第74話・アグノス・リヒトゲーニウス(1)

アグノスはプリームスに一目惚れしてしまった。

自分で自覚出来る程にプリームスへの好意が湧き出てくる。

こればかりは気持ちの問題なのでどうしようも無かった。



また自分のこの感情をどうにかする必要も無いとアグノスは思っている。

人が人を好きになるのは自然の理なのだから。

ただ問題があるとすれば、それはお互いが同性であると言う事だろう。



『お父様は私のこの気持ちをお許しになるでしょうか・・・』

アグノスはプリームスを王の寝所に案内しつつ思いに耽る。



そんなアグノス王女の様子を見やり、プリームスは嫌な予感がしてならなかった。

嫌な予感とは少し語弊があるだろう。

別に嫌では無いのだから。


正確に言うならば、困った展開になりそうで不安な訳だ。

以前いた世界でも同じような様子を、プリームスへ見せる者が後を絶たなかった。

そして好いたの惚れたのでバタバタした記憶があるのだ。



好意を持たれる事に対しては嬉しいとは思うのだが、プリームスにも選ぶ権利がある。

それにこちらの意思など関係なしに四六時中付き纏われた事もあり、色々立ち振る舞いに注意せねばとスキエンティアによく怒られたものだ。



ふとアグノス王女を見るプリームス。

王族と言うだけあって洗練された立ち振る舞いに、清楚で非常に美しい顔立ちをしている。


胸はそれ程無いが、それを補って有り余る程の抜群の体形だ。

身長は165cm程度かプリームスより背が高い。

と言うか、プリームスが小柄過ぎるのである。


髪は腰の辺りまで長く深い青色を放っている。

それは青藍せいらんと呼ぶべき色彩で物静かな雰囲気を醸し出し、アグノス王女の個性を現しているかの様であった。


そして装いは簡素だが高級感が漂う紫のドレスだ。

それは白い肌と明暗の対比を作り出し、アグノスの美しさをより一層際立たせている。



『美しいな・・・』

プリームスは正直にそう思った。

フィエルテも王女だが、アグノスとは随分と雰囲気が違う。

フィエルテは健康的で快活な麗人。

アグノスは華奢で如何にも女性らしい雰囲気の麗人だ。



プリームスはフィエルテと一緒にいると凄く落ち着く。

湯浴みなど一緒にした時に、そう感じたのだ。

寝屋などを共にすれば、ぐっすり眠れるに違いなかった。



アグノスはと言うと、その華奢さが儚さを演出し守ってあげたい衝動に駆られる。

かく言うプリームスも母性本能を擽られそうだ。

きっと国民にも大人気であろう。


こんな事を口に出せばスキエンティア辺りに、”人の事は言えない”などと言われそうだ。

プリームス自身、肉体が貧弱で見た目も弱々しいのを自覚しているので言われるまでもないのだが・・・。



そうこう考えているうちに王の寝所に到着したようだ。

豪奢な両開きの扉を開け入室する。

室内は淡い燭台の光で照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。



室内では2人の侍女が側付きとして待機している。

王の容態を見逃さない為であろう。



アグノスは天蓋付きの華美なベッドに横たわる王の元へ静かに歩み寄った。

プリームスも続き王の元へと歩み寄る。

するとアグノスはプリームスへ、

「我が父であり、この王国の国王エビエニス・リヒトゲーニウスです。プリームス様、どうか父をお救い下さい・・・」

そう告げて深く頭を下げた。



頷くプリームス。

王の容態はまだ重篤まで進んでいる様には見えなかった。

恐らく発病したのは昨日今日の話なのだろう。



王の寝所に入って直ぐにプリームスは、アナライズの魔法を使用していた。

国王の血中に巣くう死熱病原虫を確認する為だ。

結果は予想通り、王の肉体は死熱病原虫に侵され、血中に増殖しているのを見て取ることが出来た。



そして直ぐさま収納魔道具の指輪から小瓶に入った液体特効薬を取り出す。

それを見ていたアグノスが驚いて目を見開いた。

何も無い手元から突如薬瓶が現れたら誰だって驚くに違いない。

しかし今はそれを説明している場合では無かった。



王の上半身を少しだけ抱え起こし、その口に小瓶の薬液を注ぎ込む。

そうして小瓶の中身を全て飲ませた後、ゆっくりと王を横に寝かせた。



プリームスはアグノスを見つめて説明する。

「今、私が飲ませたのは、この死熱病に特効がある薬液だ。王の容態を見るに死熱病の初期段階ゆえ、一晩もすれば直ぐに快方に向かうだろう」


それを聞いたアグノスはホッと胸を撫でおろし、その場にしゃがみ込んでしまった。

傍で見ていたメルセナリオや侍女たちが、心配そうにアグノスに駆け寄る。

「お、おい! 大丈夫か?」


「「王女殿下!」」



アグノスの傍に屈み込むプリームス。

「気丈に振舞っていたのだろう? 恐らくその疲れが一気にやって来たのだ、時間ももう遅い早く休まれよ」


そう優しくプリームスに言われてアグノスはもうメロメロになってしまった。

元より一目惚れしていた所に、こうやって優しく扱われれば落ちてしまうのは道理であった。



アグノスはプリームスに抱き着くと、

「傍に居て戴けませんか?」

そう弱々しく呟いた。



困惑するプリームスは訊き返す。

「え・・・私がアグノス姫の傍にかね?」



小さく頷くと、アグノスは懇願するように言った。

「お願いします・・・」



傍で心配そうに見ていたメルセナリオが胸を撫でおろして言う。

「ふぅ~心配させるな、姫さん・・・。プリームス殿、姫もこう言っておるし一緒に居てやれ」



助けを求めるようにプリームスは、扉の前に立つスキエンティアとフィエルテを見やった。



するとスキエンティアは仮面の上からでも分かる位、機嫌悪そうに「つーん」とそっぽを向いた。

フィエルテはと言うと、こちらも仮面の上から判断出来る程苦笑しているのが感じ取れた。



『やれやれ・・・』

そう内心で呟きプリームスはアグノスへ告げた。

「仕方ない、仰せのままに」

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