第53話・道化師の遊戯
一応、金銭に関してはクシフォスからかなりの金額をスキエンティアは預かっていた。
そしてクシフォスは返さなくていいと言うので、スキエンティアは有難く頂戴しておく事にしたのだが・・・宿代も払ってくれると言うのだ。
目の前にあるのは、中々の高級感溢れる宿である。
恐らく貴族や、国の要人が滞在する時に使用するような”施設”と言っても過言なさそうであった。
少し心配になってスキエンティアはクシフォスへ尋ねた。
「このような高級な場所に4人も泊まっては、かなりの出費になるのでは? 清潔であれば、安くてもプリームス様は文句など言いませんよ」
するとクシフォスは笑い出した。
「心配するなスキエンティア殿! 王都で起きる謀略を阻止した暁には、陛下からごっそり褒美を頂く予定だからな!」
『成程・・・』
スキエンティアは金銭に関しては気にする事を辞めた。
『では金銭の問題は全てクシフォス殿に丸投げするか・・・』
そんな勢いでスキエンティアは割り切ることにした。
その様子を傍で見ていたフィエルテは心配そうな表情を浮かべる。
この2人は色々規格外な所があって凄いのだが、どうも浮世離れしている気がしてならない。
元王女の自分が思うのだから相当では・・・。
そんな事を思いつつもプリームスが最優先なので、
「そんな事より早くプリームス様を横にして差し上げた方が・・・」
と2人を促すフィエルテ。
「そうだな」
と頷くとクシフォスはプリームスを抱えて、目の前の高級宿に入って行った。
スキエンティアとフィエルテもその後に続く。
この町に着いてから通りすがる人や、すれ違う人の視線が気になっていたフィエルテ。
それをスキエンティアに気になって尋ねてみた。
「師匠、この町の人間が皆、我々を見ているような気がするのです。どうしてなのでしょうか?」
今も宿に入ってから受付係に見つめられているように感じる。
スキエンティアもプリームスもフードなど被らず、その美しい身を晒している為かもしれないが・・・。
スキエンティアは然も当たり前かのように言い放つ。
「伝書鳥などで情報のやり取りをしている輩が、国だけでは無いと言う事でしょう。ならばボレアースで名を馳せたプリームス様と、その取り巻きは注目されてしまいますね」
フィエルテは心配になって来た。
「よろしいのですか? 私達が王都へ向かっている事がバレたら色々困るのでは?」
ニヤリと笑むスキエンティア。
「言いませんでしたか? 王都に着けばプリームス様は身を晒して、周囲の状況を判断し易くすると。この辺りから仕掛けても問題ないでしょう。逆に”相手”の出方が早くなって掃除も早く済みそうですしね」
フィエルテはそのスキエンティアの言い様に唖然としてしまう。
どこからそんな自信が沸くのかと。
いくら武神と呼ばれるクシフォスが居て、地竜を瞬殺するほどの超人であるスキエンティアが居たとしても、国の力には及ばない筈なのだ。
こちらは4人の少数で、相手は軍をも動かすかもしれないのに・・・。
スキエンティアは的外れな事を今度は言いだした。
「あ~、そうか・・・貴女は本国で死んでいる事になっているのですよね? では、フィエルテが顔を晒すのは不味いですね」
そんな事を言っている内にクシフォスが宿泊の受付を済ませてしまった。
「お~い、部屋は2つだ。俺は1人、そっちは3人で使ってくれ」
そう言ってクシフォスはスキエンティアに部屋の鍵を投げてよこした。
「この話の続きは後でしましょう」
そう言って階段を上がってゆくクシフォスの後にスキエンティアは続く。
そしてフィエルテも慌てて後を追った。
クシフォスは一番豪華な部屋を選んだようだった。
貴賓室・・・しかも2部屋。
クシフォスは2人部屋でも少し狭い方を選び、プリームス達女3人へ大きめの部屋を譲ってくれた。
ベッドも2つあり、一つはクイーンサイズで、もう一つは通常のダブル程度の大きさだった。
スキエンティアはコートを脱ぐと、寛ぐかと思いきや出かけると言いだした。
