第356話・アーロミーアに欠ける物
思わせぶりなインシオンの言葉に、フィートが何かを洞察し口を開いた。
「それは・・・6千人程度なら収容出来、しかも生活が可能な空間がある・・・と言う事ですね?」
インシオンは少し感心したように、文官然としたフィートを見つめる。
『敢えて土地や場所と言わなかった事で、何か察したか』
そして小さく「フッ」と笑うと、ベッドで脱力している主に向かって言った。
「プリームス様の従者は優秀ですな」
プリームスも小さく笑った。
「うむ、ゆえに色々助かっておるよ。それにしても、それ以上言及せぬ所を見ると、お主の当ては確定的では無い訳か・・・」
頷くインシオン。
「まぁそんな所です。この件に関してはシュネイから以前に聞いた事ですので、確証は有りませんが・・・」
するとテユーミアが心配そうに告げた。
「今は先ずプリームス様の体調を万全に致しませんと。次元断絶を越えるのに、何か魔法を使われるのでしょう?」
「そうだな・・・」
そう呟きプリームスはベッドへ横になってしまう。
正直、少し起きているのが辛い状態だったのだ。
その様子を見てテユーミアは、
「さぁ、誰か傍付きを残して皆さん部屋を出ましょう。プリームス様を休ませて差し上げないと・・・」
と言ってフィートとアグノスの手を引いた。
フィートはテユーミアに従い扉へ向かうが、アグノスは異議があるようで、
「そ、それでしたら私がプリームス様のお世話を!」
そう言って踏ん張る始末だ。
しかし馬鹿力のテユーミアは、アグノスを簡単に扉まで引きずってしまう。
「駄目ですよ、アグノスは私と共にプリームス様の代役を務めるの。いつでも民を動かせる段取りをしないとね!」
インシオンもプリームスへ頭を下げると、徐に部屋を後にした。
結果、残ったのはイリタビリスとアーロミーアだ。
何方とともなく顔を見合わせ、視線が互いを威嚇する。
それでも互いに引かず、
「アーロミーアは信用ならない。それに十分2人きりにしたでしょう!」
「信用はプリームス様が判断される事。今から2人きりを希望するのもプリームス様が決める事です!」
と互いに譲らない。
『やれやれ・・・騒がしくて眠れん』
プリームスは内心でボヤきながら、イリタビリスの言葉が気になった。
「そう言えば、よくアーロミーアと私を2人きりに出来たものだな」
今の状況の様に、小さな諍いになったのは容易に想像つくからだ。
それに対してイリタビリスが不満そうに言及した。
「アーロミーアが調停者としてプリームスに用が有ると言うから・・・仕方なく2人きりにしたの。でもまさか姿を似せる為にとは・・・色々納得がいかないわ!」
アーロミーアはベッドから降りると、何故かイリタビリスの傍へ行き、
「この姿はプリームス様と全く同じ遺伝子を基礎にしています。だからイリタビリスさんが望むなら、この体を好きにしても良いのですよ」
と煽るような発言をする。
はっきり言って論点がズレており、しかも突然脈絡も無く告げられたのでイリタビリスは目を丸くした。
更に追い打ちをかけるつもりなのか、
「プリームス様に付きっ切りでしたので、私自身ではこの身体を色々試してませんの・・・良ければ一番初めに試してみますか?」
そうアーロミーアは自身の身体に触れながら言う。
想像してしまったのか、イリタビリスは顔を真っ赤にして絶句する。
『フフフ・・・上手く行きましたわ』
ほくそ笑むアーロミーアは、イリタビリスへ止めの一手を加えた。
「口だけと思われても心外ですので・・・よっと・・・」
何とキャミソールと下着をめくり上げ、その胸をイリタビリスに晒したのだ。
中身は違えど、姿形はプリームスと全く同じアーロミーア。
その行動がイリタビリスを悩殺しない訳が無かった。
まるで操られたかのようにヨタヨタと、絹の様に白く美しい豊満な双丘へ迫るイリタビリス。
次の刹那、「ぁ痛っ!?」とアーロミーアの小さな悲鳴が上がる。
「馬鹿者! 私が危惧していた事を身内同士でするでない!」
そう言い放ったのはプリームスで、アーロミーアの背後から拳骨でその頭を殴りつけたのだった。
アーロミーアは何が悪かったのか理解出来ていないらしく、
「えぇ~、いけませんでしたか?! でもどうすれば良かったのでしょう・・・」
若干驚いた顔で頭を擦りながら呟いた。
『こ奴は意外に馬鹿なのではないか・・・? こうなると矯正ないし指導してやらんと、目が離せんぞ・・・』
プリームスは呆れて溜息が出るのをグッと堪えた。
そしてアーロミーアを自身に向かせると、その剥き出しになった胸をパパ~ンっと平手で
当然痛い訳で・・・「キャンっ!!?」と悲鳴を上げ、胸を押さえてアーロミーアは屈み込んでしまう。
そんな彼女へプリームスは容赦なく告げる。
「お前の行動で出る結果を甘く見ている。もし今のがイリタビリス相手では無く、地上の全く関係の無い人間ならどうなる? 私への悪い風評が立つ事になるだろう・・・何故それが分からん!」
既にプリームスは地上で”ボレアースの聖女”として名を馳せてしまっている。
しかもリヒトゲーニウス王国で、国王の賓客として扱われる程であり、更に加えるなら新設された初の魔術師ギルドの長でもある。
そんな人物が他人に易々と裸体を見せて迫るなど、人格を疑われた上に、名声を失墜させるのは明白と言えた。
「私は名声などどうでも良いのだ。だがな、私の所為で身内が悪く見られ傷付くのは耐えられん。お前は私を悲しませた上に、身内全員を貶めるつもりなのか?」
プリームスの言い様が少し辛辣になった為か、アーロミーアは本気で叱責されたと感じ俯いてしまった。
「私・・・そんなつもりでは無かったのです。イリタビリスさんがプリームス様を慕っているから、少しでも喜んでもらえたらと・・・。でもそれは短絡的な考えだったのですね」
恐らく人間らしさで言えば、ケーオの方が上手く立ち回っていたに違いないだろう。
『魔神が・・・いや、”使者”が人間を喰らう事で、その人格をも取り込む。故に喰らわれて死んだはずの人間が生きている様に感じる訳か・・・』
そう洞察したプリームスは1つの結論へ帰結する。
『アーロミーアは容易に人間らしさを得る方法を捨てたのだ。だから中身が伴わない外見だけの人へ姿を変えてしまった。これでは、”只の世間知らず”ではないか・・・』
本気?で叱責したのを始めて見た為か、イリタビリスはおずおずおとプリームスへ話しかけた。
「ご、ごめんなさい・・・あたしったらプリームスが居るのに節操が無くて・・・」
無理に立ち上がり勢いに任せて叱責したプリームスは、ふら付いてしまいイリタビリスの身体に寄りかかる。
それから笑顔を向けて言った。
「気にするでない、今のはアーロミーアが悪いのでな。それよりも私の世話をイリタビリスに頼みたい・・・構わないか?」
何時もに増して儚げなプリームスに、イリタビリスは胸が跳ね上がるようなトキメキを感じた。
「が、が、合点承知・・・」
一方、屈み込んだままのアーロミーアも、おずおずとプリームスへ尋ねる。
「あのぅ・・・私はどうすれば・・・」
「お前は暫く床で正座していろ! それと私が回復したら説教部屋だ!」
プリームスにそう告げられ、再びションボリとしたアーロミーアは、まだ痛いのか自身の胸を擦るのであった。
「そんなぁ・・・」
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