第290話・真人流宗師 対 超絶美少女(2)

修練場に大きく、そして鈍い音が響き渡る。

それはプリームスがオリゴロゴスに対して、縦拳を繰り出したからであった。


音が物語る様に凄まじい威力を秘めた一撃であったが、オリゴロゴスは倒れなかった。

プリームスは少し感心した表情で告げる。

「ほほう・・・今のをよく防いだな。流石、表・真人流の宗師と言ったところか」



目で捉える事が出来ない程の速度で放たれた、プリームスの縦拳。

それをオリゴロゴスは空いていた右掌で受け止めていたのだ。



「いやいや・・・今のは偶然上手く防げただけだ」

そう言いながら苦笑するオリゴロゴスの右手は、受けた衝撃でブルブルと震えていた。



プリームスは打ちこんだ右手を引くと、ニッコリと微笑み言う。

「まだ続けるかね?」



するとオリゴロゴスは、ほんの少し引き攣った笑顔で頷く。

「勿論だ。プリームス殿の拳は、まだワシの”身体”には届いていないぞ」

と言いつつも内心では完全に肝が冷え切っている。

『おいおい・・・そんな細腕で何処から今の様な一撃が出せるのだ?! 上手く防いだから良いものの、直撃していたならな内臓を潰していたぞ・・・』


プリームスの一撃は予備動作が全く無く、受け止めたオリゴロゴスの感覚からして岩を容易に砕く威力があった。

華奢な細腕から、ほぼ零距離で放ったのにだ。


『恐らく寸勁・・・・お互い”気”を使わない前提であった筈ゆえ、螺旋では無い? 大地の力のみでこの威力とは・・・・』

はっきり言ってオリゴロゴスは内心で驚きを隠せないでいた。

オリゴロゴスの攻撃の反動、そして大地の力、更に極限の脱力から生み出された寸勁──これらが合わさった恐るべき技術の一撃と言えた。




今度はプリームスから動きを見せる。

徐に右手の縦拳を胸の高さに掲げ、スーッとオリゴロゴスに向けて差し出したのだ。



「!!」

それを慌てて後方に飛びのき回避するオリゴロゴス。



プリームスは不思議そうに首を傾げた。

「何だ? そんなに慌てて距離を取る事もなかろう?」



こめかみから冷や汗を一筋流し、オリゴロゴスは苦笑いを浮かべ答える。

「冗談では無い。プリームス殿はどのような距離からでも、予備動作無しに寸勁が打てるだろう? それが分かっていて棒立ちする馬鹿が居ようか!」


すると、ニッと笑みを浮かべ、

「ご名答だ。だが逃げてばかりでは立ち合いにならんぞ・・・・まぁ、それはそれで追い込んで打ち込むだけだがね」

とプリームスは物騒なことを言い出す始末。



「フハハ! それは困る! ならやはり此方から行くべきか!」

豪快に笑うと、オリゴロゴスは意を決したように再び大鳳翼の構えを取った。

そして強大な威圧を放ってプリームスへと肉薄する。



呼応する様にプリームスも前へ踏み出し、徐に右手を掲げた。



何時の間にか互いの距離は至近となり、プリームスの掲げた右拳がオリゴロゴスの鳩尾に吸い込まれる。

それと同時に寸勁を迎撃しようと、オリゴロゴスの左腕が振り下ろされた。



次の瞬間、パーンと乾いた音がしたかと思うと迎撃した左腕は跳ね上がり、一瞬遅れて地響きの様な音が修練場に響き渡った。

「ぐおっ! やはり無理か!!」

とオリゴロゴスの悲鳴にも似た声が後に続く。



オリゴロゴスの身体は、プリームスの寸勁を受け後方に数m程後退していた。

しかし何とか先程と同じく右手で寸勁を受け止めた為、身体に被害が出る事は無かった。



脳裏で今起こった一瞬の攻防を、オリゴロゴスは想い返す。

プリームスの放った寸勁を迎撃しようと、左腕を振り下ろした・・・・だが結果は寸勁の威力が高すぎて、プリームスの腕に触れた瞬間にオリゴロゴスの左腕が跳ね上がってしまったのだ。


保険として右腕で防御姿勢を取ったのが功を奏し、プリームスの寸勁を受け止める事が出来はしたが・・・・もう3回目を受け切るだけの力は右腕には残っていなかった。


『迎撃した左腕が逆に迎撃されたように跳ね上がったのは、プリームス殿の寸勁が音速を超えていたから・・・・。発生した衝撃波がワシの腕を跳ね飛ばしたのか?!』

俄に信じ難い、プリームスの攻防一体の一撃にオリゴロゴスは舌を巻く。


「ワシでは手に負えん・・・プリームス殿の武力は神域に達しているのだろう。恐れ入った!」

オリゴロゴスは自身の力が及ばぬことを完全に確信し、プリームスへ頭を下げた。



苦笑いを浮かべるプリームスは、

「いやいや、オリゴロゴス殿も大したものであったぞ。真人流奥義・大鳳翼しかと見せて貰った。正直なところ、酔いが回ってもう・・・」

そう言ってその場に座り込んでしまう。



慌ててプリームスの傍に駆け寄るオリゴロゴス。

そして倒れ込まない様にプリームスの背を手で支え思う。

『なんと華奢で軽い身体だろうか・・・・。それでいてあれ程に強大な一撃を放つのだから、本当に信じられんわい』



更にプリームスは魔術まで極めているのである。

それらを考慮すると、口には表せられない恐ろしい悪寒が背筋に走った。


『人を超えた領域・・・正に超絶者。これ程の人物に出会ったのはインシオン殿以来では無かろうか?』

底知れぬ強さと愛らしい様相、そして人間らしさ・・・これらを兼ね揃えたプリームスは、複雑に不均衡さを有し魅力的に感じた。


完璧であり不完全──それが今のプリームスに相応しい言葉。

故にオリゴロゴスは魅力を感じたのだ。


人は完璧で完全な物に憧れる・・・だが本当に完璧な存在なら何者も必要とせず、それ単体で完成されてしまう。

それはつまり孤高であり、人を寄せ付けない。

そのような存在に、実際には魅力は感じない──ただ憧れるだけである。



しかしプリームスは強大な強さを内包していながら、とても脆く儚く見えるのだ。

『畏敬を覚えながら、護ってやりたいと言う慈しみも抱いてしまう・・・・イリタビリスが惚れ込むのも分かる気がするな』

そうオリゴロゴスはプリームスを支えながら、ほくそ笑むのであった。


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