第15話・軍行の訳と後悔

クシフォスはプリームスを抱えたまま、既に1時間は歩いていた。

足場も良くない鬱蒼と茂った森の中をだ・・・。

病み上がりにも関わらずこのタフさは、感心を通り越して驚愕の域である。



心配になってプリームスはクシフォスに問うた。

「クシフォス殿・・・私を抱えたままで疲れないのか?」



クシフォスはニカッと笑い答える。

「苦にはならんよ。戦時中の装備なら重さはこの比では無いからな」



少し安心したプリームスは笑みを浮かべて、クシフォスの整った精悍な顔を見つめ言った。

「そう言えば、クシフォス殿がこの森に来た理由を聞いていなかったな」



器用にショートソードを振り回して、枝を払って進むクシフォス。

プリームスに木々の枝が当たらないよう気を使っているのだ。

そんな配慮に長けた彼は、今更ながら失念していた様に呟く。

「うん? ああ・・・後で話すと言ったか」



クシフォスは正面を見据えたまま話し出した。

「俺の領地が混沌の森に隣接していると話はしたな。近頃は死熱病だけで無く、強力な魔物まで森から迷い出てくる始末だ。それで森の境に近い村や町に被害が出始めた。領主としては放っておけんだろう」



プリームスは静かに頷いたが、正論が口を突いた。

明らかに軽率だからだ。

「だが領主自ら出張るのは問題があるのでは?」



溜息をつくクシフォス。

「勿論、先遣調査隊や対策の部隊を送ったが、上手くいかなかった。病にしろ魔物にしろ予想以上に規模が大きくてな・・・最終的に師団を率いて俺が出張った訳さ」



まだプリームスは納得がいかなかった。

「なるほど・・・しかし混沌の森にまで来る理由に説明がつかないが?」



すると背後からスキエンティアが口を挟んで来た。

「全ての原因がこの混沌の森にあると思われたのでしょう?」



クシフォスはスキエンティアを一瞥すると頷いた。

「その通りだ。故に俺は魔物を処理した後、この森の調査に向かった」


まるで見知ったようにスキエンティアが続けた。

「そして上手くいかなかったと・・・」



それを聞いたクシフォスが、何とも残念で無念そうな表情をする。

「うむ・・・死熱病にかかった兵達は、次々と命を落として行ってな・・・。その上魔物に襲われ、終いには遺跡で転送装置が誤作動してこの有様だ」



プリームスは知らなかったとは言え、キツい物言いだった自分を恥じた。

兵や民を失う辛さは、己もよく分かっているというのに・・・。

力無く片手でクシフォスの頬に触れるプリームス。

「すまない・・・私がとやかく言う事では無かった」



クシフォスはドキッとした。

この世の物とは思えない美しさを持つプリームスに、間近で見つめられたからだ。

「いや、気にしないでくれ。俺が軽率だったのは確かだしな」


そしてプリームスから目を逸らし続けた。

「だが収穫が無かった訳でもない」



意外そうにプリームスは相槌をうった。

「ほほう」



自嘲するようにクシフォスは笑む。

「まぁ、身をもって得た情報と言うか・・・気付いた事だ。この混沌の森は、外周に近い地域に強力な魔物が徘徊している。もとい生息していると言った方がいいのかな?」



興味深そうなスキエンティアの声がした。

「それは面白いですね。普通は人の立ち入らない地域は、深部に進む程強力な魔物が生息していたりするのですが・・・」



頷くクシフォス。

「その通りだ。迷宮や巨大な地下遺跡などがいい例だな。だが混沌の森は、外との境界から森の深部に向けて20km前後まで危険な地域になる。それより先は、突然魔物の気配が無くなるのだ」



黙って聞いていたプリームスが、次にクシフォスが言いたい内容に気付いたのか、代弁するように続いた。

「つまり今歩いている場所が、魔物の居なくなる地域という訳だな」



ニヤリとプリームスに笑みを向けるクシフォス。



確かにクシフォスと外を目指しているが、魔物らしい魔物に一度も遭遇していないのだ。

しかもクシフォスと出会う前からプリームスとスキエンティアは、魔物の気配すら感じていなかった。



混沌の森に入り深部を目指せば、初っ端から強力な魔物との遭遇に苦しめられる。

しかも死熱病の感染リスクも背負って。

だが20km程進む事が出来れば、突然魔物の気配が無くなる。



これらから導き出される答えは、一つだった。



「恐らく何者かが混沌の森への侵入を阻害している」

と独り言のようにプリームスは言った。



唸るような声をクシフォスは漏らす。

「う〜む・・・これだけの規模ゆえな、人を超えた超常の存在かもしれん。または我々の知らない神や魔人の仕業かもしれん」



スキエンティアが少し感心したように呟く。

「たとえ魔物の徘徊する地域を抜けれても、死熱病でとどめを刺すという訳か・・・。深部に何か隠しているのか?」



クシフォスは諦めたように首を横に振った。

「残念だが我々にはそれを確かめる力が足らない。それに結局は死熱病の原因を、俺自身で解き明かす事が出来んかったしな」

そして深く溜息をつく。

「兵を失い、全ては徒労に終わった訳だ・・・」



「そんな事は無い。私達と出会えただろう」

風邪で衰弱しているが、プリームスの声には自信と覇気が籠っていた。



見た目だけなら己が年齢の半分にも満たない少女に、クシフォスは諭された気がした。

故に本来なら不敬だと叱責する場面だろう。


しかしこの美しい少女の内には、クシフォスの何倍もの経験と英知が凝縮されているように感じる。

そんな人物に「徒労に終わってなどいない」と暗に言われたのだ。

嬉しくない訳がなかった。



「そうだったな・・・頼りにしているぞプリームス殿」

照れを隠す為にクシフォスは、横を向いてそう言うしか出来なかった。

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