第3話・終末の先にあるもの

プリームスは、身体に全く力が入らなかった。


右胸に突き立てられた聖剣に左手で触れようとしたが、それさえも出来ない。

そして右手に握っていた炎魔剣も力なく床に落としてしまった。



ディケオスニーは、プリームスから聖剣を引き抜くと告げた。

「この聖剣は傷付けた対象の魔力と生命力を中和してしまう。かすり傷程度ならまだしも、これほど深く体内に刃が到達しては、もはや魔王とて魔力での自己回復は不可能だろう」



仰向けに床へ倒れ込むプリームスの目は、儚く虚空を見つめる。

まるで全てが終わり、意志も命も尽きかけている様に・・・。



ペンシエーロが懐から取り出した手ぬぐいで血まみれの顔を拭い、プリームスへ歩み寄った。

「並みの魔族なら、今の一撃で即死だった筈。まだ息があるとは・・・さすが魔王と言うべきか」


ベーネも倒れたプリームスへ、ロングソードを鞘に納めながら駆け寄る。



「・・・さぁ止めを刺すが良い。この戦に幕を下ろそう・・・」

プリームスは朧げな意識の中で、そう静かに告げた。



ディケオスニーは鞘に聖剣を収めると、倒れたプリームスの傍に屈み込み言った。

「戦はもう終わっている。我々が求めるのは、元より貴女の命ではない」



ベーネもプリームスの傍に屈み込むと胸の傷に手をかざした。

「汝に神の癒しを・・・」

すると温かで柔らかな光がベーネの掌から発せられ、そして僅かだがプリームスの傷が塞がってゆく。



ディケオスニーが突然プリームスに対しておかしな事を言い出す。

「プリームス魔王陛下・・・もし貴女が生まれ変わったなら、どのような人生を望みますか?」



戸惑うプリームスはディケオスニーの目を見つめる。

この男の真意を看破しようとしたが、その言葉は到って本気の様子だ。



諦めたプリームスは、少し考えるとゆっくりと語りだした。

「私は最近になって錬金術に凝っていてな。自分で物を作るのも面白いが、巧みに造られた素材に便利な能力や魔法を付加するのが楽しくて・・・」


そして溜息をつくように深く息を吐いた。

「争いばかりでは心が荒む・・・もし次があるならば、そう言った物造りの人生も良いかもしれんな」



そう話しているとプリームスの胸の傷が塞がり、ベーネは手を引っ込めた。

しかし身体には倦怠感が残り、上手く動かない。

おそらく聖剣により傷付けられた為、一種の呪いのような効果が残ってしまったのかもしれない。



ペンシエーロがプリームスを見下ろしながら言った。

「貴女の願い、叶える事が可能かもしれんぞ。ただ、この世界では無い場所となるが・・・」



訝し気に問うプリームス。

「どういうことだ?」



ディケオスニーは、鞘に収まった聖剣をプリームスに見せ言った。

「この聖剣は魔族に対しての最終兵器として古くに作られたと言われている。特に絶対強者である魔王に対しての武器として・・・しかしそれだけでは無く、倒せない程相手が強大であった場合、対象を封印する力も備わっていたのです」



「封印・・・」

プリームスは少し驚きはしたが、自分を一瞬で無力化させた聖剣なのだ、その程度の事は可能だろうと思った。


だがプリームスの願いと、それがどう関係を持つのだろうか?



ディケオスニーは「ニッ」と笑みをプリームスに向けた。

「では、ここからが本題・・・いや、交渉と言うべきか」


真剣な表情を浮かべディケオスニーは話し出した。

「我々人間側に存在する最高統治機関”教会”の事は、プリームス陛下もご存じでしょう。その教会が、魔族の大元老院と繋がっている事はご存じですか?」



プリームスは身を起そうとするが、体に力が入らず起き上がれそうになかった。

それを見かねたベーネが背中を支えてプリームスの上半身を起こしてくれた。

何となく礼を言ってしまうプリームス。

「すまない・・・」


兜の奥から少し畏まったようなベーネの声がした。

「いえ・・・」



プリームスはディケオスニーに視線を向ける。

「薄々は気付いていた。数千年も続く人間と魔族の抗争が、一向に決着がつかず常に痛み分けに終わっていたからな。これは長年に渡って仕組まれた抗争だと考えるのが妥当だろう」



