第303話・魔術と気の治療

イリタビリスの頂肘の鋭さは相当な物で、一挙二動を完成させたと言っても過言では無かった。

但し、それは頂肘に限っての事である。

それでも直線的な攻撃に対して、この技は絶大な汎用性と効果がある為、プリームスとしては満足のいく結果と言えた。



『しかしながら、この左脇の負傷は後に響くやもな・・・』

そう思いながら微睡からプリームスは意識を覚醒させた。

二度目の気絶から今に至る筈なのだが、自分の状況がどうなのか分からず少し不安になる。



薄目を開けて自身の周囲を確認すると、イリタビリスに抱きかかえられている事に気が付く。

イリタビリスが木の根元に腰を下ろした状態で、プリームスをお姫様抱っこしていたのだ。


厳密に言うとイリタビリスの胡坐の窪みにプリームスのお尻がすっぽりと収まり、左腕でプリームスの背を支えているのだった。

そして空いた右手は、プリームスの負傷した左脇に添えられており、何かその個所から心地の良い感触が伝わっている。



『これは気による治療か・・・。流石、防御、身体強化に重きを置く表・真人流だけの事はあるな。気に因る治療も可能とは、よもやこれは仙術に近いか』

そうプリームスが内心で感心していると、イリタビリスが気付いたようであった。


「あ・・・目が覚めた? ごめんね・・・あたしったら怪我をしてるプリームスに思いっきり抱き着いっちゃって・・・」

そう言ってイリタビリスは俯いてしまった。

どうやら自分の所為で、2度もプリームスを気絶させた事に落ち込んでいるのだろう。



『何と言うか・・・テユーミアもそうだが、気が昂ると力加減が出来ずに暴走するようだな』

守り人の一族・・・特に武術に才のある者は、感情の起伏が”力”へ弊害をもたらす傾向に有るとプリームスは感じた。

だが、それは裏を返せば制御完璧ならば、強大な力をふるえる可能性があるとも言えのだ。


プリームスは出来るだけイリタビリスが委縮しないよう、言葉を選んで声を掛ける。

「気にするな。お前がこうして介抱してくれているし、私が気絶している間も守ってくれていたのだろう? ならば何の問題も無い」



はにかみながら、少し切なそうな笑顔を見せるイリタビリス。

「うん。これからどうする? プリームスの怪我も心配だし、回復するまで都市部には行かない方が良いと思うのだけど」



イリタビリスの言う事はプリームスも分かっている。

しかし別行動になってしまっているアグノスとフィートが心配であった。

テユーミアに関しては相当な実力がある為、それ程は心配していないが、それでも最終局面を見据えれば全員揃っている必要がある。


故に”身内全員”が目指していると思われる都市部へ急ぐ必要が有るとプリームスは考えていた。

「いや、私の他に身内が3人来ていてな。早く見つけて合流するべきだろう」

フィートは身内で無く従者ではあるが、それをイリタビリスへ説明するのも面倒で省略する。



「う~ん・・・まぁプリームスの決断なら仕方ないか。でも都市部までは、あたしが抱っこして行くからね!」

と念を押す様にイリタビリスから言われてしまい、苦笑いするプリームス。

「あぁ、すまんが運んで貰うとしようか」



こうしてイリタビリスは、プリームスを安易と抱えて都市部へ歩き出す。

いくらプリームスが華奢だと言っても、女子が女子を抱えて数キロも歩くとなると、相当な重労働になる筈だ。


しかしそんな様子を全く感じさせず、イリタビリスの足は軽快そのものである。

「重くないのか? 辛ければ細目に休憩を挟んでも良いのだぞ」

プリームスは心配になり聞いてみた。

それはイリタビリスが痩我慢をしているのではないか?、と心配になったからだ。



返ってきたイリタビリスの答えは驚愕の事実だった。

「う? 全然大丈夫だよ〜! いつもね、修行で100キロの重量を担いで走ってるから。と言うかプリームス、軽過ぎ! ちゃんと食べてないでしょ?」

これには流石のプリームスも驚きを隠せない。



こと体力面ではテユーミアに匹敵するか、それ以上の可能性が考えられる。

つまり頑丈で疲れ知らずなイリタビリスは、身内切っての脳筋型と言えた。



驚いているプリームスを他所に、イリタビリスは話を続けた。

「プリームスは魔法も得意なんでしょ? だったら魔法で怪我とかも治せないの?」


当然の疑問と言えなくも無いが、それは一般人水準の考えで魔法に対して無知な証拠だと思いプリームスは苦笑してしまう。

しかし分からないからと言って放置していれば、当人は無知のままである。

従って出来るだけ分かり易い様にプリームスは説明を始めた。

「いや・・・自分を治療するのは基本的に無理がある。例えば鋏(はさみ)が有って、その鋏は自分自身を切る事が出来るかね?」



「え? 無理だよ、そんなの・・・」

と当然の様に答えるイリタビリス。

またプリームスの説明で理解は出来たが、今一釈然としない様子だ。

それは治療魔法の仕組みを理論的に理解していない所為だろう。



「今のは極論的で些か抽象的でもあったな。そうだなぁ・・・魔法は基本的に自身の魔力を消費して発現させる。つまり治療魔法で自身を治療した時、魔力と傷の回復が等価交換になってしまうんだよ。それで最悪な場合、傷を塞げても魔力の消耗と傷に因る体力の消耗で死に至る事が有る」



今の説明で漸く理解出来たイリタビリスは、納得したように言った。

「あ! なるほど!! あたしが使う様な気の治療とは少し違うんだね~」



プリームスが知る一般的な気の治療なら、施術者の消耗は非常に少なく済む。

気は元ある自身の生命力を増幅し、治療に利用出来るからだ。

更に治療される側の体力を消耗させない為、非常に安全と言えた。

強いて欠点を上げるなら、欠損する程の傷は治すことが出来ず、切傷などは血を止める事がやっとと言ったくらいだろうか。


一方魔術に因る傷の治療は、傷を完全に塞いだり欠損箇所を繋げたり出来る。

だが施術者の消耗も激しく、治療される側も”傷の回復に見合う”生命力を消耗するのだ。

この為、命に関わる重傷の場合は魔術に因る治療は悪手であり、御法度とされているのであった。



プリームスは自嘲するように言った。

「詰まる所、どのような優れた技や術でも万能が限界であって、全能では無いと言う事だよ・・・。そうなれば今の私など、脆弱な器用貧乏と言わざるを得ないな」



そんなプリームスを見やって、イリタビリスは少し怒った様子になる。

「そんな事ないよ!! プリームスはすっごく強いし、賢いし、もっと自信を持たなきゃ!! それに今言ったじゃん、全能は無いんでしょ? なら万能でも十分凄いし、プリームスは其れに値すると思うよ!」



必死に擁護するイリタビリスが可愛くて、プリームスは笑みが零れてしまった。

「フフフ・・・有難うイリタビリス。では、お前を落胆させない様に今後も精進せねばな」



するとイリタビリスは困った顔をして、

「えええ!? それ以上プリームスが凄くなっちゃったら、私追い付けないよ~! 今のままで良いよ~」

などと言い出すのだった。


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