第328話・奇妙な主従関係
「化け物め!」
レイピアの斬撃で部屋の壁を崩壊させたアポラウシウスを、モナクーシアは呆れるように罵った。
アグノスを監禁している部屋は元々、信託の棺から顕現した英知の石版を保管していた保管庫なのだ。
故に強固な石材を壁に使用していた。
その頑強な部屋の壁を、細身のレイピアを振り回しただけでアポラウシウスは崩壊させたのだ。
驚きを通り越してモナクーシアが呆れるのは仕方ない事だろう。
『私が全力を出し、かつ有利な場所なら奴を倒す事も出来るかもしれん。だが全てが未知数な相手・・・今は避けるべきか』
そうモナクーシアは判断し、アポラウシウスから全力で離れる事にした。
そして向かう先は、もう1人の監禁した人物の元である。
全ての希望と元凶はこの救援者にあり、これを盾にすればアポラウシウスを止める事が出来ると考えたのだった。
一方アポラウシウスは、見失った様な"素振り"を見せると、モナクーシアの後を追うのを止めた。
それから床に転がる魔法騎士2人を一瞥し、
「ふむ、いい塩梅になった様ですね。これなら特に拘束せずとも大丈夫でしょう」
と、いつもの道化師らしい口調で言った。
漆黒の鎖で雁字搦めにされた魔法騎士2人は、何故か青い顔で気を失っている。
アポラウシウスが自身の影から放った鎖は、拘束だけで無く、対象を衰弱させる何かしらの能力がある様だった。
「副王モナクーシアを捨て置いて宜しいのですか?」
フィートが、おずおずとアポラウシウスへ言った。
「何事も追い込み過ぎるのは良くない。逃して心配になるなら、一撃の下に倒すべきなのです・・・。それよりもアグノス姫が先では?」
そう本当の主人に言われて、フィートは慌てた様子でアグノスの元へ駆け寄る。
ベッドに横たわるアグノスは、静かな寝息を立てて眠っていた。
先程の騒ぎでも起きなかった事から、食事に混ぜられた睡眠薬の効果は相当に強いと思われた。
「どう致しましょうか。逃げ出すにしても私1人でアグノス様は・・・」
フィートは相変わらず無表情と抑揚の無い口調で言った。
アポラウシウスは溜息をつき、
「フィート・・・、そんな様子では、何時まで経っても独り身ですよ。もっと自身を表現しなさい」
と場違いな事を口にする。
役に立たない事を咎められると思いきや、人生の将来設計に口出しされて戸惑うフィート。
「そんな事を言われましても、これが私なのです。それにマスターとの契約と、為さねばならない目的があるのですから・・・伴侶など・・・」
そうフィートに反論されて、アポラウシウスは苦笑いを浮かべた。
「君が"変わりたい"と思っていないなら、私もこれ以上言う気は無いがね・・・。それでアグノス姫の事だが、安全な場所まで私が運びましょう」
この申し出が意外だったらしく、フィートには珍しく驚いた語調で念を押す様に尋ねた。
「え!? 宜しいのですか?! マスター自ら、そのような・・・。何か悪い物でも食べたのですか?」
これには流石のアポラウシウスも揶揄された様に聞こえたらしく、
「フィート・・・君は私を馬鹿にしているのかね? もしくは私が善行1つしない"人で無し"だとでも思っていたのかい?」
と訊き返す有り様だ。
訊き返されると思って居なかったフィートは逡巡した後、何時も通りに抑揚なく答える。
「え〜と・・・前者は詳しく言及するに憚ります。後者はその様に存じておりましたが・・・違いましたか?」
アポラウシウスは呆れて溜息をついた。
「はぁ・・・相変わらずですね。とにかく私は、信念や自己犠牲から来る善行を信用しません。 因って私自身が行うそれには打算があるのですよ」
「つまり貸し・・・ですか?」
フィートの問いにアポラウシウスは頷き、説明を続けた。
「そんな所です。今回は色々拝見出来た礼と言いましょまうか・・・、まぁ貸しを作っておいて損の無い方ですからね」
漸く納得がいったのかフィートは、
「なるほど・・・」
と一言呟き、ジッとアポラウシウスを見つめた。
「・・・? 何ですか?」
首を傾げフィートへ問うアポラウシウス。
「いえ、早くアグノス様を抱き上げて、運んでくれないか待っているのです」
然も当然の様にフィートは言ってのけた。
再びアポラウシウスは溜息をつくと、
「やれやれ・・・言った手前せざるを得ませんが、何だか使われている感じがして腹が立ちますね・・・」
そう言ってアグノスを抱き上げたのだった。
この2人のやり取りを他者が見たなら、どう思うだろうか・・・。
相手が悪名高い"死神"だと知ったら、きっと相対する
だが実際は、そんな気配さえ全く見せず穏やかなものだ。
それ程にフィートは、アポラウシウスにとって重要な人材だと言えるだろう。
「さて、アグノス姫を安全な場所へ移すか・・・はたまた目を覚ますまで移動しつつ、状況を観察するか迷う所ですね」
と少し思案する様子をアポラウシウスが見せた。
そんな主を見てフィートは、つい思った事が口を衝く。
「マスターも迷われる事があるのですね・・・意外です」
プリームスと同程度に、アポラウシウスは超絶然としているとフィートは感じていたからだ。
つまりプリームスの様に全てを見透かし、そして先手を打つ・・・それがアポラウシウスへの評価であった。
「フフフ・・・。この世界で私に対して、そこまで言える人間は、君を含めて片手で数える程ですよ」
そう言うアポラウシウスの表情は、仮面に隠されて見て取る事が出来ない。
だが僅かに愉快そうな語調を含む様に、フィートは感じたのだった。
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