第355話・寛容な老人と建国の展望
「あぁ!!」
突然、弱々しく素っ頓狂な声を上げるプリームス。
何事か?と身内達の視線が、ベッドの上に座る絶世の美少女に注がれる。
因みにプリームスは首の座らない赤子の様に脱力しているので、背後から抱きしめる形でアーロミーアが支えていた。
こう見ると黒と白で分かれた瓜二つの天上の美が、かなりの美観を呈し、見る者を僅かだが呆然とさせた。
僅かで済んだのは、日頃からプリームスと接していて免疫が有る為だろう。
しかしインシオンは違ったようだ。
「う~む・・・プリームス様、申し訳ないが何か羽織って貰えませんか?」
下着姿のプリームスを直視できず、目のやり場に困ったのだった。
見兼ねたアグノスが素早くベッドのシーツをプリームスに掛け、少し包む様にその扇情的な身体を隠す。
誰よりも速く動いたのは、自身の伴侶であるプリームスの肌が、男の視線に晒されるのが我慢出来なかったのだ。
それが祖父であるインシオンであっても・・・。
それを察したテユーミアは苦笑してしまう。
『本当にこの娘は焼餅焼きなんだから・・・若い証拠ね・・・』
安心したインシオンは新たな主に視線を向け、
「ひょっとしてプリームス様が、次元の切れ目に施した魔法の事ですかな?」
と見透かしたように言った。
少し驚いたプリームスは、インシオンを見やり告げる。
「お主は察しが良いな・・・その通りだ。あれの効果は有限だからな、民を地上へ脱出させる為の時間も限られる。私はどれほど眠っていた?」
「まだ6時間程度しか経っていません。次元の切れ目を消した理屈までは察し得ませんが、長くは持たないのですか?」
心配そうにインシオンが訊き返す。
するとイリタビリスが話に割って答えた。
「確か3日は持つって言って無かったけ? まだ丸2日はあるよ〜」
その言い様は相手が剣聖であっても変わらない。
自由奔放なイリタビリスらしいが、礼儀知らずな所も感じられた。
それは恐らく、この地上から隔絶された世界が原因だろう。
また両親を亡くし、オリゴロゴスが男手一つで面倒を見たのだから、こうなるのも仕方ないと言える。
しかしながらプリームスは、イリタビリスが状況に因って振る舞いや話し方を変えるのを知っている。
『それだけ剣聖を身内として親しく接しているつもりなのか・・・それとも身内同士の序列を暗に示しているのか・・・』
そう思ったプリームスは、テユーミアと顔を見合って互いに苦笑するのだった。
一方インシオンは、イリタビリスの言い様に嫌な顔一つせずに言う。
「そうか・・・ならばプリームス様の体調を回復させる猶予は有るか・・・」
プリームスはインシオンへ手招きした。
察しの良いインシオンは直ぐに傍へ来ると、その耳をこの儚く弱々しい主の口元へ近付ける。
「すまぬな・・・イリタビリスが礼儀知らずで。アグノスと同じ歳ゆえ、孫と思って大目に見てやってくれ」
そう小声でプリームスが告げると、インシオンは小さく頷いた。
身を離すと、インシオンは微笑みを湛え小声で答える。
「私は最早、只の老兵です。次世代を担う若者を萎縮させる事はしたくありません」
そして戯けた様子で続けた。
「それに・・・嫌われて苛めらるのも嫌ですからね」
『剣聖を苛めるって・・・あり得んだろ』
と声に出して突っ込みそうになるプリームス。
100年以上前から、地上最強として伝説になったインシオン。
その彼を苛めるなど、普通の神経なら出来る訳がないのだ。
これ程の人物は畏怖され、礼儀を失する行為は死に直結すると一般人なら考えるだろう。
だが実際の剣聖は大らかで、細かい事は気にしない寛容さを持っているようだった。
それを間近で聞いていたアーロミーアが、
「人間って本当に面白いですね。色々手間が掛かったり、煩わしい事もあるようですが・・・そこがまた良いです」
とプリームスの背後から囁くように言った。
「他人事のように言っているが、お前もその
そうプリームスに呆れ気味に告げられたが、アーロミーアは気にした風も無くノラリクラリと答えた。
「私はプリームス様の傍付御世話役で!」
周囲に聞こえていたのか、これにはアグノスとイリタビリスがムッとする。
「駄目だよ~そんなの!」
「そうですよ! プリームス様のお世話は、私共への御褒美・・・じゃなくて義務なのですから、誰かが特定でと言うのは許容できません!」
また一悶着起きそうで・・・いや実際起こっているのだが、それを目の当りにしてプリームスは頭を抱える。
『う~む・・・昔からだが私の周囲では、こういった揉め事が絶えんな・・・』
だがその原因が自分にある自覚は、殆ど皆無であった。
するとインシオンが2人を落ち着かせる為、口を開いた。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。それに関しては私に妙案があるのだが・・・テユーミアも同じ考えなのでは?」
父から急に話を振られ、少し慌てるテユーミア。
「え? あ・・・はい。ひょっとして影武者の事でしょうか?」
インシオンは頷いた。
「うむ。プリームス様は守り人一族を導く王と成られる。飽く迄、仮定では有るが・・・地上の国々は放っておかぬだろう?」
これは詰まり地上に戻った後に建国を意味し、インシオンはその新たな国に対する他国の挙動を案じているのだ。
建国したとして、国の総人口は6千人にも満たないが、その個々の戦闘力は地上の人間の比では無い。
それは人知を超える魔神と戦う為に得た、否応無い宿命の力と言えた。
その様な危険極まりない一族が地上の世界で旗揚げすれば、既存の国々が過剰な反応を示すのは火を見るより明らかである。
「そうですね・・・、プリームス様のお命を狙う国も出て来るかも知れませんし、影武者の案は良いとは思えます。ですが・・・そもそも直ぐに建国が可能なのでしょうか?」
以前プリームスの為に、国を用意すると言い放ったテユーミアらしく無い弱気な発言である。
恐らくは現状を見据えて、”今直ぐ”に建国は難しいと考えたのだろう。
しかしインシオンはそうでは無いようだ。
「国には領土が必要であり、建国に当たって他国からの支持も不可欠となるだろう。だが現状に至っては、それに当てはまらぬ。国としては少なすぎる人口で、”組織”としては多すぎる人員の数が功を奏したかも知れんぞ」
そう告げるインシオンに一同は首を傾げた。
プリームスなど、国主と成るであろう自身を放って話が進むので、もはや呆れて無言状態である。
だがインシオンの思わせぶりな言い様を、一人だけが洞察したようであった。
「それは・・・」
徐に口を開いたのは、一貫して無言だったフィートである。
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