第272話・過去夢と紅蓮の魔神
それは燃え盛る溶岩の様に赤い、人の姿を持った”何か”だった。
だが人にしては異様に大きく、まるで巨人族を思わせる体躯をしている。
その上、発達した筋肉が美しい意匠をした鎧に感じ、その雰囲気と相まって高貴な武人に見えた。
しかしその振舞いは、とても武人然とはしていない・・・。
何故なら、その強大で恐ろしい右手には首が握られていたからだ。
首を握られている相手は長い黒髪の美しい女性で、締め上げられている訳では無いが身動き一つとらない。
抵抗すれば簡単に
「ククク・・・・抵抗しないのか?」
人の姿を持った”何か”は女へ問いかけた。
その人を模した顔は兜の様な装甲に覆われているが、身体を覆う筋肉と同じ燃え盛る赤色している為、それは”外皮”だと判断出来る。
そう、この赤き存在は人類の宿敵”魔神”であった。
女は覚悟を決めた強い瞳で答える。
「下級、中級ならいざ知らず・・・・お前の様な”未知の存在”に抗う術はないわ・・・・」
赤き魔神は高らかに笑い声をあげた。
「ハーハッハッハァー!! 面白い! お前は他の人間とは少し違うな!!」
そしてニヤリと口元を歪めると女へ向かって言った。
「その通りだ。お前が”未知”と言ったのは間違いではない。何故なら俺は
女の目が驚きに見開かれる。
自身の推測が的中し、それが余りにも恐ろしい事実の為だ。
「制御を失った魔神と10年に1度は出くわす事もある・・・・でもそれらは偶発的に穴から顕現する下級魔神のほんの一部だった。それなのに・・・お前は・・・・支配階級と同じか、それ以上・・・・」
楽しそうに赤き魔神は女へ顔を近付けると
「クク・・・・以前の俺が何だったのか、もう覚えていない。それに以前など、どうでも良いのだ! 今俺は自我を認識し、自由を謳歌する!!」
そう舌なめずりをして言ったのだ。
まるで欲深な人間を相手している錯覚に女は捕らわれた。
それを察したのか、赤き魔神は言った。
「知らなかったのか? 魔神は情報体として人を喰らう。そして取り込み、知識と知恵を得る・・・・正に糧となるのだ」
”何人・・・私達の同朋を喰ったのか!?”
そんな疑問が口を衝きそうになったが、女は恐ろしくなって堪えてしまう。
それを言ってしまえば、自分も食われてしまう・・・・こんな絶望的な状況で、そう考え至った。
それでも自分は、きっとこの魔神に命を奪われる。
なら何故?
それは時間を稼ぎ、何とか助けたい存在がいたからだ。
赤き魔神と女を見つめる視界が歪んだ。
朦朧とする意識の為か・・・・いやそれは、苦しさと悔しさと絶望の影響で零れた涙の所為だった。
「お母さん・・・・」
「あ~ん? 頑丈な奴だな・・・死んでいなかったのか?」
赤き魔神は地面へ倒れ伏せる少女へ視線を向け、気怠そうに呟く。
女は涙を流し懇願した。
「お願い・・・・この子だけは・・・・私はどうなっても良いから、この子の命だけは奪わないで・・・・」
それを聞いた赤き魔神は、ニンマリと邪悪な笑みを浮かべた。
女が知る機械的にしか動かない魔神とは異なり、本当に人間の様な表情を浮かべたのだ。
「恐怖も希望も喜びも、そして絶望と悲しみ・・・・。人間の感情とは実に面白い」
そして何か思いついたように、また邪悪な笑みを浮かべる。
「恐らく魔神には無い自我の一端、きっと俺が理解するには膨大な時間が必要になるだろう。ならば1つ1つ確認して知るしかあるまい? 先ずは、お前達”親子”から見せてくれ!!」
女は背筋が凍る思いがした。
その刹那、自身の右腕が消失している事に気付く。
不思議と痛みは感じず、只燃え盛るような熱さが右腕に広がるのを感じる。
「イリタビリス・・・・見ては駄目・・・・お願い・・・・」
女は消え入りそうな声で、倒れ伏せた少女へ言った。
赤き魔神は少女へ視線を向け言い放つ。
「お前はイリタビリスと言うのか。ククク・・・・この女の願い通り、お前は生かしてやろう。そして見せてくれ、お前の絶望を!」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「あれ?」
プリームスは、いつの間にか眠っていたようで、自身が仰向けになっている事に気付く。
『今のは・・・・・過去夢・・・・・。だが明らかに今までの物とは・・・・』
過去夢とは、その場で起こった過去の事象を、夢で見る魔術的な現象の事である。
これは空間に存在する魔力量子に事象が記録され、その魔力量子と相性が良い人間が、睡眠時に夢として記録された事象を垣間見てしまうのだ。
またその夢として見る視点は、俯瞰であったり間近であったり調整可能なのだ。
恐らくそれは、その記録された空間全てへ過去夢に因って干渉するからだとプリームスは考えていた。
しかし先ほど見た過去夢は、1人の人間の視点であったのだった。
『過去夢は空間の記録に干渉する・・・・。だが今のは明らかに人の記憶への干渉・・・・。こんな事は初めてだな』
更に何故か身体が重い・・・。
自身の状況を確認する為、何とか起きようとするが、淡い橙色の光が瞳の中に差し込み、再び眠気に誘われそうになる。
「うぅ・・・」
と愚図ってしまいプリームスは声を漏らした。
すると真横から人の気配がし、聴き覚えのある声で話しかけられる。
「お? 目が覚めた?」
直ぐ横に座って居たのはイリタビリスだった。
プリームスはと言うとベッドでは無く、床に直接布団を敷いた上に寝かされていた。
上掛けは毛布やシーツとは違い少し分厚いが、柔らかく軽くて非常に触り心地が良い。
「私は一体どうしたのだ? いつ眠ったのか全く覚えて無いぞ・・・」
そう告げてプリームスは起き上がろうとした。
「むむ? 何故、私は服を着てないのだ?」
下着はちゃんと着けたままなので、少しホッとする。
流石のプリームスでも、勝手知らぬ他人の家で真っ裸は恥ずかしいし、不安になってしまうものである。
するとイリタビリスは、誤魔化す様に苦笑いをして答えた。
「え~と・・・服着たままじゃ気持ちよく寝れないと思って、脱がしっちゃった」
プリームスは少し追及するように、わざとらしく怒った顔で問い質す。
「で、本心は?」
「だ、だってぇ~、プリームスって凄い色っぽい身体してるじゃない! つい興味本位で見たり触ったりしたくなっちゃてぇ~」
と簡単に白状してしまうイリタビリス。
『何とも無邪気で自由奔放と言うか・・・・』
プリームスはそう内心でぼやきながら、過去夢で体感した視点の主を思い出す。
それは明らかに目の前に居る少女──イリタビリスだった。
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