第228話・地殻変動と次元の切れ目
2000mは有ろうかと思われる回廊を徒歩で進み、漸く突き当たりの門まで到達するプリームス達。
その門は幅が10m、高さが15m程もある巨大な物だ。
人力で動かすには不可能な規模であったが、テユーミアが表面に触れただけで、横に滑る形で簡単に開いてしまった。
この門は遺伝子登録されたテユーミアのように、限られた面子にしか開ける事が出来ない仕組みになっていた。
つまり上層にあった防衛機構を利用しているのだ。
故に門に触れただけで、門の表面に埋め込まれた認証器が反応して開く事が出来たのである。
これが門の鍵に相当する。
しかしこんな巨大な鉄門が、殆ど音を立てずに動いた事は驚愕であり違和感しか感じない。
これに関してはプリームスが知識を持っている様であった。
プリームスはアグノスを引き寄せ、先を進みながら門の材質について説明をし出す。
「門は魔力感応金属の類であるオリハルコンで構成されているな。希少な金属ゆえ門の全てでは無いが、重要になる外枠と外表面には使用されているようだ。因みに
その内容は魔術師然とし、どちらかと言えば学者畑なアグノスにとって実に興味深い事であった。
「ミスリルで作られた物は非常に軽かったり、武器なら切れ味が増し防具なら魔法に耐性を持つ物まであります。オリハルコンも何か特殊な効果を発現するのでしょうか?」
「あぁ、オリハルコンはミスリルに増して多くの特殊な能力を有している。」
プリームスは、項垂れた様子で前を歩むフィートを余所に説明を続けた。
フィートが何故項垂れているかと言うと、随分と怖い思いをさせられた上にかなりの距離を歩かされ、更にまだ歩くと言う苦行を実行しているからであった。
「ミスリルは、その製錬時の純度にもよるが、最低でも1つの魔法的効果を有する物が出来上がる。そしてオリハルコンに至ってはミスリルの比では無く、複雑な機構を作り上げるに向いた金属と言える。つまり幾つもの魔法的機構を内包した、先程の巨大な門の様な物が作れる訳だ」
感心した様子でプリームスの言葉に聞き入るアグノス。
そして良く出来る生徒の様に咀嚼した後、自身の疑問にする所を口に出した。
「ではそれだけの代物ですと製錬も大変なのでしょうね? あ、その出来上がったオリハルコンを目的の品にする方がもっと大変なのかな・・・・?」
笑顔で頷きプリームスはアグノスの頭を撫でた。
「うむ、お前の言う通り製錬も非常に困難だ。高い魔力硬度、そして精度を有した鍛冶師・・・この場合は錬金術の高い知識を持っていなければ不可能な作業と言える。更にそこから完成品を見越した形状にするには、製錬以上に精度の高い技術と魔力精度が必要になり至難の業ではある事は間違いない」
すると先導するように前を歩いていたテユーミアが、
「それが可能な職人の多くが100年前の魔神戦争の犠牲になり、今では同じような代物を作り出す事は不可能と言われていますね」
と残念そうに告げた。
「そうか・・・・」
プリームスも残念そうに呟き、100年前の出来事に思いを馳せた。
『戦争とは多くの資源と時間、そして人的資源も浪費してしまう。だが魔神戦争に限って言えば人的資源を遺失してしまったと言うべきか。それだけ魔神の侵攻が早く対応出来なかったのだろうな・・・』
「あうっ!?」
突然、前を歩くフィートが転倒してしまった。
実は今、プリームス一行の進む道はお世辞にも良い造りとは言えなかった。
厳密に言えば道では無く、1段の幅が1m程もある緩やかな階段なのだ。
また壁や天井には全く明かり設置されておらず、足元の階段のみが
これでは段差を見誤り、フィートの様に転倒するのも当然と言えた。
しかも緩やかな螺旋階段状に下へと続いていて、ハッキリ言って気が遠くなる。
テユーミアはフィートを抱え起こすと、
「ここは搬入用の経路では無いのです。なので建設当初から最低限の工事が進められただけで放置気味なのです・・・」
苦笑いしながらプリームスへ言った。
それを聞いたプリームスはニヤリと笑みを浮かべた。
「ほほう、やはり他に重要な経路があったか。要するにここは侵攻して来た魔神が通る可能性がある為、整備しなかった訳だな」
