第215話・イースヒースとプリームス(2)

イースヒースとプリームスとの立ち合いが長引く事になってしまった。

本来であれば守り人の王に合う為の力試しなのだが、それを示したにも拘わらずプリームスは足止めを食らっているのだ。



理由は簡単である。

この100年間、イースヒースは迷宮上層の管理者として、自身と対等以上に戦える者と出会えておらず、故に慢性的な強者への渇きに苛まれていたのだ。

そしてここに来てプリームスの登場である、楽しまずして行かせる筈が無かった。



漸く100年目にして神域に達した武人に出会え、

「ここで思う存分戦わずして何が武人か!」

そうイースヒースは笑みを浮かべてプリームスへ言い放つ。



正直疲れが出始めたプリームスは、イースヒースを放っておいて先に進みたいのだが、そうは問屋が卸さない状況であった。

先へ進むための手形はこの大男イースヒースが持っており、この様子だと戦いに満足せねば渡してはくれないとプリームスは判断したからだ。


それにこの男の願いを叶えてやりたい気持ちにもなった。

それはプリームスが通った道であり、同じ渇きを遥か昔に経験していたゆえの同情だったからかもしれない。



「正直疲れて来たゆえな、手加減は出来んぞ」

プリームスは魔術も織り交ぜた手段を使うぞ、と暗にイースヒースへ告げたのだった。



「興醒めする様な事で無ければ構わんよ」

とイースヒースは快諾してしまう。

詰まり無手の武人相手にド派手な攻撃魔法は使うなよと、ことらも暗に告げているのである。



こうして2人の二回戦が行われる事となった。




プリームスとイースヒース、どちらも構える事なく徐に距離を詰めて行く。

互いに余りにも自然に歩み、まるで通りをすれ違おうとする只の通行人のようだ。



そして2人の距離が1mを切った瞬間、無造作にイースヒースの右手が差し出されプリームスを捕らえようとする。

だがいつの間にか差し出されていたプリームスの左手が、その腕の部分に触れ、弾けるような乾いた音が周囲に響き渡る。



「うおっ!」

イースヒースの右腕が上に弾き上げられていたのだ。

しかしイースヒースは怯まず、今度は左の縦拳でプリームスの顔面を狙う。


だがそれも予定調和の如くプリームスの右手で受け流され、イースヒースはタタラを踏んでしまう。



こうして互いの体は交錯しすれ違い切ったような形になる。

それはイースヒースが体勢を崩し、プリームスはその側面を取るような状態に至った。

時間にして2秒程の正に一瞬の攻防である。



完全に無防備なイースヒースの横顔へ一撃を見舞える好機だが、プリームスは何故か脇腹への攻撃を選択した。

それも軽く拳で小突くような一撃だ。



それなのに効果は抜群であった。



凄まじい爆音が轟き、イースヒースは10m近くも吹っ飛ばされ壁に再び激突したのだ。

だが今回は壁は崩れる事無く、イースヒースも両足を地に着けて倒れずに居た。



「ハハッ、咄嗟に気を集中させて防いだから良かったものの、下手をしたら腹わたが飛び出していたぞ・・・」

と少し青ざめた表情でイースヒースは告げる。



アグノスは先ほどの一瞬で何が起きたか殆ど把握出来ずにいた。

「プリームス様が軽く殴っただけで凄い音がして・・・気付けばイースヒースさんがあんな所まで・・・」


片や無表情のフィートは、

「私は何が起きたか全く目で確認出来ませんでしたよ・・・」

と相変わらず抑揚の無い口調で言った。



するとテユーミアが驚いた様子で呟く。

「今のは・・・暗打?!」


そんなテユーミアへプリームスが笑みを向けて告げる。

「良く分かったな。お前の言う通り"暗打"だよ」



格闘技術に関しては全く知識が無いアグノス。

「暗打だよ」などと言われても何のことやらである。

「テユーミア叔母様、私にも分かり易く教えてもらえませんか?」



アグノスの言葉にテユーミアは神妙な面持ちで説明をしだす。

「暗打は本来、相手の武器を破壊する為に編み出された技なの。それを人体に応用し的確に相手に打撃を与えるなんて・・・不可能に等しいわ」



暗打に対するテユーミアの認識曰く、武器や防具など無機質で一定の形を保っている物に対して使用する技なのだ。

それは破壊したい部位とは関係ない場所へ打撃を加える事から始まる。

この時に使われるは、物体内を伝播し反響する特殊な打撃法で螺旋などもこれに該当する。

またこの初弾を対象に当てる事を”仕込み”と言う。


この”仕込み”が対象内で反響する事に因り、時間と共にその打撃の威力が増幅してゆく。

そして最大まで増幅した時を見計らい2撃目で追撃し、爆発的な破壊力を生む訳である。



言葉にすれば手順は、仕込みの1撃、増幅後の2撃目で有る為、2段階しかない。

しかしながら実際の戦闘では対象は動いている場合が考えられ、狙った時に2撃目が当てられる確証は無い。

更にそれが生身の人間であるなら、仕込みが体内でどう反響しているかも把握出来る筈も無く、2撃目をどこにどう当てるかさえ普通は判断出来ないのだ。

故にテユーミアは”不可能に等しい”と言ったのである。



こうして細かく説明されて漸くアグノスは理解に至った。

プリームスがとんでもない技の持ち主であると言う事を・・・・。

また尽きないプリームスの引き出しに驚愕しつつも、寒気を覚えてしまう。


『これが畏敬の念と言うものなのね・・・』

それはプリームスを恐ろしいと感じてしまった瞬間であった。




イースヒースは脇腹を押さえながら、

「暗打まで使うとは・・・・しかも打ち込みに使ったのは螺旋で気の代わりに・・・・」

と最後まで言わずに片膝をついてしまった。



プリームスは申し訳なさそうにイースヒースの傍へやって来る。

「うむ、気の代わりに魔力を使った。一応手加減したつもりだったが・・・すまない、痛かったろう?」



苦笑いしながらイースヒースは首を横に振った。

「いや俺が望んだ事だ、気にしないでくれ」

そうして自身の懐に手を差し入れ、1枚のメダルを取り出す。


それをプリームスへ差し出すと

「これを持って行け。次の階層へ降りる手形だ」

そう言った後、疲れたようにその場所に座り込んでしまう。



プリームスはそのメダルを受け取り、疑問に思っていた事を口にする。

「お主が私の事を”100年来で最強かもしれん”といったであろう。それはつまり100年前には私以外に最強が居たと言う事だな?」



するとニヤリと笑みを浮かべてイースヒースは答えた。

「それは王の元までたどり着けば分かる事だろう・・・。まぁほんの少し語るならば、100年前の魔神戦争で人類を救った立役者と言った所だ」


プリームスとしては、そんな事を言われて胸が躍らない訳が無かった。

従来のプリームスであれば、強者など最早あまり興味が無く、どちらかと言えば未知の知識に興味が絶えないのだ。

しかし”人類を救った立役者”となれば話が違ってくる。


「フフフ・・・面白い。その言い様では”王が”ではないようだしな・・・」

そう告げた瞬間、プリームスはペタリとお尻から床に座り込んでしまった。



慌てて駆け寄るアグノスとテユーミア。

「「プリームス様!!」」



全く足腰に力が入らずプリームスは自分でも驚いてしまう。

「どうやら体力を使い過ぎたようだ・・・テユーミア、すまないが回復するまで抱きかかえてはくれないか?」



「喜んで!!」

これには大喜びするテユーミア。

一方アグノスは、幾ら小柄だからと言ってもプリームスを抱えて歩ける程の力が無い為、ガッカリするのであった。


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