第224話・不老と暇とお節介

エテルノがプリームスと主従関係を結びたいと言い出した。

勿論プリームスが主である。

その理由は何となく理解したが、今仕えている守り人一族の王はどうなるのか?


「そこは心配に及ばない。私は別に王へ忠誠を誓っている訳じゃ無いからね」

などとエテルノは言うのだ。

これでは答えになっていない。



心配になったプリームスは詳しく訊こうとしたが、

「先ずは君の血を舐めさせてくれないかい?」

と懇願する様にエテルノが言って先に進まないのである。



仕方なしにプリームスはエテルノの要求を飲む事にした。

『主従関係とか言いつつも、ただ私の血を味わいたいだけなんじゃないか?』

と内心でぼやきながらも、プリームスは自身に施してある魔法障壁を解除した。



プリームスは2つの魔法障壁を常時発動させており、体から50cm程度離れた周囲に強固な物を1つ、そして肌に密着するよう全身に張り巡らせた物が1つの計2つだ。


これの後者を解除したのだ。

そうしなければ肌に刃物が全く通らないからである。



それからプリームスは短剣を取り出すと、左手の人差し指の先を小さく切り付けた。

この短剣は収納魔法を付加した指輪から取り出した為、エテルノが目を丸くして驚いてしまう。

「随分と便利な物を持っているね・・・・」



だがプリームスが血の滲んだ指先を見せると、エテルノはそちらに意識を移し生唾を飲み込む。

そして直ぐにプリームスの人差し指を咥え込むと、美味しそうにしゃぶり始めたのであった。


「ぅううぅ、ひゃっ!?」

まるで赤子の様に吸い付いてしゃぶり出したかと思うと、ねっとりと艶めかしく舐め回したりするものだから、変な声を出してプリームスは悶絶してしまった。



ほんの少ししか指先に傷は無く血は止まっている筈なのに、エテルノは執拗にプリームスの指をねぶり続ける。

堪らずプリームスは、

「い、いい加減にしろ!もう良いだろうぅぅ・・・・ぅあぅ!?」

とエテルノを制止しようと呼びかけるが、悶えてしまっている為に全く凄みが無い。



それから2分程度は舐り続けられたプリームスは、焦燥しきった様子で床に座り込む始末である。

そんなプリームスの目の前に屈み込んだエテルノは、

「これ程に美味な血は味わった事が無いよ・・・・」

そうウットリした表情で告げた。


「そ、そうか・・・・それは良かったな・・・」

片やプリームスは色々ムズムズして腰砕けのお疲れ様状態だ。


また傍で見ていたアグノスとテユーミアは、何だか見てはいけない光景を目にしたような、気恥ずかしさと気不味さで俯いてしまっている。

一方フィートはと言うと、見ていた筈なのだが無表情だ。

しかし腰が引けた状態で、随分と内股姿勢であった。



こうして漸くエテルノは、守り人の王との関係を話し始める。

「さっきも言ったけど私は王に忠誠を誓っていないんだよ。関係性で言えば、そうだな~友人かな」



王とその部下が友人同士と言うのは良くあることだ。

しかしどれだけ親しい友人関係でも王には忠誠を誓うのが常識である。

つまりエテルノと守り人の王との関係は、常時気を逸脱しているのだろう。



「では何故この迷宮で管理者と言う役割を担っているのだ? 部下でも家臣でも無ければ、王の為に働く必要もなかろう?」

至極当然な疑問がプリームスの口をついた。



「普通はそう思うよね・・・でも違うんだ。私は吸血鬼だから日光が基本的に苦手で、こう言った場所を拠点にする必要があるんだよ。だから間借りする対価に中層を管理している訳さ」

と要点だけ端的に答えるエテルノ。


「それともし私の求める主が現れたら、迷宮の管理者を辞する事に王が同意しているから問題ない」

そうエテルノは告げると、意味ありげな視線をテユーミアへ送る。



「な、なんですか?」

暗に語る視線が理解出来ずに戸惑うテユーミア。



思惑が伝わらずエテルノは溜息をついた。

「はぁ~・・・・君は姉のエスティーギアより聡い所があると思っていたんだが、意外に鈍いよね・・・。よく考えてごらん、私が主と認める水準なら、それは王が”求める”水準でもあるんだ。そうなればこの迷宮で管理者は必要なくなる」



