第287話・イリタビリスの実力(2)

プリームスは自身の持つ特異な能力を、オリゴロゴスへ語る事にした。


「私は空間に記録された過去の事象を見ることが稀にあるのだ・・・まぁ夢の中でだがね」

とプリームスは自嘲するように言った。

それは故意に出来るものでは無いからだ。



するとオリゴロゴスは驚きはしたが、何か察したような顔をする。

「ほほう・・・・ひょっとしてその夢で見たのが、紅蓮の魔神だと?」



プリームスは頷き説明を続けた。

「うむ。正しくはイリタビリスと思われる人間の視点から見た記憶・・・と言うべきかな。確証はないが恐らく合っている筈だ」



「そうか・・・。つまりイリタビリスの視界に紅蓮の魔神が居たなら、それは・・・・」

そこまで言ってオリゴロゴスは言い淀み、口をつぐんでしまった。


プリームスが見た過去夢で、イリタビリスの母は紅蓮の魔神に因って慰み者にされてしまったのだ。

しかも娘であるイリタビリスの前で・・・。

オリゴロゴスはこの出来事を知っていて、それを口に出来なかったのだろう。



「余り気乗りはしないが、事情を確かめたい。イリタビリスの母は魔神に殺されたのだな?」

相変わらず率直に、そして気遣い無しに問うプリームス。

オリゴロゴスは関係者として傷付いているのだろうが、当事者であるイリタビリスの心の傷はその比ではないのだ。


ならば状況を把握する為にも、何も躊躇う事は無い。

『流石にイリタビリスへ直接聞く様な無神経さは持ち合わせていないがな・・・』

そう内心で呟き、プリームスはオリゴロゴスの返答を待つ。



何を思ったのか急に背を向け、オリゴロゴスは酒の収納棚へ手を伸ばすと、大きめの酒杯を取り出した。

それからその酒杯にダバダバと酒を注ぐと、何と一気に飲み干したのだった。


その様子を無言で見つめるプリームスは、

『酒の力を借りねば話せんとは・・・・まだまだ若いな』

と、ほくそ笑む。



傍から見ればプリームスとオリゴロゴスは、孫と祖父程の歳の差が有る様に見える。

なのにこのプリームスの評価のしようは頓珍漢・・・または滑稽と言えるだろう。

まだ口に出して言わないだけマシではあるが・・・。



こうして話し出すのを暫く待っていると、先程の一杯で一気に酔いがまわったのか、オリゴロゴスの顔が真っ赤に変化する。

そして徐に口を開いた。

「あれはモナクーシアの襲撃部隊が、ここでは無い他の集落を襲った時の事だ。イリタビリスと母親のフロンティーダが追手を振り切り森に逃げ込んだのだが・・・・」



言い淀むオリゴロゴスの代わりに、プリームスが続いた。

「運悪く紅蓮の魔神に遭遇したと・・・・」



「うむ・・・・。ワシが駆けつけた時には、それはもう無残な状態でな。去り際の紅蓮の魔神へ、ワシは怒りに任せ襲い掛かろうとした・・・・だが奴は言ったよ・・・」

「”良いのか? 人間で言う慈悲でその小娘を助けてやったのだぞ” ”それに俺へ復讐する権利は、その小娘にあろう?”・・・・とな・・・。まさかその様な言葉を発すると思わなくてな・・・・唖然としてワシは動けなくなってしまった」

そうオリゴロゴスは言った後、苦渋と怒りの表情を浮かべる。



その話の内容にプリームスは不自然を感じた。

『制約を受けた魔神が、そのように流暢な言葉を口にはしない。やはり”絶対の意思アブソリュートセリス”から解放された存在なのは間違いない。だが魔神が”慈悲”や”復讐”などと、人間らしい意図を持った言葉を使うだろうか?』


そしてプリームスは確認する為に、オリゴロゴスへ問う。

「その紅蓮の魔神は、単身だったのか? それとオリゴロゴス殿から見て強さはどの程度と感じた?」



オリゴロゴスはまた酒杯に酒を注いだ後に、頷いた。

「うむ・・・単身だ。他に魔神を率いて居る様子は無かった。強さは・・・・そうだな、最上位級・・・・。恐らくだが支配階級の強さは有ったと思われる。ワシでも戦えば、良くて相打ちと言った所だっただろうな」



「成程・・・・」と、何か合点がいった様にプリームスは呟く。

今聞き及んだ話から、ある1つの結論へ至ったのだ。

『私の推測が正しければ・・・・魔神戦争は終結している。しかし魔神の王が予測していなかった突発的な不測事態で、今のこの状況が有る様に思える。となれば、紅蓮の魔神が何を望んでいるのか・・・・』


この歪んでしまった状況を修正するには、紅蓮の魔神とそれに関係してしまったイリタビリスが鍵になる──そう考えたプリームスは更に問うた。

「オリゴロゴス殿、イリタビリスは紅蓮の魔神に復讐したがっているのか?」



丁度オリゴロゴスは酒を呷っている最中で、そんな問いが来るとは思わなかったのか吹き出してしまった。


「汚いのぅ・・・」と嫌な顔をするプリームス。


「急に突拍子も無い事を訊くからだろう! あぁ~酒が勿体ない・・・」

などと吹き出した酒で濡れた床を、手拭いで拭きだすオリゴロゴス。

そうしながら溜息をつくと、徐に答えた。

「目の前で母親が慰み者にされて命を奪われたのだ。復讐しないと言う方が変だろう。だがまだイリタビリスの実力が不足しているゆえな、見かけても手出しせぬ様に言い付けておるじゃよ」



それを聞いてプリームスは少し思案する。

『出来ればイリタビリスの復讐を成就させてやりたい。となると、やはり実力を私自身で確認する必要がある・・・・そこからどれだけ底上げできるかだな』

「イリタビリスの潜在能力は十分に高い。私の見立てでは支配階級にも遅れを取る事は無いだろう・・・・しかし・・・」


そこまでプリームスが告げると、オリゴロゴスが被せ気味で続いた。

「今のままでは一生無理・・・な訳だな?」



頷くプリームスではあるが、その表情は笑みを含む。

「あぁ・・・だが心配いらん。私が指導すれば恐らく一皮も二皮も剥けるだろう」



酔いで真っ赤な顔を驚愕させてオリゴロゴスは唖然とした。

「!? 只者では無いと思ってはいたが、まさかインシオン殿にも引けを取らない武の超絶者だと?」



盃の酒を一気に呷りプリームスは頷く。

正直、自身の事を話すのは余り好きではない・・・己の武勇伝を話す様で恥ずかしい為だ。

なので酒の勢いで説明してしまおうと、プリームスはオリゴロゴスから大きめの酒杯を奪う。

それからダバダバと酒を酒杯に注ぎ、ゴクゴクと一気にプリームスは呷ったのであった。



急なプリームスの挙動に驚きを隠せないオリゴロゴス。

「お、おい・・・・そんな一気の飲んで大丈夫なのか・・・?」



一瞬で目が据わってしまうプリームスは、呟くように言った。

「うぅ~、オリゴロゴス殿の事を、”酒の力を借りなければ話せんとは若い”と評価してしまったが・・・・私も人の事を言えんな」



「えぇ・・・ワシを若いと言えるとは・・・・。プリームス殿は一体何歳なんじゃ?」

苦笑しながらオリゴロゴスが訊く。



するとプリームスは、ゆ~らゆ~らと身体を横に振りながら答えた。

「あ~、え~と・・・この身体は15歳程度だが、中身は350歳になるぞ」


これには驚かない筈が無かったオリゴロゴスであった。

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