第37話・時間逆行

プリームスはフィエルテから言質を引き出した。



火傷で重傷を負い病に伏したその身体を元に戻す。

そしてフィエルテが望む力を与える事。

この2つの願いと引き換えに、プリームスは忠誠を得たのだ。



フィエルテの容態を確認するように、プリームスはフィエルテの包帯を解き始めた。

火傷は身体の右半身を覆い化膿してしまっている。

普通なら助からない重度の火傷だ。



そんな自分の状態を見てフィエルテは不思議に思う。

『どう治療すれば以前のような状態に戻れるというのか・・・本当に助かったとしても、もうこの醜悪な火傷の痕は消せまい』



すると駆け寄るようにプリームスとフィエルテの居る個室へスキエンティアがやって来た。

「プリームス様・・・まさかその者を迎えると言うのですか?」



クシフォスも個室の中を見ると顔をしかめた。

「う~む・・・これは・・・」


タクサはと言うと少し怯える様に、個室の外からプリームスとフィエルテを見つめている。




プリームスは背後の2人を一瞥し、不満そうに言った。

「何か異論でもあるか? 任せると言った手前スキエンティアには悪いが、私はこの者が気に入ったのだ」



スキエンティアはフィエルテを見つめながら思案した。

そして少しの間の後にプリームスへ告げる。

「”才”は問題無いように思います。しかしこの状態では・・・」



立ち上がったプリームスはフィエルテへ視線を戻し言い放つ。

時間逆行クロノス・レトラグレイドウを使う」



取り乱したように慌てるスキエンティア。

「な! なりませぬ! あんな危険な魔法を使用するなど! 今のお体ではたとえ成功したとしても、プリームス様自身が只では済みますまい!」



これ程取り乱したスキエンティアを見たのは、クシフォスも初めてだった。

故に、プリームスがこれからしようとする事がどれ程危険かは容易に理解出来た。


クシフォスも心配になってつい差し出口をしてしまう。

「プリームス殿、自身を守る従者を得るために、その従者を命がけで救うのは矛盾していると思うが。それにそのクロノ・・・なんちゃらは、成功率が低そうな言い回しだしな・・・」



クシフォスを見てスキエンティアが切迫した様子で答えた。

「以前、十分万全な状態でプリームス様が使われた時は成功しましたが、その後昏倒して一月程目を覚まされませんでした」



今度はクシフォスが慌てだした。

「おいおいおい! まだ恩も返しきれていないと言うのに、死なれては困る!!」



苦笑するプリームス。

「待て待て、誰が死ぬのだ。心配するな、以前使った時はリンカーネーションという超高度な魔法を併用したからだ。覚えているだろう? スキエンティア・・・」



少しションボリと俯くとスキエンティアは呟いた。

「はい・・・私の命を救っていただいた時です」



「ならそこで黙って見ていろ。同じような境遇の仲間が増えるだけであろう。お前に口をはさむ権利はない」

そう冷たくあしらうプリームスはフィエルテを見つめる。


そして、

「すまんな、外野がうるさくて・・・では始めるぞ」

と優しくフィエルテへ告げた。



小さく頷くフィエルテ。



左手を胸に置き、右手をフィエルテにかざすプリームス。

すると個室の床を覆う光の魔法陣が形成される。

慌てて個室の外へ出て、状況を見守るスキエンティアとクシフォス。


タクサは見た事も無いその状況に目を見張った。



プリームスが古代マギア語で詠唱を始める。

「全てを記憶し全てを記す時空よ・・・今我が求めし過去を復元せよ。時間逆行クロノス・レトラグレイドウ



その刹那、フィエルテの身体が光に包まれた後に淡く発光する。


そして更に魔力を注いだのか、プリームスの手が震えその表情が険しくなった。

しかしフィエルテの容態に何の変化も起こらない。



プリームスは自嘲した。

『容態からするに1週間もたっていない筈だ。しかし1週間もの時間を戻すのはこれ程困難とは・・・』



想像以上の魔力の消費と精神の摩耗で、プリームスは堪らず片膝を着く。

しかしここで辛いからと言って魔法を止める訳にもいかない。

それは再び時間逆行を使える魔力が残っていなかったからだ。



固唾を呑んで見守っていたスキエンティアの目が見開かれた。

フィエルテの火傷痕が薄らいで消え始めたのだ。




時間逆行を発動させて既に5分が経過する。

フィエルテの姿は、先程までの焼けただれ化膿した醜い姿は見る影も無く、美しく若い女性の肌を見せていた。



プリームスの表情から険しさが消える。

次の瞬間、足元の魔法陣が消失し個室内は薄暗さを取り戻してゆく。

そして力無く崩れるようにプリームスはその場に倒れてしまった。



慌てて駆け寄ったスキエンティアがプリームスを抱きかかえる。

「陛下・・・またこんな無理をなさって!」



気を失ってはいるが命に別状は無さそうで、スキエンティアは胸を撫でおろした。

そうすると心配そうなクシフォスの声がする。

「だ、大丈夫なのか?!」



愛おしい主を抱きしめ、スキエンティアは小さく頷くのだった。

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