それを聞いたテユーミアは「あっ!」と小さな声をあげる。

アグノスやフィートは全く話が見えていないようで首を傾げるばかりだ。


ハッキリ言ってプリームスも良く分からない。

だが洞察すれば見当は付いた。

王は100年前、魔神からの侵攻を食い止めるために、守り人の民が住む地下都市ごと次元を切り離してしまったのだ。

その民をプリームスが救う事が出来れば、この迷宮を維持しておく必要が無くなると言う訳なのだろう。



プリームスはエテルノへ呆れた様な表情を向けた。

「まだどうなるか分からんのに気の早い奴だな・・・・」



するとエテルノは嬉しそうな、そして期待を込めた様子で告げる。

「確かにまだ結果には行き着いていない。でもこの100年、君の様な超絶者には有った事がないからね、きっと上手く行くと思うんだ。それに私の勘が言っているんだよ、君なら私の”友人達”を救ってくれるに違いないってね!」



『友人達?』

エテルノの言葉に少し訝しむプリームス。

王の事をエテルノは友人と言っていた筈・・・なら他にも大切な友人が居る事になる。


『王は本当に守り人の一族を救いたいのだろうか?』

プリームスは王の願いが他にあり、何か違う意図が有る様に思えた。

そしてそれをエテルノに問い質しても、「王に直接会えば分かる」と言うに決まっているのだ。


更にまだ下層の管理者が残っている。

『ここは、さっさと王まで辿り着き洗いざらい吐いてて貰うとしよう。でないと王に高みの見物されているようで癪だからな』

そう思いながらプリームスはエテルノに片手を差し出した。



するとエテルノはニヤニヤしながらプリームスの手を取ろうとする。

「え? また舐めさせてくれるの?」



イラっときたプリームスは、

「違うわいっ!!」

と言い放ちエテルノの手を叩き落とす。

守り人の王に高みの見物と言う舐めた真似をされ、エテルノから再度指を舐められたら堪った物では無い。


「下層へ降りる為の手形を寄こせと言ってるんだ!」



プリームスが苛立ちを隠さずに告げると、

「分かってるよ~冗談だってば~」

などとエテルノは猫なで声で言った。

こんなあざとい仕草も可愛らしいのだから、美しい女性の吸血鬼とは困ったものである。


エテルノはプリームス達が来た頑丈な鉄扉の方へ歩き出した。

「物としての手形は無いんだ。言うなれば私の魔力が手形と言ったところかな」



「詰まりエテルノが、あの巨大縦穴を更に下層へ繋げてくれる訳だな?」

プリームスの問いかけに頷くエテルナ。

そうしてテユーミア達を余所に、嬉しそうにプリームスの手を引き縦穴に向かい歩き出す。


そんな美しく可愛らしい吸血鬼に、プリームスは駄目元で疑念の答えを訊く事にした。

「お主の”友人達”とは誰なのだ? それに王の本当の意図は何だ?」



余りに率直に訊き過ぎたのも悪かったのか、やはり予想通りの答えが返って来る。

「そんなの王に直接会えば分かるんじゃないの? それに君が興味を引くように私が言ったの気付かなかったのかなぁ~?」

そう悪戯顔でエテルノが告げたのだ。



完全に煽っている状況であり、プリームスの反応を見てエテルノは楽しんでいるのであった。

恐らく100年間、この中層まで到達する強者は存在せず、エテルノは暇を持て余していたに違いない。


そう思うと悠久の命は永遠の牢獄だと言えるだろう。

ならば迎え入れてやってもいいのではないか?・・・・とプリームスの悪い癖が出てしまう。



それはお人好しのお節介の所為か・・・それともエテルノが好みの美少女だったからか?

いや、それは長い時を生きたプリームス故の同情だったかのかもしれない。


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