第10話・クシフォス・レクスデクシア

夜の帳が下り一刻が過ぎた頃だろうか、プリームスによって治療された男性が薄っすらと目を開けた。



「陛下、意識が戻ったようです」

とスキエンティアが、うたた寝をしていたプリームスに囁くように報告する。



周囲が暗くなっている事に気付き、プリームスは淡い光を放つ照明魔法を発動させた。

直径10cm程の淡い光の球体は、プリームス達を照らすように高さ2mの空中で停滞する。



プリームスは仰向けに寝かされた巨軀の男性に近づき、優しく声をかけた。

「喋れるかね? 何かして欲しい事は?」



すると男性は小さな声で呟くように言った。

「水をいただけないか?」



この男性の言葉が理解出来て、プリームスは胸を撫で下ろす。

若干の訛り・・・もしくは僅かな違いではあるが、以前居た世界の共通言語と同じだったのだ。



収納機能がある指輪から、プリームスは水が入った革袋を取り出した。

その様子を見ていた巨軀の男性は至極驚いた顔をする。



そしてスキエンティアが男性を支えて、上半身を起こさせる。

そのままプリームスが蓋の空いた革袋を渡してあげた。



男性は力無く革袋を受け取ると、ゆっくりと水を飲み出した。

随分衰弱していたようで、あと少し処置が遅れていれば助からなかったかもしれない。



革袋をプリームスに返すと、男性は力なく首を垂れた。

「ありがとう。死を覚悟していたのだが、まさかこんな場所に助けが来るとは思わなかった」



リームスは警戒させないように、男性に笑顔を向けて言った。

「私はプリームス。そして貴方を支えているのが私の従者で、スキエンティアと言う」



男性も笑顔を浮かべて2人を交互に見やる。

「すまない名乗り忘れていた。俺はクシフォス・レクスデクシアと言う者だ・・・よろしくたのむ」



このクシフォスなる人物が何故このような場所にいたのか、プリームスは気になった。

一面大森林な上、何が起こるか分からない場所で単独行動は自殺行為と言えるからだ。



すると先にクシフォスがプリームスに問いかけて来た。

「プリームス殿は・・・魔法を使われるようだな。従者も連れているし出で立ちからして、それなりの身分の方では?」



プリームスはスキエンティアを一瞥する。

余計な事は言うなよ・・・という合図だ。

「まぁ、そうなるかな。今は訳有って2人で旅をしている。で、色々不測事態に見舞われてこの場所にいるのだが、現在地がさっぱり分からなくてね」



野営の準備をしだすスキエンティアを横目に、クシフォスが唸る仕草をした。

「なるほど、では転移装置でここに飛ばされた訳か・・・災難だったな」



『転移装置?』

と内心で訝しむプリームス。



顔には出さなかったつもりだが、何となく察したのかクシフォスが補足するように話し始める。

「この広大な混沌の森、ハオス・ヒューレーは至る所に転移装置が存在する。全て大転倒前の遺跡の物だが、どことどこが繋がってるのか正確には分かっていないんだよ」


そして溜息をつき続けた。

「それでな・・・俺や貴殿達の様にウッカリ転移装置を発動させてしまい、遭難すると言う訳だ」



少し思考してからプリームスはクシフォスに問う。

「クシフォス殿は、この森の調査にでも来たのかね? しかも一人で?」



クシフォスは疲れた様子で答えた。

「いや、元は一人じゃない。大規模な調査隊を指揮していたんだが・・・皆、ここの強力な魔物にやられたり、俺のように病気にかかって命を落としてな」



プリームスは、”大転倒”という言葉が気になった。

それに世界の状況、この広大な”混沌の森”の事も詳しく知りたい。

このクシフォスから出来るだけ情報を引き出す必要がありそうだ。



”混沌の森”・・・。

プリームスが元居た世界の魔界マギア・エザフォスにも”混沌”が存在した。

それは”混沌の大地”だ。

似た名前だが、何か関係が有るのか?

それとも偶然なのか?



スキエンティアが野営の準備を終え、火を焚き食事の準備をし始める。



ここで焦っても仕方ない。

取りあえずは、英気を養って明日以降の行動に備える事にする。

クシフォスも病み上がりで直ぐには行動出来ないだろうし。


そう考えプリームスはクシフォスにもう少し横になるように言った。



その後は、軽く食事を摂ってもらい安静にさせる。

死熱病は体力を消耗させる病だ。

故に先ずは体力の回復を優先させる事にした。

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