第213話・上層の管理者(2)
「ならば早々に試させて貰うとしようか!」
プリームスへ不敵な笑みを向けイースヒースは告げた。
エスプランドルの古代迷宮の上層管理者であるイースヒース。
またテユーミアの武芸の師匠でもあるようだ。
そうなればテユーミアと同じような魔術に因る戦闘能力を考慮すべきであろう。
つまりそれは魔力で身体強化された近接戦闘を得意とすると言う事だ。
『メルセナリオ殿並みの巨躯にテユーミアと同じ能力となると・・・相当な脳筋と言う事だな。しかし先ほど跳躍から地面への着地を考えると、魔術に因る身体操作が考えられるが・・・・』
そう思いプリームスは首を傾げる。
イースヒースの様相は短く刈り上げられた黒髪に、2mを優に超える背丈、それに筋骨隆々である。
髪の毛の色を見るに”魔力を強く内包”する才があるようには思えなかった。
他に魔術の才を表す目の色なども黒色・・・要するに普通の人間に見えるのだ。
『まぁ立ち合えば、その謎も解けるか・・・』
面倒臭がり屋のプリームスは考えるのを止めてしまった。
正直な所、こんなのが後2回も続くと思うとウンザリしてしまうのだ。
「前置きはいい、さっさと済ませよう」
「む?! 初対面の相手にそれはなかろう?」
と愚痴を言い出すイースヒース。
プリームスは一歩前に踏み出すと、
「な~にが初対面がだ・・・そっちが先に失礼な事を言ったのだろう? 良いからさっさとかかって来い」
などと挑発するように言い放った。
するとイースヒースは怒るどころか感心した様子を見せる。
「ほほう、そんなにちっこいのに俺に向かって来るか! 見た所、近接戦闘が得意のように見えんがな・・・」
イースヒースとプリームスの身長差は1mにも及び、傍から見れば赤子と大人の立ち合いと言っても過言ではない。
そう言った事を踏まえてプリームスの胆力に、イースヒースは感心し驚いているのだろう。
そうこうしている内に、プリームスがイースヒースの目と鼻の先まで来ていた。
余りにも自然で敵意など全く感じさせないプリームスの動きに、イースヒースは容易に間合いへの侵入を許してしまったのだ。
そしてこの時、イースヒースは漸く気付く。
この小さな絶世の美少女は、只者では無いと・・・。
一方間合いに入ったプリームスは徐に右手を前に差し出し、イースヒースに触れようとする。
その瞬間、イースヒースの背中に生物的な本能から来る悪寒が走った。
”このまま手をこまねいていれば死ぬ”・・・と告げているのだ。
慌ててたたらを踏む様に後方へ下がるヒースヒースは、一瞬にして5m程の間合いを開けてしまう。
少し離れた位置から2人の様子を見守っているアグノスとフィートは首を傾げた。
「プリームス様は只近寄っただけですよね・・・? 急にあの方は警戒し出したようですが・・・」
「文官の私には何が何やら全く分かりませんね・・・・」
そう告げる2人に苦笑しながらテユーミアは答える。
「実際にプリームス様が立ち合う所を始めて見ましたが、達人・・・いえ最早神域と言って良い身のこなしですね。物理的な破壊力で言えば師匠が断然上なのでしょうが、それを遥かに上回る様な”技”を感じます」
そう言われても全くピンとこない2人は、
「ほぇ~」
「ほほう」
と呟くしか無いのであった。
そんな外野は余所にプリームスは再び前に踏み出す。
そしてそれに呼応するかのように、イースヒースが一定の間合いを維持しながら後方へ下がっていく。
足を止め苦笑いをするプリームス。
「おいおい、これでは何時まで経っても勝負が始まらんぞ・・・時間を稼いでいるつもりなのか? そんな事に何か意味でもあるのか?」
確かにこのままでは立ち合いにならない。
しかもイースヒースはこの階層の管理者であり、ここへやって来た者を”試す”役割があるのだ。
逃げ回っていてはその使命を果たせない。
『と言われてもなぁ・・・このお嬢ちゃんはヤバイぞ。恐らく今まであった中で1,2を争うヤバさだ。正直やり合わんでも分かる水準だぞ・・・・』
とイースヒースは内心でぼやく。
段々面倒になって来たプリームスは、
「では1つ提案だ。今から1度だけお主に軽く触れる故、それに耐えて見せろ。それ以上は追撃せん」
と溜息をつきながらイースヒースへ言った。
ハッキリ言ってコケにされていると言って良いだろう。
しかしそれならば大丈夫だと言わんばかりに、安心しきった表情をイースヒースは浮かべる。
「う、うむ・・・それならば問題無い」
そう答えてその場に仁王立ちになった。
正直な話、逃げ回られようが本気を出せばイースヒースを捉える事は可能である。
だが最短経路とは言え結構な距離を歩かされたプリームスは、少々疲れていたのだ。
この先まだ中層下層と管理者が居ると思うと、こんな所で体力を消耗したくないと考えるのは当然と言えた。
『何と言うか・・・試す側と試される側が逆転している様な・・・。それだけプリームス様が規格外と言う事なのでしょうね』
とテユーミアは今の状況を目の当たりにして苦笑いを禁じ得ない。
了承を得たプリームスは、イースヒースの腹部にソッと右の拳で触れる。
「ではいくぞ~」
それに対してイースヒースは正面の虚空を見据えて、
「おう! いつでもこいや!」
と言い放ち全身力んでいる状態だ。
この時、その様子を見てテユーミアは青い顔をした。
『あぁ・・・これは絶対駄目なやつだ・・・あんなに力んでは・・・』
「よっと」
何とも気の抜けるようなプリームスの掛け声がした刹那、イースヒースの視界が突然ブレてしまう。
「!!!??!???」
イースヒースの視界は前後左右、天地が入り乱れてもはや自身の足場など存在してはいなかったのだ。
そう、2mを優に超える巨躯がもんどりを打って後方へ吹っ飛んでいたのだ。
そしてそのまま試練場の周囲を囲む3m程の壁に、イースヒースは激突してしまった。
余りに現実離れした状況にアグノスとフィートは目を丸くしてしまう。
テユーミアはと言うと、こうなるのは予想がついていたようで、
「はぁ・・・だから相手を見かけで侮ってはいけないと言ったのに・・・」
と溜息をつくのであった。
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