第246話・姉妹と出生の秘密
シュネイの想い人が伝説の剣聖インシオンであり、南方で広く名を馳せた英雄ヒュペリオーンでもあった。
両者は同一人物で前者は本人の名前、後者はインシオンが結成した傭兵団の名称と言う事実が判明する。
それは100年もの歳月が事実を湾曲し、元々一人であった者が2つの人格を得た偶然の奇跡と言えた。
しかしその矛盾が解決しても、新たな矛盾が浮き彫りになった。
インシオンが次元断絶の向こうに取り残されたのは100年前、そしてシュネイの娘であるエスティーギアとテユーミアの年齢は80歳と70歳なのだ。
つまりインシオンを父親としたなら時期が合わないのである。
これに気付いてその疑問を口にしたアグノスは、特に悪びれた様子も無く首を傾げる。
だが不貞を暴きかねない事に気付き、
同じくプリームスも気まずくなって居た堪れない状態だ。
シュネイは”想い人が居ながら”、他の男と子を設けた事になるのだから。
すると慌てたようにテユーミアが説明を始めたのだ。
「プ、プリームス様! 勘違いしないで下さいまし! これには事情があるのです。母は決して
テユーミアの余りの慌て様に、当事者のシュネイが苦笑する。
「貴女がそんなに取り乱してどうするの・・・」
自身の名誉が傷付きかかったのに、まるで他人事のように冷静で釈明をしない母親に怒りを覚えるテユーミア。
「お母様は黙っていて下さい。私が説明致します!」
そうして苦笑いを浮かべる母(シュネイ)を他所に、テユーミアはプリームスへ釈明を始めた。
「私と姉のエスティーギアは、体外受精でこの世に生を受けたのです。理由は代々、守り人一族の王は魔力が強い生娘が務める事になっていたからで・・・」
それから少し言い淀み、一瞬シュネイを見てから再び話し出す。
「つまり、子作りする行為自体が禁じられているのです。ですから母から採取した卵子と、その夫となる
そこまでテユーミアが話した所でプリームスが制した。
「あ〜皆まで言うな、生娘が魔力が強いと言うのは初めて聞くが・・・・それは横に置いてだな、大体の察しは付いた。要するに魔神との戦時中で、お前達姉妹2人の受精卵を保存せざるを得なかったのだろう?」
テユーミアは頷くと、補足するように説明を続ける。
「はい。次元断絶から此方側に逃れた者達は少数で、状況を立て直すのに十年程度の年月を必要としました。その為、安全に王族を育てる環境が整うまで、私達の受精卵は魔法により凍結保存されていたのです」
「なるほど・・・では姉のエスティーギアと
このプリームスの問いには、母親のシュネイが答えた。
「それは私の代わりに代理出産をしてくれる産みの親が、1人しか居なかったからです。安全確実に産む事、そして私の能力遺伝を阻害せずに育めるか・・・これを満たす者は、こちら側には2人と居なかったのが理由ですね」
受精卵や、代理出産──聞き慣れない言葉にアグノスは戸惑うが、インシオンが自身の祖父である事に少しホッとする。
それと同時に機械的に生み出されたような母と叔母のテユーミアは、愛されて生まれて来たのか?・・・そんな疑問が脳裏を過った。
必要とされて生まれたのは間違いない・・・王族としての血を残す役目、また地上との絆を結ぶための使命・・・・。
だがそこに愛はあったのだろうか。
『役目だけで生み出されるのは、寂し過ぎるわ・・・・』
アグノスは自身の憶測で、それを口に出す事は絶対に出来なかった。
それにもし杞憂で無ければ、ここに居ない
「アグノス、お前の考えは杞憂だぞ」
静かなプリームスの声が、不安を払拭するようにアグノスの脳裏に響き渡った。
ベッドに横になっているプリームスを驚いた様子で見つめるアグノス。
すると全てを見透かしたように続ける。
「エスティーギアもテユーミアも随分と感情豊かで、気立ても良いし聡明だ。これは大切に愛情をもって育てられた証拠だろう」
プリームスの言葉で、テユーミアは顔を真っ赤にしてしまった。
まさかこの状況でプリームスから褒められるとは思っても居なかった為だ。
シュネイも察していたのか、アグノスへ笑顔を向けて告げる。
「私はインシオンとの間に何としても子を設けたかったのです。それはあの人を愛していたから・・・・だからその娘を愛さない訳がありません」
テユーミアも少し照れを残しながら、アグノスを諭す様に言った。
「私の出生に関しては、物心がついて直ぐに母から教えられたわ。どうして生まれたのか、どれ程に愛されていたのか・・・・だらか私は今までずっと幸せよ」
そしてシュネイと同じく笑顔を浮かべた。
「きっとそれはアグノスの母親であるエスティーギアも同じ筈」
3人から心配ないとお墨付きを得たアグノスは、嬉しくなり瞳が潤む。
『私はとても幸せなのね・・・』
世の中、残酷な事実が尽きないが、それでもアグノスの周囲には強く優しい人間で溢れているのだ。
そう思うと余りにも恵まれている自分を実感してしまう。
『だけど
幸せを噛み締めた刹那、新たな疑問がアグノスの思考を支配した。
この幸せにインシオンが欠けていると、潜在的に感じ取ったからだ。
どうやらプリームスも同じ疑問を持っていたようで、
「インシオンが民と共に次元断絶の向こうに残る必要があったのか? まぁお主が愛してやまない剣聖を救うために、私をここへ誘ったのだろうが・・・・発端と経緯は聞いておきたい所だのぅ」
特にシュネイを気遣う様子も無く尋ねる。
そうすると先程まで、にこやかな笑顔を浮かべていたシュネイの表情が一変する。
笑顔は消え、ほんの少し眉間にシワを寄せ俯いたのだ。
「全ては私の判断が招いた結果なのです・・・・」
そう気落ちした様子でシュネイは発端を話し始めた。
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