第305話・魔法騎士団団長ロンヒ

地下都市の外壁までやって来たプリームスは、大きな鉄門の上から大声で声を掛けられる。


『何者だ、と言われてもなぁ。まぁ正直に答えてやるか』

プリームスはそう内心で面倒臭そうに呟くと、声がした方へ視線を向けた。

だが人の姿は見受けられず、門の両側に建てられた物見矢倉の上に人の気配を感じるだけだ。


恐らく防衛の構造上、下から上を確認出来ない様になっているだろう。

そのかわり上からは確認し放題であり、それは詰まる所、一方的に攻撃が可能な設計になっていると言うことである。



プリームスは気にせず名乗り上げた。

「私はプリームス。守り人一族の王キディー・モーナスの依頼を受けて、この地下世界の人間を救出にきた者だ。お主等の統率者に会わせて欲しい」



すると空気が変わり、少しの間の後に頭上から返答が来る。

「まさか本当に報告通りとはな! 了解した、直ぐに中へ通そう!」

そう男の声がして突如、黒い影がプリームスを覆った。


何者かが物見矢倉から飛び降りてきたのだった。



しかし自然落下では無く、ゆるりと舞い降りプリームスが居る目の前の地面へ静かに着地する。

『ほほう・・・浮遊魔法か。まぁ魔法技術を管理していた行政府の手の者なら、この程度は普通なのかな?』

少し感心したプリームスは、目の前に降り立った男を見つめた。



歳の頃は30程だろうか、魔術師学園にいたバリエンテを思い出してしまった。

兜もしておらず体格も雰囲気も何となく似ていたので、プリームスはそう感じてしまったのかもしれない。

だが身に着けている物はバリエンテの様な学生服では無く、厳かな漆黒の騎士鎧であった。


更に腰に下げた剣も鎧も魔道具で在る事を、内包する魔力からプリームスは感じ取る。

『ふむ、それなりの地位か立場の者のようだな・・・。なら話は早そうだ』



騎士鎧の男はプリームスへ軽く会釈すると、

「小官は行政府魔法騎士団団長のロンヒだ。貴女が来られると筈だと副王から知らされていてな、こうして定期的に外壁門を巡回していた訳だが・・・・」

そこまで言って固まってしまった。



プリームスの後ろに控えて居たイリタビリスが、

「あぁ・・・・そうだよね~、皆そうなっちゃうよね~」

と苦笑いを浮かべて呟く。



ロンヒは自己紹介を始めたのは良いが、絶世の美少女であるプリームスを直視してしまい驚愕の余り思考が停止していた。



人と言うのは見た物、聞いた物、触れた物などを脳の記憶野に蓄積し、それを元に脳内で現実を認識しているのだ。

しかしプリームスは絶世であり、この世に存在してはならない程の美しさを持っている為、該当する情報が無く直ぐに認識出来ないのだ。

結果、そのプリームスの美しさと絶世の存在力に”脳”が停止したようになると言う訳であった。



プリームスも慣れているので、ロンヒが我に返るのをノンビリと待つ。

それから2,3分して漸く正気に戻ったロンヒは、苦笑しながら告げた。

「う~む・・・・まさかこれ程に美しい人間がいるとは・・・。いや失礼した。兎に角、副王が居られる行政府まで案内しましょう」



頷くプリームスを確認したロンヒは、頑丈な鉄門の傍まで来るとソッと手で触れる。

すると頑丈で重そうな鉄門は、石臼を引く様な妙な音を響かせると、人一人通れそうな隙間を開いた。


『ほほう・・・これは遺伝子認証による魔術の防衛機構か。となると、このロンヒとやらは相当に信用される立場なのであろうな』

そうプリームスは洞察しつつ、ロンヒに連れられて門を潜る。


勿論イリタビリスも共に都市内に入るが、彼女を見てロンヒが訝し気に言った。

「そちらのお嬢さんは、どう言ったご関係で?」



「この娘は私の身内でな、今は私の世話と護衛を兼ねている。無下に扱う事は遠慮願おうか」



プリームスが特に感情を込めずに答えると、逆に威圧的な効果があったのかロンヒは少し気圧された様子で告げる。

「そ、そうですか・・・了解しました。ではプリームス殿の身内と言う事で、同程度の配慮をしましょう」


ロンヒの反応は仕方ないのかもしれない。

一見してプリームスは儚く、この世の物とは思えない存在で、妖精か天使かと思えてしまう。

そんな優し気な存在が、無感情でハッキリと様相の歳に見合わない口ぶりで意思を示したのだ・・・逆に威圧的に感じてしまうと言う物である。



そして当のイリタビリスは満足な展開だったのか、

「イリタビリスです。以後お見知りおきを・・・」

などと余所行きの口調で言った。



『なんだ・・・やろうと思えば状況に合わせて振舞えるのか・・・。この猫被りのじゃじゃ馬め』

とプリームスは、ほくそ笑むのだった。




こうしてプリームスは眼前に広がる都市の風景を眺めるに至る。


『ふ~む・・・思った以上に閑散としているな・・・』

プリームスがそう思うのも無理が無い事で、目の前には守り人一族が誇る近代建築などは一切無く、良く管理された田畑が広がっているだけだったのだ。



遥か先を見つめると、都市の中心部に巨大な神殿らしき物を確認出来、その周囲には多くの建物も存在する。

しかしそれ以外は今居る場所と同じく、まっ平で閑散としているのだ。


恐らくだが隔絶された世界で人口を維持するには、都市の様相よりも人の糧となる食料が優先されたのだろう。

それで生活に必要な建物以外は解体し、その土地を食料自給用の田畑に替えてしまったと推測された。



『外壁の外は魔神が徘徊している可能性もある・・・そうなれば安全な都市内に生活圏を全て収束するのは当然か。だが都市部を追い出された元帥府の人間やオリゴロゴス殿は大変だっただろうな』

今は曲り形にも生活が安定しているようだが、次元断絶直後の混乱時を想像すると同情を禁じ得ないプリームスであった。



プリームスが一人で思考に浸っていると、いつの間にか馬を引いたロンヒが目の前にいた。

更に護衛の騎士なのか、ロンヒと同じ漆黒鎧の5人が馬を引いて傍にやって来ており、

「さぁお嬢さん、行政府まで我らの馬に乗られると良い」

とイリタビリスに告げていた。



「わっ!?」

一方プリームスは有無を言わさずロンヒに脇を抱えられ、馬に乗せられてしまった。


『イリタビリスは淑女扱いで、私は子供扱いか!?』

と内心で不満を漏らすプリームスだが、客観的に見てこの絶世の白き美少女は、黙っていると人畜無害な子供に見えなくもない。

この様な扱いをされるのは、ある意味自然の流れと言うか、ロンヒも無意識だったに違いないのだ。


それでもプリームスを直視してしまったら話は別ではあるが・・・。



流れでイリタビリスは護衛騎士の馬に同乗させられる事になったが、

『う~! プリームスと一緒が良かったのに!!』

と、こちらはこちらで不満を漏らす始末であった。



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