失言だったとばかりに、テユーミアは口元に手を当てて固まってしまう。
そしてプリームスへ申し訳なさそうな表情を向けた。
搬入用の経路とは、地下都市で生活する守り人一族の生命線で在った筈である。
詰まる所、地下都市では賄いきれない生活物資を、その経路を使って搬入していたのだろう。
そしてテユーミアが後ろめたい気持ちになったのは、楽して最短で進める経路が有りながら案内しなかった事にだ。
「別にお前が気にする事では無い。私は”試される側”であり、お前はそれを誘う役目を担っていたのだから」
そう言ってプリームスはテユーミアの傍に来ると、疑問に思っていた事を続けて口にした。
「それよりも魔神戦争の後に生まれたテユーミアが、魔神との戦いに詳しい事が不思議でならないのだが・・・」
プリームスが”案内”に対して特に遺憾に思っていないと判断したテユーミアは、気持ちを切り替えて直ぐに答えた。
「それはですね、私が生まれながら防衛担当者として教育されて来たからです。魔神に対しての基礎知識を学び、魔神を見立てての模擬戦闘なども数多く経験させられました。後はこの迷宮の下層に稀に発生する極小の次元の切れ目から、中級程度の魔神が下級を従えて顕現する事があるのです。それらの対処で実戦経験を積みました」
漸く合点がいったように「なるほど・・・」と呟くプリームス。
これらの話を聞いていたアグノスが、
「魔神は次元の切れ目を利用して他の世界?次元と言うのでしょうか・・・侵攻して来るのですよね。状況や話からするに地下ばかりで、しかも深い場所に次元の切れ目が発生する様ですが、それは何故なのですか?」
と疲れた様子も見せずに軽快な足取りでプリームスへ尋ねる。
確かアグノスは17歳で、まだ成長途上にある。
その身体は生命力に溢れ、テユーミアとはまた違った頑丈さを感じさせた。
『何とも羨まし事だ・・・私など正直フラフラなのだがな・・・』
そう内心で呟くプリームスも”今”の肉体に関して言えば15歳程度なので、生命力で言えばアグノスに引けを取らない筈である。
しかしながら聖剣の呪いがプリームスを蝕んでおり、それが身体的な健康の足枷となっていた。
プリームスが直ぐに答えなかった為、テユーミアがアグノスの質問に対応した。
「通常の鉱石や、魔力を含んだ魔石などが地上で発見されたり、浅い地中で見つかる事は無いわよね? それはどうしてかしら?」
質問に対して、全く論点が違うような質問を返されてしまったアグノス。
怪訝に感じはしたが、何か意味が有ると思いアグノスは思考を巡らせた後、答えを告げた。
「え~と・・・地中深くで長い間圧縮された物質が鉱石になるのですよね。魔石に関しも同様で、地中の魔力溜まりに影響され圧縮される事で魔石に変化したと定説があります」
にっこり笑顔を浮かべて頷くテユーミア。
「その通り。つまり地中ではあらゆる物質と自然の魔力が存在し、長い時間をかけて地殻変動を起こしているわ。その地殻変動が凄まじい力と規模を伴う時が稀にあるの、それが・・・」
テユーミアが全て言い終わる前に、アグノスは気付いたようで被せ気味に言った。
「その地殻変動の規模に因って次元の切れ目が発生するのでは!!?」
「正解。地中の深部で起こる地殻変動は人間の想像を絶するものらしいわよ。そう思えば地上で次元の切れ目が発生しないのも頷けるわよね。それから魔神が侵攻出来る程の切れ目が発生すれば、その周辺地域も不安定になり、極小の次元の綻びが幾つも発生するの・・・」
そこまでテユーミアが語ると、更にアグノスは察したようだ。
「あ! この迷宮はそれらを纏めて対処するための巨大な施設と言う訳ですね!」
と嬉しそうにアグノスは言った。
中々に聡いアグノスではあるが、答えへ導くように話を進めるテユーミアも中々である。
そう思いプリームスがテユーミアを見つめると、
「フフフ、少しプリームス様の真似をしてみました。他者に教えを説くと言うのも悪くは有りませんね」
そう囁くように返されてしまった。
これは一本取られたなと思いつつ、まだまだ続く緩やかな螺旋階段を項垂れながらプリームスは降り進むのであった。
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