匹敵する物・・・これ程の魔法を操れるのは1人しか居ない。



更に間髪入れずプリームスの前方から疾走した存在は、一瞬で魔神の手足を切り落とす。

そしてダルマ状態になった魔神へ、止めとばかりに圧縮した火炎魔法を食らわせ、消し炭にしてしまった。



「間に合って良かった・・・」

そう呟き、今にも泣きそうな表情を浮かべたのはスキエンティアであった。



「スキエンティア・・・何故ここに・・・」

プリームスは驚きの余り、何とか維持している魔法と魔法陣を消失させかける始末。



それを見たスキエンティアは、ソッとプリームスを背中から抱きしめ告げる。

「1つだけ残された監視用のゴーレムで、シュネイ様が今の状況を知って私に”託した”のです」


そうして触れ合った体から魔力をプリームスへ送り込み、続けた。

「それより今は、魔力が必要なのでしょう?」



アーロミーアで無くとも自身と同じ身体を有し、加えて熟練した魔力と技術を持つ存在がここに居る。

これ程に心強い事が他にあるだろうか・・・。



諦めかけていた意志を立て直し、補填された魔力で次元断絶の穴を強固な物にするプリームス。

最早、意図して消さない限り、この穿った穴は消える事は無いだろう。



優しく包み込む様に抱きしめるスキエンティアへ、プリームスは告げた。

「お前には話さなくては為らんことが沢山ある。それに謝らなくては為らん事も・・・」



「凡その事はシュネイ様から聞き及んでいます。ですが、この地下世界で起きた事は全く存じていませんので、後程2人きりでお聞かせ願いましょう」

そう答えるスキエンティアに、嬉しいやら怖いやら・・・それらが織り交ざった感情がプリームスの心中を覆った。



小さく震える小鳥の様にプリームスは身震いし、それを腕の中で感じ取ったスキエンティア。

有ってはならない筈の嗜虐心が芽生えたのを覚え、慌てて払拭するようにスキエンティアは頭を振った。


『プリームス様は本当にズルい方です・・・。私の心を惹き付けて、捕らえて止まないのですから。お灸など据えられる訳など無いでしょうに・・・』

そう内心でボヤキながらスキエンティアは笑みを零す。



その時、後方から隧道を埋め尽くさんばかりの人が、走り寄って来るのを感じた。

余りの数に隧道内を地響きが轟き、プリームスを僅かばかりギョッとさる。



先頭にはアグノス、イリタビリス、そしてアーロミーアが居て、プリームスの傍に来ると目を丸くした。

「あら!? スキエンティア様!」


「え!? 誰?」


「あらまぁ・・・折角、私が来たのにお邪魔でしたか・・・?」



そんな間の悪い3人へ、

「私の事は構わん故、このまま民を迷宮まで先導しろ・・・」

とプリームスは少し呆れたように言うのだった。


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