第231話・過去夢

プリームスの身体を洗い終えベッドまで運んだ後、テユーミアはアグノスを起こしに行った。

完全に寝ぼけているアグノスへ、

「身だしなみは淑女の嗜みですよ。さぁアグノス、洗ってあげますから一緒にお風呂に入りましょう」

と優しく告げる。



その様子を眺めていると何だか親子の様に見えてしまう。

『まぁ姪と叔母ゆえな、似たような物か・・・』

そう思いつつもプリームスの瞼は限界を迎え、いつの間にか意識は夢の中へと沈むのであった。









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「すまない、こんな所に呼び出してしまって・・・」

その男は相手を気遣うように、目の前にいる女に告げた。

彼は180cm程の身長で割と細身、そして見慣れない服装をしており、少し白髪が混じり始めた黒髪が、程よい抜け感を演出した精悍な人物である。


腰にはロングソード程度の得物をげているが、服装も含めて明らかにこの地の装備品では無かった。

刀身の方は美しい意匠の鞘に納められている為、片刃なのか両刃なのか良く分からない。

しかし非常に稀有な雰囲気を醸し出しており、そこいらの伝説級の武器とは格の違いを感じさる。



話し掛けられた方の女は若くて非常に美しく、白い肌と深い藍色の長い髪が印象的で、一見して魔術師然とした様相だ。

彼女は微笑みながら男にへ言う。

「気にしないで、私と貴方の仲でしょう。それにここに呼び出したと言う事は何か大事な話があるからでは?」



少し躊躇いがちに彼は、深い藍色の髪の女に問いかける。

「・・・成功すれば全てに幕が下りる。そうなればここで魔神と戦い続ける使命からも解放されるだろう。ならその後、一族はどうするのだ?」



「そうね・・・・私は各々の意志に任せているから。でも一族の大半はリヒトゲーニウスに帰化するでしょう」

と少し考えた後に彼女は答えた。



「君は・・・どうするのだ?」



男の再度の問いかけに逡巡する様子を見せた。

そして少し自嘲するように答える。

「・・・・・・上手く行けば、一族を導く使命から解放されるわ・・・・。でも厳密に言えば、王としての私の存在が不要になるだけなのだけど」



「君の行く当ては・・・先を何か見据えているのかい?」



更に問いかける男の言葉に、女は首を小さく横に振った。

「900年も続いた守り人一族の歴史も、戦いも、それに王も私の代で終わりを告げるわ。何だか感慨深いものがあるけど、達成感から来る空虚と言うのか何も思いつかなくて・・・。まだ完遂されてもいないのにね・・・」

そう言って小さく笑う彼女へ男は言った。



「なら、私と一緒に暮らさないか?」



男の余りに端的で突然な言い様に、女は呆気に取られてしまった。

そうして少しの間、2人の空間に沈黙が流れると漸く女は言葉を口にする。

「それは、貴方の妻になれと言う事?」


その問いかけに男は静かに頷いた。



次の刹那、女は男を抱き寄せると感極まったように告げる。

「元より私の身も心も貴方の物よ。でも口にして表さないといけないらな言うわ」



「私を貴方の妻にして下さい・・・・」







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プリームスは微睡まどろみに変わった意識からめを覚ました。

『今のは夢・・・・?』


まだハッキリとしない意識の中、ベッドに横たわったまま自身の脳裏に映し出された出来事を思い返す。

それは夢のようであり、しかし明確な光景でもあった。



全く見も知らない2人の男女が静かに語り合う様子は、まるで他人の睦事を覗き見る様で少し恥ずかしく感じる。

そしてその様子を見た場所が、プリームス達が居るこの場所と酷似しているのだ。

いや、酷似では無い・・・明らかにこの場所なのだ。



「これはひょっとすると”過去夢”かもしれんな・・・」

プリームスが小さく呟いてしまうのを、同じベッドで寝ていたアグノスが聞いていたようだ。


「おはようございます・・・・過去夢ですか?」



お互い前開きの寝間着を着ていたのだが、寝相の為か2人とも完全にはだけてしまい半裸状態である。

その上アグノスは故意なのか無意識なのか、プリームスを愛おしそうに抱きしめたままの姿勢だ。


アグノスの若くキメ細やかな肌が、吸い付くようにプリームスの肌に触れ、何とも心地良い。

裸で抱きしめ合う事がこんなに気持ちよく、そして安らぐ事を再確認してしまうプリームス。

『男相手ではこんな心地よさは絶対に無いしな・・・』



そう思いつつ苦笑いをしながら、プリームスはアグノスへ言った。

「過去夢とは昔あった事実を、同じ場所で夢として見る事が出来る現象だよ」



アグノスは少し首を傾げる仕草をする。

「それは、私の”悠遠の夢見”に少し似ていますね?」


悠遠の夢見は、プリームスが以前の世界で解明した魔法である。

一応魔法ではあるが、術者が睡眠時に無意識で発動させる為、誰も魔法と気付いていない代物であった。

要するに神託や予知夢と勘違いされているのだ。


これは術者と非常に相性の良い相手と魔力的に感応し合い、距離を物ともせず夢の中で透視してしまう。

故に対象は選べない上に、無意識発動なのだ。



「まぁ夢の中と言う事なら似てはいるな。魔力的な相性という点でもそうかもしれん・・・」



プリームスがそう告げてもアグノスは寝ぼけているのか、

「うぅ・・・難しいです・・・」

と言って豊満な胸に顔を埋めてしまった。


自身の胸に顔を埋められ、少しくすぐったいが堪えつつプリームスは続けた。

「飽くまで私の私見ではあるが、魔力濃度の高い空間では事象が”記録”される事が稀にある。それは空中に存在する魔力の為なのか、または無機質な物質に宿る魔力なのかは分からないがね」



プリームスが本当に何を言っているのか理解出来ない様で、

「え~と、プリームス様はその”過去夢”とやらで過ぎ去った事象を見たと?」

アグノスは理論をすっ飛ばして結果だけを尋ねた。



「まぁそう言う事だ。恐らく偶然的に私とこの空間の魔力の相性が良かったのだろう。しかし偶然とは言え面白いものが見れた・・・・ひょっとすれば王の本当の狙いが分かったかもしれん」

そう告げ、先を見通そうとするプリームス。


だが話し相手のアグノスは朝が弱いのか、微睡みと現実を行ったり来たりで、惰眠とプリームスの身体を貪るのが精いっぱいであった。



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