第160話・謁見準備
法王ネオスに取り次ぎをして貰える事となったプリームス。
そしてラティオーに連れられ入国管理局を出ると、用意された馬車にプリームスとフィエルテは乗せられた。
ラティオーも同じ馬車に乗車する。
頑丈そうな軍用馬車で、まるで要人を護送するような造りであった。
『要人と言うより、危険人物認定されているのやもしれんな』
そう思いプリームスは苦笑いを浮かべる。
ラティオーもとい魔導院はプリームスを良く理解出来ていないのだろう。
故に出来るだけの対処をして然るべきなのだ。
しかしながらプリームスも、導院の事をまだ良く分かっていない。
この国は永世中立国であり宗教国家でもある。
だがどのような神を崇めているのかもプリームスは知らない。
それ以前に、この世界にどのような神が存在し信奉されているのかも、全く分かっていなかった。
プリームスは隣に座るフィエルテへ小声で尋ねた。
「この地には、どのような神が存在し信奉されているのだ?」
小声で話したのは、向かいに座るラティオーに聴こえては少し気が引けるからだ。
宗教国家である魔導院を訪ねて来て、その国の信奉する神さえ事前に把握していないのは正直失礼と言える。
その上、国主である法王に交渉事や取引に臨むのだから、プリームスは失礼を通り越して無謀であった。
それに気付いたフィエルテは、申し訳なさそうに小声で話しだす。
「申し訳ありません・・・事前にお伝えすべきでしたね。”この世界”は2人の主神に支えられています。1人は大陸中に多くの信奉者がいる太陽神、または大地母神と言われている女神イゾイ。そして夜と死を司る月の神スキア・・・こちらが魔導院の信奉する神であります」
少し驚いた様子のプリームス。
「夜と死を司る神が国家神なのか・・・意外だな」
するとラティオーがちゃっかり聞いていたのか、
「スキア信教、それが我が国の国教です。夜とは魔力魔術を指し、死とは命がやがて還る場所を指します。ですので女神イゾイと月の神スキアは、表裏一体と言われていますね」
と苦笑しながら補足するように説明してくれた。
「成程、では国の軍事力が魔術特化されているのは、国教が影響しているのですね?」
とプリームスは興味津々でラティオーに問いかける。
もう魔導院に対する予備知識が無かった事など、気にもしていないようだ。
「そうですね、ですが正直なところ詳しい事は分かっていないのです。なにせ歴史が古い国ですから、卵が先か鶏が先か・・・。兎に角、今我々がスキア神を信奉し、魔術により国を支えている事に何ら変わりは有りません」
ラティオーは誇らしげに告げる。
それから何気ない日常会話をして20分程経っただろうか、馬車が停車した。
この馬車は明かり窓が付いてはいるが、内側から外を眺める事が出来ない様になっていた。
故にプリームス自身、聖都のどの辺りに到着したのか見当も付かなかった。
ラティオーは徐に席を立つと扉を開け、馬車の外へ出て行ってしまう。
そして外からプリームスへ手を差し出し、優しい語調で言った。
「聖殿へ到着しました、足元にご注意を」
中々の紳士である。
プリームスは嬉しそうな表情でラティオーの手を取り馬車を降りた。
何故嬉しそうかと言うと、日頃プリームスは淑女として扱われることが少ないからだ。
フィエルテはプリームスを完全に主として見ており、従者然と仕えるだけだ。
スキエンティアに至っては、口煩い小姑のようである。
またアグノスはプリームスを伴侶として扱っており、どちらかと言うと性的な目で見られているようでならない。
そう言う訳で、ここでの扱いが少し嬉しく感じたのであった。
馬車を降りて辺りを見回すと少しだけ開けてはいるが、白く高い壁に囲まれた敷地内だった。
そして目の前には厳かな白く美しい神殿が建っている。
リヒトゲーニウスの王宮の様に華美では無いが、気品を感じさせる意匠だ。
プリームスが興味深く神殿を見つめていると、御者が傍まで来てラティオーに頑丈そうな四角い鞄を手渡した。
50cmx30cm程の中々に大きく重そうな鞄で、厳重な錠まで付いている。
それを地面に置いたラティオーは、懐から鍵を取り出し鞄の錠を開けた。
興味がそそられてプリームスはラティオーに尋ねる。
それが何なのか一応は察しがついたが、知識欲が勝り口に出して問わずには居られなかった。
「ひょっとしてですが・・・魔術抑制系の道具ですか?」
驚いた様子でプリームスを見やるラティオー。
「良く分かりましたね、その通りです。余程の身分でも無い限り保安上の意味合いで、謁見される方に身に着けて頂いています」
鞄の中は、まるで高価な装飾品を収納するように、柔らかなクッションが敷き詰められていた。
そして中に収められているのは、黒い金属で出来た腕輪だ。
その腕輪は装飾品としてみるなら実に地味で、明らかに魔道具の一種と分かる物であった。
鞄の中にはそれが幾つか収納されており、意匠は同じだが小さい物から大きいものまで揃っている。
恐らく、謁見する人間の体格に合わせて用意されているのであろう。
ラティオーはその中で一番小さな腕輪を取り出し、プリームスの腕に取り付けた。
「申し訳ないですが簡単に取り外せない様、細工させて頂きますね」
そう告げるとラティオーは腕輪に手をかざし、詠唱し始める。
「其の時まで、目と手に触れる事能わず・・・
するとプリームスの腕に有った筈の腕輪が消え失せてしまった。
『これは・・・空間魔法か』
特に驚く事無くプリームスは内心で呟いた。
そんなプリームスを見てラティオーは意外そうな表情を浮かべる。
「謁見に来られる方は皆、これを目の当たりにして驚かれるのですが・・・プリームス殿は驚かれないのですね。ひょっとして、この魔法を御存じなのですか?」
プリームスは愛想笑いを浮かべて、それを否定した。
「いえいえ存じませんよ、ですが仕組みは分かります。それと同じことをやろうと思えば、一応私でも可能でしょうね」
これにはラチィオーが驚かされるばかりであった。
要するにこの腕輪は魔術を発動しようとすると、それを妨害する仕組みを
そして腕輪を勝手に取り外せない様、魔法により腕輪の存在をこの次元から”消えた”ように見せかけているのだ。
実際、見る事も触れる事も出来ないのだから、消えたと同義に等しくはあった。
人を含め物質には存在力なる物があると、プリームスは考えている。
そしてその存在力を操作する事により、物の姿を希薄にし消失した様にしてしまうのだ。
だが只の物質ならそれ程難しくは無いのだが、命を持つものには難易度が急激に上昇する。
全て魔術により操作する訳だが、命を持つもの・・・例えば人であるが、プリームスにとっても難しいと言えた。
それは人に業なる物が存在し、それが存在力と絡み合う事で非常に複雑にしてしまっているのだ。
『まぁ、私が解き明かした空間魔法の真理を、魔導院がどれだけ理解して及んでいるかは分からぬがな。ただ高度な魔術な事は確かゆえ・・・魔導院も中々に侮れぬかもな』
そう思いプリームスはほくそ笑むのであった。
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