第216話・失った過去と、未来への希望

上層の管理者であるイースヒースとの立ち合いを済ませたプリームス。

勝敗に関して言えば、プリームスがイースヒースを圧倒した事になるが、お互い疲れて床に割り込んでしまう始末であった。



こうしてイースヒースから手形である魔法のメダルを得て、中層へ進む階段に向かうプリームスは、情けない事にテユーミアに抱きかかえられた状態だ。



テユーミアと言うと大好きなプリームスを抱きかかえる事が出来てご満悦である。

またその感情は畏怖へと昇華し、一族の王とは別に”仕えたい”と思い始めるのであった。


それもこれも神域に達したプリームスの武技に魅せられた為だ。

そしてそのプリームスの身体は不安定であり、テユーミアの中で守ってあげたいと言う感情も芽生える。

それは”仕える”のではなく”支えるささえる”が正しい表現であろう。



一方アグノスは、心中で複雑な感情が生まれていた。

愛するプリームスの事を自分は何も理解していないと思い知ったからだ。

その英知と武力は奈落のように深く、まるで深淵を見るようなのだ。

そして深淵とは未知であり人間が本能的に恐れる物・・・・それゆえにアグノスがそう言った感情を抱くのは仕方ないのだろう。



それでもアグノスは自己嫌悪してしまう。

『駄目ね、私って・・・・自分の許容を超える事態を見にしたら委縮してしまうなんて・・・・』


ふとテユーミアに抱えられているプリームスを見やると弱々しく儚く見えた。

その上、天上に存在するような絶世の美少女である。

この様な存在が、人が恐れる奈落の存在な筈がない・・・・そう自身に言い聞かせアグノスは胸の奥に刺さった小さな棘を覆い隠すのであった。




中層に降りる階段は、イースヒースが居た試練場に来るまでの縦穴に存在した。

それはプリームス達がテユーミアに案内されて、最短経路で使用した縦穴である。

縦穴の底、詰まり床をよく見ると小さな窪みが目に取れた。

「ひょっとして、この窪みにイースヒースから貰ったメダルを嵌め込むのか?」



そのプリームスの問いにテユーミアは頷いた。

「プリームス様、メダルをアグノスにお渡しください。さぁアグノス、メダルをそこに嵌め込んだら直ぐにこの場からは離れるのよ」



アグノスはプリームスからメダルを受け取り、指示通りに床の窪みに嵌め込んだ。

そして直ぐにその場から離れると、地鳴りと地響きが身体を揺らしだす。

なんと縦穴の底が完全に開き、同じ大きさの縦穴が更に下へ伸びてしまったのだ。


20m四方の巨大な穴を覗き込みフィートは、

「うわぁ・・・・またここを降りるのですか?」

と嫌そうな顔で言った。


するとアグノスは面倒臭そうにフィートを抱きしめると、

「ここまで来ていて何を今更・・・私が貴女を抱えて降りますから暴れないで下さいね」

そう告げてさっさと大穴へ身を投じてしまう。

その瞬間、「ひっ!?」と小さなフィートの悲鳴が聞こえた。



『私の監視とは言え、こんな所まで付いて来ざるを得ないとは可哀そうな奴だな・・・』

とフィートに同情するプリームス。

自分がこんな有様で無ければ、フィートを抱きかかえて浮遊魔法でゆっくりと降りてやれるのだが、今回ばかりは仕方ない。



アグノスとフィートが降りたのを見送った後、テユーミアもプリームスを抱えて巨大縦穴に身を投じた。

飛行魔法を使うのかと思いきや、プリームスの事を考えてか浮遊魔法を使用するテユーミア。


「お前は私へ気遣い過ぎだぞ。多少雑に扱った所で死にゃ~せん」

とプリームスは苦笑いをしながらテユーミアの腕の中で言った。

だがテユーミアは微笑みながら、

「私がしたいからしているのです。プリームス様が迷惑でなければ、このまま色々お世話させて頂こうかと思っています」

などと言い出した。



「おいおい、そんな事をアグノスの前で言うなよ・・・・」

