第286話・イリタビリスの実力(1)

オリゴロゴスとモナクーシアの間に、突如発生した眩い光源は、一瞬にして2人の視界を奪ってしまった。

明らかに魔法的な物で、両者の与り知らない事でもあった。



既にモナクーシアとの激闘で傷を負い身動きが取れなかったオリゴロゴス。

そんな彼の耳元に囁く声がした。

「閣下、脱出します。ジッとしていて下さい!」

それは聞き慣れた声であり、オリゴロゴスを安心させた。



次の瞬間、身体が宙に浮き凄まじい速度で身体が動くのを感じ、それが移動魔法である事に気付く。

そして奪われたオリゴロゴスの視界が回復し始めた時、

「兄上! 我々は淘汰され生き残った選ばれし人間なのだ。我らが此処で絶えてしまったら、この世界はどうなる!? それをよく考えるがいい!!」

そう遠のくモナクーシアの声がした。









オリゴロゴスは閉じていた目を開くと、プリームスを見つめ自嘲するように笑みを浮かべた。

「ワシはモナクーシアの言っている事を真っ向から否定する事が出来なかった・・・・。いい歳で恥ずかしいが、現実を見るのが怖かったのかもしれんな・・・」



「そうか・・・・」

プリームスは否定も肯定もせず、ただ相槌だけをうった。

今はオリゴロゴスの気持ちを思いやるよりも、情報の整理と分析が優先したからだ。


『淘汰され生き残った人間・・・・この言い様は、魔神の存在意義を知っているかのようだな。だがそれを知るには・・・・』

以前の世界で魔神との大規模な戦争を経験し、それを打ち破ったプリームスにしか”それ”は分からない事なのだ。

それをモナクーシアは知っている可能性があった。



プリームスは更に思考を巡らせ、状況を整理する。

『事実上は次元断絶が発動し、魔神の侵攻を阻止したようには見える。だがこの地下世界では剣聖インシオンが魔神と戦い続けているのだ・・・これは・・・』

つまり魔神戦争は完全には終結していないと言えた。



『何かが狂ったと・・・考えるべきだな。それにモナクーシアが抱く本当の目的は別にある筈・・・』

考え過ぎかもしれないが、”地上へ侵攻する”など余りにも在り来り過ぎてプリームスとしては違和感を感じてしまうのであった。



一度思考の沼に沈むと、プリームスは中々抜け出せない。

その様子は下手をすれば目を開けて寝ている様に見え、傍に居る者を心配させてしまう。

と、なるとオリゴロゴスもその例に漏れず、声を掛けずには居られない。

「お、おい・・・プリームス殿?!」



我に返ったプリームスは、苦笑いを浮かべる。

『いかんな・・・安全な場所だと、ついつい気が緩んで考えに没頭する癖が・・・』

「すまない、大丈夫だ。取りあえずだが、モナクーシアの為人は分かった気がする。だがなぁ・・・まだまだ情報不足ゆえ、色々出向いて調べる必要がありそうだ」


この地下世界の勢力構図だけでは無く、次元断絶の仕組み、そしてそれを越える為の方法も確認しておかねばならないのだ。

この地下世界の人間を全て助け出す下準備が出来ても、いざ脱出と言う時に次元断絶を越えられ無ければ目も当てられない。



「ふむ・・・そうか・・・。だが今日はここに泊まっていくといい。気付いているかしらんが、もう夜中の10時を回っているでな」

そう言ってオリゴロゴスは少し残念そうな顔をした。

恐らく自分が思った以上に、プリームスの役に立てなかった事で気落ちしたのかもしれない。


「え?! もうそんな時間なのか・・・」

と驚くプリームス。

人工太陽があるとは言え地下空間であり、しかもこの集落がある場所は岩盤を掘削して作り上げたのである。

自然光が差し込む訳も無く、プリームスの体内時計が狂うのも仕方ないだろう。



しかしそうなると、プリームスは先程出かけて行ったイリタビリスが心配になるが、それと同時に環境的な疑問が湧き起こった。

「あれ? そう言えば、この世界の夜はどうなっているのだ? 人工太陽が光りっぱなしでは魔力が持たんと思うのだが」



「あ~、プリームス殿は来たばかりで知らなかったか。ちゃんと実際の太陽と同じに午後六時に向けて少しづつ光が弱まっていく。逆に朝は午前6時から光を発し始めて1時頃が最大に光量になる」

先程まで色々と気落ちしていた筈のオリゴロゴスだが、既に何も無かったかのように笑顔で答えた。

流石、年の功と言った所か・・・いちいち過ぎた事を気にしていては、身が持たないのを良く知っているようである。



「成程・・・この地下大空洞で生活する為に、本物を模した太陽まで作り上げるとは恐れ入ったな。では、夜中が完全に真っ暗になっては困らんか? と言うか・・・イリタビリスを一人で行かせて大丈夫なのか?」



心配そうなプリームスの問いかけに、オリゴロゴスは自信満々な笑みを浮かべて言った。

「夜中は人工太陽の代わりに、傍にある人工の月が姿を見せる。日中は太陽光の所為で月の姿は見えんがね。それとイリタビリスはワシの自慢の弟子だ。下級、中級程度の魔神には遅れを取る事は無いぞ」



これには本当に驚くプリームス。

下級魔神でも1体討伐するのに、手練れの傭兵や兵士が5人から8人程度は必要なのだ。

その上、中級となると、もし下級魔神を従えていたなら中隊規模の兵力が必要になってしまう。

つまり最低限で言っても、イリタビリスの個人戦闘能力は1中隊規模相当なのである。



『それ程までに真人流とは強力な武術なのか?』

そんな疑問が湧き上がり、プリームスは更に突き詰めたくなってしまうのだ。

人工の月などそっち退けで、イリタビリスの事をオリオロゴスへ問い質す。

「では、上級魔神はどうだ? 指揮官級だからな”絶対の意思アブソリュートセリス”・・・いや守り人一族は”統一意思”と呼んでいたか。それの制約を殆ど受けておらず、相当に臨機応変で狡賢い動きをするが・・・」



そうするとオリゴロゴスは顎に片手を置き、少し考えた後に答えた。

「う~む・・・。そうだな・・・恐らく1対1なら勝てるだろう。まぁイリタビリスが万全な状態で在ったならではあるがな」



増々イリアビリスの強さに感心してしまったプリームス。

『これは私自身でイリタビリスの実力を確認しておく必要があるな。あの娘も私に守られる事が前提では嫌だろうし・・・・任せられる所は任せてやりたい。ならばイリタビリスの過去に触れてしまうが、”あれ”も師であるオリゴロゴス殿に訊いておいた方がよかろうな・・・』



プリームスは居住まいを正すと、率直に尋ねた。

「少し突っ込んだ問いになるが・・・・紅蓮の魔神を相手にすればどうなる?」



オリゴロゴスが驚いた様子で硬直する。

そんな事を訊かれるとは思っても居なかったのだろう。

そして暫くすると視線が泳ぎ、少し困惑した語調でオリゴロゴスは問い返した。

「ワシがさっき、イリタビリスに言った言葉を覚えていたのか? それとも・・・」



「うむ。紅蓮の魔神の事は”見知って”いる」

プリームスはそう端的に答え、過去夢の事をオリゴロゴスへ打ち明けようとするのだった。


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