第339話・観念の時と民の門出

全く汚れの無い純白の打掛を纏う少女は、美しい白銀の髪、絹の様にキメ細かく真っ白な肌、そして透き通る紅の硝子細工を思わせる瞳を持っていた。


その造形は人の域に在らず、神が作り給うたと言っても過言では無い程に美しい。

正に神域に達した様相だった。


更に幼さを残しつつも体つきは扇情的であり、その不安定さがより一層に見る者を惹き付けてしまう。


彼女の名はプリームス。

見た目は15歳然とした超絶美少女だが、中身は齢350を数える年老・・・何とも色々と矛盾を抱えた存在なのであった。



そんな彼女が壇上の上から告げたのだ・・・5千人にも及ぶ守り人の民を見渡しながら。

「私がシュネイより王権を譲渡されたプリームスだ。皆、必ず私の手で地上へ送り届けて見せよう。その後は私の元に来るも由、リヒトゲーニウス王国へ帰化するのも由。他に進みたい人生(みち)があるなら、尊重し私が力を貸そう・・・以上だ」



この絶世の美少女がどの様な声音で何を語るのか、皆は興味津々であったが、余りにも端的だったので呆気にとられる。

また想像通り・・・いや、それ以上に美しく通る声に民達はプリームスへ心酔し、呆然としてしまったのだった。



すると壇上の下に控えていたロンヒが、意外そうな表情でプリームスへ囁いた。

「プリームス様・・・それだけで御座いますか?」



ほんの少しロンヒに振り向き、プリームスは首を傾げる。

「うん? 何か足らぬか?」



これにはテユーミアが苦笑を堪えつつ、プリームスへ進言した。

「飽く迄、シュネイ様より依頼された事を完遂すると公言しただけです。ですからプリームス様が”王”に成られて、どう民を導くのか公約しなければ、民は安心しませんよ・・・」



プリームスは少し思考した後に納得したように頷いた。

「なるほど・・・確かにそうだな」

本人としては民の救援が主あり、王に成るなど押し付けられた仕事で後付けなのだ。

故に失念していた・・・と言うより現実逃避から来る思考停止だったのかもしれない。


それをテユーミアの進言から気付き、プリームスは自嘲し溜息が漏れた。



そうして再び眼前の民を見渡すと、

「聞け、守り人の民達よ。私は以前にも王で在ったのだ。しかしその資格を失ったにも拘わらず、今こうして王を担う事となってしまった。こんな私に皆は付いて来てくれるのだろうか?」

そうプリームスは自身の不甲斐ない過去を隠さずに告げる。


その心中は以前の世界で、魔界マギア・エザフォスを統一する為に統率者として立った自分を思い出していた。

『あの時の周囲は皆、私でなければ嫌だと一斉に駄々を捏ねられたものだ・・・。だが今この守り人の民達は、王が”私”である必要が無いのではないか・・・?』




実際はプリームスの思惑とは違う反応を示した。




「そんな事を仰らないで下さい!」


「こんなにも神々しい御方が王になって頂けるなんて・・・私達はそれだけで幸福です」


「新たな王よ、我らを御導き下さい・・・」


「貴女様のような超絶者が私達の元に居て下さるだけで、誇らしいのです!」


「貴女様に仕える事をお許し願います・・・ですから我らの元に居て下さいませ!」



民は皆、口々にそう言い出したのだ。



守り人の民の遺伝子に、王に対して隷属的になる因子が含まれている事をプリームスは思い出す。

王を守る為、また魔神と戦い続ける為に必要だった遺伝子操作ではあるが・・・。

『本当にこれで良いのか? 人為的に作られた人の資質・・・そこから生じる性格や個々の思いは”偽り”では無いのか・・・?』

そうプリームスは考えずには居られない。



それをテユーミアが察したのか、プリームスへ優しく囁きかけた。

「プリームス様・・・。確かに我々守り人一族には、王に対する隷属的な程の忠誠心と依存する性質があります。ですが私はそんな質が愚かだとか、偽りだとかは思っていません」



何を伝えたいのか計り兼ねたプリームスは、困った表情を浮かべテユーミアを無言で見つめる。

詳しく語るよう暗に促したのだ。



そうするとテユーミアは、恭しく少し首を垂れると続けた。

「人は性格などの資質の殆どを後天的に育みます。それで真っ当に成長する者も居れば、恐ろしく歪み危険な人格へ成長する者も居ます。ですがこの後天的環境は人生であり、その人生そこが人の価値を生むのだと思うのです」


そして顔を上げるとテユーミアは、真っ直ぐにプリームス見つめ告げる。

「我々の資質は先天的な物ですが、プリームス様の目に民達が歪んだ人格者に見えますでしょうか? その人生は間違った物だと思われますか? 彼らは立派に生き、価値のある人生を送って来たと思えませんか?」



テユーミアの言い様は正論の様に見えて、実のところ心で物事を捉えていた。

逆にプリームスこそが正論に固執していた様に感じる。

『結局の所、民達が”今”どう感じ何を求めているかが問題な訳か・・・』



プリームスは諦めたように溜息をつくと、

「これはもう年貢の納め時やもな・・・」

そう小さく呟いた後、民達を見据えて言い放った。

「私には至らない事が多々あるだろう・・・それでも付いて来てくれるのなら、私は王として一族の新たなしるべとなろう」


その言葉には”守り人”は省かれており、魔神との宿命から解き放たれた新たな一族の門出を意味していた。



僅かばかりの沈黙が広場を覆い、直ぐに歓声が沸き起こった。



5千人にも及ぶ民達の歓声は凄まじく、流石のプリームスも圧倒されてしまう。

そのまま気圧されて壇上から足を踏み外したプリームス。

魔力が人並みに回復したとは言え、まだまだ足元が覚束無おぼつかないのが原因であった。



その瞬間、民達の歓声が一斉に収束し、今度は悲鳴が上がった。




「わっ?!」

何か柔らかい物で抱き留められた事に気付くプリームス。



「もう・・・心配させないで下さい・・・」

と言ったのは、焦った表情でプリームスを抱き留めたテユーミアだ。



近くに居たイリタビリスとアグノスも慌てて駆け寄り、ロンヒも青ざめた顔をしていた。



テユーミアは念を押す様にプリームスへ尋ねる。

「本当に宜しいのですね?」

それは今まで以上に面倒事が増える事を示唆しており、それを危惧して敢えて問うたのだ。


プリームスは自嘲し答えた。

「公言してしまったのだから、もう後には引けまい? 諦めて覚悟するさ・・・」



そんな腕の中の敬愛する主へ、テユーミアは微笑みを向け相槌を打つのだった。

「左様ですか・・・」


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