第304話・権威の象徴と機能美

イリタビリスに抱きかかえられ都市部を目指していたプリームスは、驚愕していた。

深い森を越え、数キロ先にあった都市部がもう目前に迫っていたからだ。

時間にして1時間もかかっておらず、ハッキリ言って普通では無かった。



「は、早いな・・・道中全く休憩を取って無かったが、大丈夫なのか?」

心配になってイリタビリスへ問いかけるプリームス。



するとイリタビリスは首を傾げて、

「へ? 何が? それよりもプリームスは大丈夫だった? 揺らさない様に注意したつもりなんだけど・・・」

などと、プリームスからの心配を余所に的外れな事を言う始末だ。



「う、うむ・・・気を使わせて悪かったな、私は大丈夫だ。では、このまま都市部へ侵入しても問題ないかね?」

ある意味、規格外のイリタビリスに気圧されながらもプリームスは話を進めた。


都市部を牛耳るモナクーシアの手の者と戦闘になる心配があったが、それよりもアグノスとフィートの行方が気になっていた。

プリームスの勘ではあるが、2人がこの都市部に来ている様な気がしてならなかったのだ。



片や余り気乗りでは無いが、プリームスの決めた事を否定できないイリタビリス。

万全な状態であるなら良いが、今のプリームスは自分の所為で負傷していのだ。

『あたしがしっかりとプリームスを守れば良いだけの事!』

そう自身に言い聞かせ、イリタビリスは頷いて見せた。




都市部は高い外壁に囲われており、エスプランドル内郭を思わせる様相だ。

また遠目でも分かる程に高度な建築技術を窺わせ、エスプランドルの都市の方が模倣しているようにプリームスは思えた。


『リヒトゲーニウス王国が栄えたのは、貿易の要である海岸を有していただけでは無いな。恐らく守り人一族の土木技術や、その他先進技術を提供されていた所為だろう』

などと偉そうに洞察するプリームスだが、その格好はイリタビリスに抱えられて何とも締まりが無い。



それを察したのかイリタビリスが心配そうに言った。

「プリームス・・・このまま抱っこして都市に入るのは不味いんじゃぁ・・・」



イリタビリスの腕の中が居心地良過ぎて、自分の状態を失念していたプリームス。

「そうだな、流石に救援に来た者が抱っこされていては、格好もつかんし説得力が無いな・・・」

そう告げたプリームスは、ヒョイっと軽やかにイリタビリスの腕から降りてしまった。


これにはイリタビリスが名残惜しそうな顔をしたのは言うまでも無い。



テクテクと歩きながら、プリームスは左脇の傷を確かめた。

『ふむ、随分と痛みが引いたな。気による応急処置が早かったからか・・・流石イリタビリスだな。だが・・・』

歩く程度なら問題無いが、戦闘になると一抹の不安が拭い切れない。


「事の次第に因っては、本当にイリタビリスを頼るかもな・・・」

プリームスが独り言を漏らすと、その本人が反応した。

「えっ?!何か言った?」



イリタビリスの先を歩くプリームスは、少し振り向きニヤリと笑みを浮かべ告げる。

「いや、私がこんな状態なのでな・・・イリタビリスには期待しているぞ」


勇むよう軽快にプリームスの前に躍り出るイリタビリス。

そして自身が引率する保護者のような態度で、

「まかせて! プリームスに喧嘩売る奴は、あたしが全員やっつけちゃうんだから!」

と平気で物騒な事を言い出した。



流石に苦笑いを禁じ得ないプリームスは、イリタビリスをやんわりと嗜める。

「おいおい・・・それは最終手段だ。荒事は出来るだけ避けたいゆえ、暴走しないでくれよ」


するとイリタビリスは悪戯顔でお道化る様に言った。

「分かってるよ~」



この末席の身内は、こうして見ると17歳相応に見え非常に可愛らしい。

故にイリタビリスを迎えた事は、プリームスの個人的な”癒し”として重宝しそうで喜ばしいと言えた。

『他の者達は皆しっかり者で聡い。我儘な悩みかもしれんが、少し堅苦しい所もあったりするからな・・・』

プリームスはそう内心でぼやきつつも、ほくそ笑むのだった。




そうこうしていると都市部の外壁に到着し、プリームスは高さ5mは有ろうか巨大な門を目の当たりにする。

それは横幅も5m程あり両開きで重そうな金属の門であった。


更に門の両側には物見矢倉が建っており、そこから横へ10m程の高さがある外壁が続いてる。

一見して10m程度ではエスプランドルの城壁よりはるかに低く、魔神の侵攻に耐えられない様に感じた。


しかしプリームスは外壁各所に魔道具らしい魔力反応を察知し、この都市の防衛が物理的な物以外に支えられている事に気付く。

『ほほう・・・飽く迄この外壁は人に対しての建前か・・・・そうなると、この感じた魔力が魔神に対する防衛の主力と言った所かな』



エスプランドルの巨大な城壁は、他国にその国力を示す権威の象徴である。

それは戦時中に建てられた物では無く、平和な時代だからこそ建設可能な過大で華美な存在なのだ。


だがこの地下都市の外壁は、最低限の高さで華美さなど全く無く、権威を示すものなど微塵も感じなかった。

つまり守り人一族を脅かす”人の国”などは存在せず、魔神と戦う為に特化された機能美が顕著に現れていると言えた。



「エスプランドルの城壁は凄いと思うが・・・私は好かんな。どちらかと言えば此方の方が私の好みではある・・・」

プリームスは独り言を呟き、以前の世界の情景を脳裏に浮かべた。


以前居た魔界マギア・エザフォスでは戦乱が絶えず、権威を示す様な建築物は意味を成さなかった。

勝者で在り続けるならば良いが、一度でも敗北し本拠地から敗走すれば、その権威を失墜させる為に容赦なく破壊されたからだ。


また目まぐるしい戦乱の中で、歳月を掛けて巨大で華美な物を建築するのは無駄であった。

そんな物に時間と財力をかける位なら、簡素でも素早く建築出来て効果を発揮する砦を作るのが定石なのだ。


そしてプリームスも、そう言った”効率的”な物の考え方をする常識人であり、権威の象徴を嫌う1人だった。

『さて大司教モナクーシアは権威を重視するのか? それとも・・・』



「うん? どうしたの? 好みが何?」

とイリタビリスが傍にやって来て、プリームスへ笑顔で問いかけた。



プリームスは小さく首を横に振って答える。

「いや・・・少し昔の事を思い出してな。恐らくもう戻れないであろう記憶の場所だよ」


少し切なそうに答えるその様子が心配になるイリタビリス。

「プリームス・・・」

続きを口にしようとした時、頭上から声がした。



「何者だ?!」

その声は都市外壁の屋上から、プリームス達へ告げられたのは明らかであった。


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