第51話・王都へ向けて

プリームスはフィエルテに”只の石”のような物を手渡す。

そしてフィエルテへ5分程握っているように告げたのだった。



これを使って”身内”になるフィエルテに贈り物をするとプリームスは言うのだが、それ以上の説明はしてくれない。

『いったい何をなさるのか・・・』

プリームスと一緒に居ると、驚きと疑問が尽きないフィエルテ。



分かっている事は、プリームスの右手の指にはめられた指輪が、収納魔法が付加された魔道具で有ると言う事。

そして同じような物をフィエルテに贈ってくれると言う事だけだ。



フィエルテが石を握っている間、居心地よさそうにプリームスが自分に身を預けている。

そんなプリームスの様子を見ていたら、浮かんだ疑問などどうでも良くなっていた。



5分経過したのかプリームスがフィエルテの手にソッと触れて、

「いいぞ、その石を私に貸しなさい」

と言った。



急に触れられたのでドキッとするフィエルテ。

言われたように湯舟の中で手を開き、握っていた石を露にする。

プリームスはその石を摘まむと、湯舟から上げてフィエルテにも見える様に翳した。



その只の石だった物は淡く紅に輝く宝石の様に見えた。

するとプリームスは少し驚いたように呟く。

「ほほう、私と似たような魔力属性を持っているな。これは良い才能だぞ」



良く分からないがプリームスに褒められたようで、フィエルテは嬉しかった。

「左様ですか」



それからプリームスは傍に合った腰掛けの上に、淡く紅に輝く石を置いた。

更にどこから取り出したのか、銀色の簡素な指輪をその傍に一緒に置く。

そしてプリームスはそれに片手をかざして詠唱し始めた。



「この魔力を以って認識のカギとせよ・・・エンチャント、タウィーザ・ミフターフ。固有の世界を以って其の物に恩恵を・・・エンチャント、インフィニート・トラステーロ」



古代マギア語で紡がれた言葉が魔法を誘い、石と指輪を中心に小さな魔法陣が発現した。

その後、一瞬にして魔法陣も、淡く紅に輝く石も光を失ってしまう。



石はまさに只の石に戻ってしまった。

一方、一緒に置いた指輪の方は、何も変化が無いように見える。

そうするとプリームスは言った。

「さぁ、手に取ってごらん」



言われた通りにフィエルテは指輪を手に取り、プリームスと同じように右手の指に通した。

しかし使い方が分からない・・・。

元々収納する鞄や箱などではないので、扱いが全く分からないフィエルテ。



そんなフィエルテを見てプリームスは微笑んだ。

「魔力を込めて”タウィーザミフターフ”と念じれば良い。それで指輪に収納されている物を確認できる。今は中身が空ゆえ、目の前に表示されている物は空欄だがね」



言われた通りに実行してフィアルテは驚愕した。

そんなフィエルテを他所にプリームスは説明を続ける。

「収納したい物があれば指輪を近づけて”トラステーロ”と念じる。取り出したければ、収納欄を表示させて出したい物を念じれば良い」



フィエルテは驚きを通り越して呆れてしまった。

こんな小型化された収納魔道具を初めて見たからだ。

それをいとも簡単に作ってしまったプリームスは、もはや存在自体が秘宝と言えた。



こんな事が”身内”以外の他人に知れたら大変な事になってしまう。

世界中に有る多種多様な組織や国家に、その身柄を狙われてしまうに違いないのだ。

『秘匿し、プリームス様を守らねば・・・』

そうフィエルテは心に誓った。



そして愛おしくて守らねばならないプリームスをフィエルテは抱きしめた。

「有難うございます。大事に致します、プリームス様・・・」


その言葉は指輪に対してか、はたまたプリームスに対してなのか・・・。

プリームス自身に知る由も無く、只相槌を打つように軽く頷いてしまうのだった。






プリームスとフィエルテが湯浴みを済ませて浴室から出ると、ナヴァルが待っていた。

「クシフォス様の準備が出来ました。中庭に来て頂きたいとの事です」

そう2人にナヴァルが告げた。



相変わらず露出度の高い衣装を着たままのプリームスとフィエルテ。

厳密にいえば露出度が高いでは無く、そう見えてしまうのが正しいのだが・・・。

そんな二人を見てナヴァルは目のやり場に困ったいた。



ナヴァルと共に中庭に来ると、スキエンティアとクシフォスが2人を迎えた。

クシフォスは王都へ向かう長旅だと言うのに、殆ど何も持たない軽装でかなりのご満悦だ。


その様子を見たフィエルテは、

「ひょっとしてクシフォス様も・・・プリームス様から収納の魔道具を頂いたので?」

そう気になってクシフォスに尋ねた。



「おうよ!」

と言うとクシフォスは腕に付けたブレスレットをフィエルテに見せびらかした。



フィエルテは少し困惑した表情でプリームスを見つめる。

「プリームス様・・・”身内”として収納の魔道具を頂いたのは私だけではなかったのですね?」


プリームスは自分より大柄なフィエルテを抱き寄せると、

「よく見て見ろ、あれはブレスレットだ。お前にやったのは指輪であろう? 私の大事な”身内”には、指輪を贈るのが私の方針だ」

安心させるように優しく言った。



そう言われてフィエルテは首を傾げる。

「では、あのようなブレスレットは、どういった意味なのでしょうか?」



少し逡巡してしまったプリームス。

何故なら口から出まかせだからだ。


しかし表情には出さずに上手く溜めたように見せかけた。

「あれは信用のおける友人に贈るものだ。只のオッサンには、あれで十分であろう」

と笑いながらプリームスは答える。



すると安心したのかフィエルテはニッコリ微笑んだ。

「左様でしたか・・・」



しかしオッサン呼ばわりされたクシフォスは納得いかない様子。

「おいおいおい、酷い言われようだな。ちょっと傷ついたぞ」



クシフォスの機嫌は損ねたものの、フィエルテの上機嫌は何とか維持出来た。

従者の気分を気にする主とは、これ如何に・・・。

そう思いつつもフィエルテを可愛く思ってしまうプリームス。



そんな3人のやり取りが落ち着くのを確認して、スキエンティアがクシフォスへ言った。

「ここから王都までの距離は100kmと伺いました。通常の移動手段ではどの程度かかるのでしょうか?」



すると切り替えの早いクシフォスは直ぐ答えた。

「山、峠、渓谷と有るからな・・・1週間はかかってしまう」



「この人数を転送するなら50kmが限界かと思う。直線距離でその辺りに村か町は無いか?」

そうプリームスが真剣にクシフォスへ問う。


「ある」そうクシフォスは言うと、地図をブレスレットから取り出して地面に広げた。

そして地図を指し示しながら説明しだす。

「ここから真南50kmの場所に宿場町がある。このボレアースよりは規模は小さいがな・・・ポサダという町だ」



それを聞いたプリームスはその場に屈み込み、片手を地面に着いた。

「では早々始めるぞ」

そうプリームスが言い放つと、自身を中心に半径1.5m程の光の魔法陣が地面に浮かび上がった。

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