第202話・古代迷宮の真実

テユーミアの一族は魔神から人類を守る使命を1000年も前から果たして来たのであった。

だがそれは一族としての使命であって、テユーミアの持つ重要な任務では無い。

これを話す事を躊躇っていたが、プリームスに促され漸くテユーミアは語り始めた。



「100年程前、魔神との戦いに熾烈を極めた時期が有りました。迷宮の最下層を絶対防衛線とし、私達の一族は命を懸けて魔神の地上侵攻を阻止し続けました。ですが膨大な数の魔神にやがては劣勢に追い込まれ、絶対防衛線を突破されかけた事があったのです」



テユーミアのその話で、プリームスは迷宮の存在意義を改めて理解する。

薄々は気付いてはいたが、エスプランドルの古代迷宮は魔神の侵攻を食い止めるために建設された防衛拠点であったのだ。

「で、どうなったのだ? この平穏な”今”が在ると言う事は、押し返せたのだろうが・・・」



そのプリームスの言葉に頷くテユーミア。

だがその表情は暗い。

「はい、防衛し守り切る事が出来ました。ですが一族の大半を犠牲に得た結果なのです・・・」



その言い様は、人海戦術で魔神の侵攻を食い止めたように聞こえた。

それ程に一族の規模は大きかったのだろうか?



プリームスが首を傾げるとテユーミアは察したように話を続けた。

「我々一族は”守り人”と呼ばれていて、この地に迷宮と地下都市を築き魔神と戦う為に繁栄してきました。その最盛期の人口は1国家の首都総人口に匹敵し50万人は居たと言われています。ですが魔人の侵攻を食い止めるために地下都市ごと次元を閉じるしか方法が無く・・・・。つまり一族の大半を犠牲にしたと言うのは、50万人程の人命を置き去りにしたと言う事なんのです」



人類を守る為の英断であり、それを決断した守り人の王は苦渋に苛まれたに違いない。

魔王ではあったが同じ民を統べる者として、その痛みは嫌と言う程にプリームスは理解出来た。

だか少し引っかかる事もあった。



「次元の切れ目を閉じる事は出来なかったのかね? そうすれば守り人の民を犠牲にする事も無かったのでは?」



プリームスの疑問は至極当然の事である。

テユーミアは否定するように小さく首を横に振った。

「その方法は常に模索されていたようです。ですが魔神の攻勢が余りにも激しく切れ目の外に橋頭保を築かれていたようなのです・・・その為、次元の切れ目には近づく事は不可能だったと聞いています」



再び首を傾げるプリームス。

「”聞いています”と言ったね? それは・・・・」



「私は今年で70歳を数えます。100年前の魔神戦争を体験はしていません。因みに姉のエスティーギアは80歳です。」

と少しはにかむ様にテユーミアは答えた。

地上に居る普通の人間に比べれば、考えられない年齢である。

テユーミアもエスティーギアも見た目だけで言えば20代半ばに見えるのだから。



つまりプリームスが以前居た世界の魔族のように、生まれながら魔力の高い者は長寿であり外見も非常に緩やかに老いていくのだろう。

だが70歳と言えば通常の人間ならば寿命が差し迫った頃である。

故に普通の人間に比べて年増過ぎて、テユーミアは恥ずかしかったのかもしれない。



「恥ずかしがる事でも無かろう・・・私などお前の5倍は生きている事になるのだからな。それにサラリと姉の年齢を暴露するとは、いやらしい奴だ・・・」

そう言いプリームスは苦笑した。



同じく苦笑するテユーミア。

「私が姉の歳を暴露したことは黙っていて下さいね」




今のテユーミアの話の中で、プリームスでも驚愕する内容が含まれていた。

「50万人ものが暮らす地下都市もろとも次元を閉ざすとは、相当に凄い魔術を使ったのだな? やはり守り人の王が行ったのか?」



「次元断絶を実行したのは王です。確かに非常に高度で人類でこの魔術を成功させられるのは王しか居なかったでしょう。ですが、王だけの能力で出来た物では無いのです。ひょっとすれば魔神との大戦を経験した事のあるプリームス様にはお分かりかもしれませんが・・・」

とテユーミアはプリームスを羨望の眼差しで見つめた。



『私の事を随分と高く評価してくれているようだな・・・。守り人の王と同等程度に見られたなら、これは下手に出来ない難しいなどとは言えんか・・・』

実のところ何かを期待されると言うのは、もううんざりなプリームス。

以前の世界で100年以上も期待を背負って戦い続けて来たのだから、飽きると言う物だ。


しかしお人好しのプリームスは、こうも思ってしまう。

『自由に楽して暮らしたいが・・・せめて私の親愛する者達は守ってやりたい・・・』


そしてここまでのテユーミアの話を聞いて気付いても居た。

テユーミアが王から受けた重要な任務の内容が何かを・・・。



「確かに私は空間を断ち、この世界からそれを隔絶する術を持っている。これは下準備に時間がかかる上に場所も固定されるな・・・。お前たちの王は最終手段として絶対防衛線より地下都市側に、その”次元断絶”とやらを用意していたのだろう? ゆえに最終手段であり、これを使う時は追い込まれた場合・・・つまり民を逃がす余裕も無く実行するしか無かった訳だな」

プリームスはまるで見知ったように洞察し言い放つ。



テユーミアは感心する他無かった。

「ご明察通りです・・・流石ですねプリームス様は・・・」



そんなテユーミアの頬に優しく触れてプリームスは尚も続ける。

「お前たちの王は、今も取り残された民が生き延びている事を確信している。そしてそれを救い出す方法を見つけ出したが、”手段”が無い・・・そうでは無いか? 故にその”手段”になり得る私の様な者を探し続けていたのだろう?」



まるで図星を突かれたように呆気にとられるテユーミア。

そうして申し訳なさそうにプリームスを抱きしめると、

「何もかもお見通しと言う訳ですね・・・ですが私はそれをプリームス様に強要する事は出来ません。でも王の・・・私の母の気持ちも救ってあげたいのです・・・私はどうすればいいのでしょうか」

そう悲愴で消え入りそうな声で言った。



プリームスはテユーミアを優しく抱きしめ返す。

「言っただろう? 魔神には多く借りがあるとな・・・。それに守り人の王がどれ程の者なのか、この世界を救った人類の英知がどれ程の物なのかこの目で確かめたいしな」



それを聞いたテユーミアはプリームスの腕の中で嗚咽を堪える。

だがその嗚咽は悲しみなどでは無く、漸く見つけ出した希望への涙であった。


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