プリームスは溜息をつく。

今はアグノスが先行して縦穴を降りている為に聞かれる事は無かったが、どう考えても喧嘩が始まりそうなテユーミアの発言である。


自分がどう思われているか無頓着なプリームスでも、”自分が原因”で諍いが起きるのは理解しているのだ。

ゆえに自分を慕い傍に来る者には、平等に扱うようにしている。

しかしながら実際は平等では無く、能力に見合った扱いになっているのは否めない。


例えば今のようにテユーミアに抱えられている事もそうだ。

アグノスの力では無理なので、膂力があるテユーミアに任せているのである。

これを本来、適材適所または公平と称するのだ。

人はそれぞれ個性がある為にこのような状況になり、平等とは詰まり等しく悪く扱う事しか出来なくなってしまうのだ。


だがそれでは余りにも寂しい。

魔王であった時は建前ではそうしていたが、それは孤高であり孤独なのだ。



『私は部下や忠臣を持ちたい訳では無い・・・・』

「家族を持ちたいのだ・・・・・」

つい小さいが声が漏れてしまったプリームス。


「家族ですか?」

耳ざとくテユーミアは聞いていたようで、プリームスへ問い返して来た。



心に秘めていた事を他人に訊かれると言うのは中々に恥ずかしい物で、プリームスは少し慌てた様子で否定する。

「あ、いや・・・・何でもない・・・・」


そうするとテユーミアは何事も無かったように笑顔で、

「そうですか」

と言い、降下する速度を調整しながら縦穴の底を見つめた。



『気まずい・・・・絶対今のは”持ちたいのだ”まで聞かれていた筈・・・』

「テユーミア、さっきのは忘れて欲しい。何と言うか・・・・その照れ臭いのでな・・・・」

聞かれてしまった物はどうしようも無いので、正直にプリームスは気持ちを伝えた。



「私はプリームス様が嫌がる事は致しませんよ」

そう一言だけ告げると、ニッコリ微笑んだまま口をつぐんでしまうテユーミア。


「そうか・・・・」

プリームスもそう呟いた後、何も言えなくなってしまった。



それからゆっくりと降下した為、2人は10分程の時間を無言で過ごす事になってしまった。

縦穴の底に着くとアグノスとフィートが待っており、

「遅いですよ~テユーミア叔母様・・・2人きりで抱き合えるからって、ワザとゆっくり降りてきませんでしたか?」

とアグノスはご機嫌斜めな様子だ。


片やフィートは随分と怖い思いをしたのか、小刻みに震えてしゃがみ込んでいる。

飛行魔法で通常の落下速度より早く降りたのだから、それはもう怖かったに違いない。



プリームスは何げなく降りて来た虚空を見上げた。

恐ろしく深く、上層の一番上の階層から数えれば1000mを超えると思われる縦穴。

そしてこの巨大な穴が何のために存在するのかも、おおよその見当はついていた。


「この巨大縦穴は、守り人の一族が緊急脱出で用いる為に作られた物だな・・・」

プリームスは独り言のように呟く。

少し感慨深いその声音は、誰かの返事を待っている様では無かった。



だがテユーミアは”応えて”しまう。

プリームスの洞察が的を射ており驚いてしまったからだ。

「はい・・・・ですが結局使う事は有りませんでした・・・。いえ、正しくは使えなかった・・・ですね。魔神の侵攻を食い止めるために、民を逃がす時間が無かったのです」



100年前、地上では知られる事すらなかった魔神との人類の存亡を賭けた戦い。

この巨大縦穴――いやこの迷宮自体がその礎となり、守り人の一族が墓標となってしまったのだ。

この有様に王は何を思い、この100年を過ごしてきたのだろうか?



「さぁ行こうか。中層の管理者の元へ・・・・」

それを確かめる為にプリームスは、テユーミアへ案内を促すのであった。


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