「少しこの町を見回って調べてきます。プリームス様の事はお任せしますよ。それにしても、この辺りになると暑いですね~」
フィエルテは少し慌てた。
大事な主を自分一人で守らなければならないからだ。
「師匠、私一人でなにかあったら・・・」
扉を開けて部屋から出ようとするスキエンティアは、
「大丈夫です。一応、この宿の周囲に警報の結界を張っておきます。これで怪しい者が近づけば私に即伝わりますから」
そう言って笑顔をフィエルテに向けた。
そうしてスキエンティアは部屋から出ていくと、
「どうしても心配ならクシフォス殿をこの部屋に招きなさい」
閉まった扉の向こうから遠のく声がした。
『あんな武骨で下品なお方を、プリームス様が寝ておられる傍などに置けません!』
そう呟き、プリームスの衣服を脱がし忘れている事にフィエルテは気付いた。
すっかり寝入ってしまった無防備なプリームスに触れる。
しかも服を脱がせて下着姿にするのだ。
流石のフィエルテも躊躇われた。
この辺りはボレアースよりも南にある為か気温が高い。
もうすぐ日隠れると言うのに、少し汗ばむほどだ。
ベッドに寝かされているプリームスも寝苦しいのか、時折色っぽい声をだして身をよじった。
プリームスの額を見ると少し汗の露が浮いている。
『あ~私が躊躇ったばかりに、プリームス様を不快な目に合わせてしまうとは!』
そうフィエルテは自己嫌悪すると直ぐにプリームスの衣服を脱がせ始めた。
何とかプリームスから衣服を脱がせて下着姿にする。
そしてフィエルテは備え付けのタオルでプリームスの汗を拭ってやった。
その後は少しでも涼しくなるように部屋の窓をあちこち開けて回る。
「これで大丈夫でしょうか・・・」
ホッと一息をついてプリームスの眠るベッドの傍に屈み込んだ。
そうしてベッドの隅に顎を乗せてプリームスを見つめる。
「本当に美しいですね、プリームス様は・・・」
そうウットリ見つめていると、フィエルテを急な眠気が襲った。
眩むほどの眠気。
有り得ない・・・まるで気絶する直前のような感覚。
明らかな異変にフィエルテは危機感を覚えた。
『これは何か、外部からの作為的な?!』
フィエルテは何も考えられなくなる程の微睡に突き落とされてしまった。
プリームスの傍に音も無く忍び寄る者が居た。
それはクシフォスでもスキエンティアでも無く、道化師のような仮面を被った男だった。
「まさか私と同等の能力をお持ちと言うのか? こんなに早くこの町に来れれるとは・・・」
そう静かに呟くように、その男は言った。
”死神アポラウシウス”
南方諸国のみならず、東方、西方にも名を轟かす恐ろしい人物。
その正体を詳しく知る者は居ない。
また盗賊ギルドの長とも言われ、金を積めばどんな難事でも引き受け完遂してしまうと言う。
そして何よりも個々の武力では最強と称され、武神と呼ばれるクシフォスでさえ警戒する人物であった。
アポラウシウスはフィエルテなど気にも留めず、プリームスに近寄る。
そしてその手が優しくプリームスの肌に触れた。
「なんと美しいのでしょうか。まさに存在自体が宝石、いや至宝とも呼べる・・・」
さらにその手がプリームスの細く華奢な腹部に触れる。
「貴女を手に入れる事が出来れば、恐らくこの世界を滅ぼすことも可能なのでしょうね・・・しかしそれでは面白くない。面白くするには私もプリームス様も舞台に立ち過ぎてはいけません」
そう言い、その手はプリームスの胸に触れようとした。
その時、プリームスの眠るベッドが大きく揺れた。
同時に白く鋭い一閃が死神に迫り、驚愕し彼は目を見開く。
死神アポラウシウスにの首にショートソードが突き付けられていたのだ。
「これはこれは元王女様、お目覚めですか・・・」
と突き付けられたショートソードの切っ先を気にする事無く、死神は言い放つ。
死神アポラウシウスの動きを制したのは、気を失った筈のフィエルテだった。
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