ペンシエーロは不快そうに眉をひそめた。

「教会と大元老院は、自分達の富の独占と裏から世界を統治するために定期的に戦争を画策していた。魔族と戦争をすればグラース・テーレの地の人々は疲弊し、教会に盾突く力も失われると言うものだからな」



自嘲するようにプリームスは続いた。

「そして大元老院は、魔王が自分達を脅かす存在にならぬ様に人間と戦わせた訳だな」



頷くディケオスニー。

「その通りです。私はこの繰り返される陰謀を阻止すべきだと・・・そして教会も大元老院も滅ぼすべきだと考えてきます」



プリームスは瞳を閉じ思案する。

自身、似たような考えを持たなかった訳では無かった。

しかし大元老院を滅ぼそうそすれば必ず教会が動くだろう。


そして教会を滅ぼそうとすれば、人間の連合軍もしくは統一した人の覇王と戦う羽目になる。

しかも背後を大元老院に脅かされる事となり板挟みだ。



故にプリームスは自身を慕う者達を守る為に、”魔王”として人と戦うしかなかったのだ。



ディケオスニーは真っ直ぐにプリームスを見つめ言った。

「私は先ず教会を滅ぼすために時間をかけて策を講じます。そして必ず貴女の力が必要な時がやって来る・・・その時までに、陛下には身を隠してもらいたいのです」



難しい顔をして考え込むプリームス。

「身を隠す・・・難しい話だ。それに私は卿らを信用した訳ではない」



ベーネが兜を脱ぎ、寂しそうな表情でプリームスへ告げる。

「魔王陛下、、、私は貴女の生きざまに心を打たれたのです。王で在りながら最前線で陣頭に立ち、敵軍の真っただ中で戦う貴女の勇姿に・・・。私は決してあなたを裏切るなど致しません」



まさか少女の様に可憐な人間から、慕われるなど思いもしなかったプリームス。

答えに窮して「う~む」と唸るしか出来なかった。



ペンシエーロは苦笑して言った。

「魔王陛下、もはや敗残の身であろう。ここは我らの言に従うしかあるまい? 悪いようにはせんよ」



まさにその通りだと思いプリームスは諦めることにした。

どのみち死ぬしか道が無かったのだ、この先どうなろうが恐れる事など何も無かった。

「分かった・・・実際に私にどうせよと?」



ディケオスニーは聖剣をポンポンと叩いて言った。

「この神器の真の能力を使います」


不思議そうに首を傾げるプリームス。

「真の能力? 封印の事かね?」



頷くディケオスニー。

「はい、ですが厳密には封印ではありません。正しく言うならば、次元転移魔法を行使する事が可能・・・と言う事です。過去の勇者たちは、この次元転移を封印と勘違いしたのでしょうね」



補足するようにペンシエーロが説明を続けた。

「対象の存在を、一見してこの世界から消してしまうのだからな、封印も次元転移も残された者からすれば、同じようなものだ。その上、行先も指定出来ぬ故なおさらだろう」



少し心配そうな顔をしてプリームスはペンシエーロに問うた。

「つまり私を次元転移させる訳だな。しかし・・・どうやってその聖剣の能力を知った?」



ペンシエーロは自慢げな顔する。

「近頃は戦場に身を投じてきたが、これでも教会の中枢に居た人間だぞワシは。聖剣の細かな情報が記載された古文書を、読み解く機会など幾らでもあった。まぁ、偶然見つけたんだが・・・」



そんなペンシエーロの様子を見て、笑みを零してしまうディケオスニー。

「しかもその古文書には古い魔族の文字で、聖剣の取り扱いが記されていたんです。殆ど暗号化されていたので、今まで誰も解読出来なかったのでしょうけど・・・。そして記されていた聖剣の取り扱い内容には、転送と召還があったのです」



「なるほど・・・」

プリームスはそう呟き疲れたように瞳を閉じると、記憶を辿った。

確かにプリームスが解き明かした魔術の中に、対象を他次元に消し去る魔法が有った。

しかしそれは魔力の消費が大き過ぎるのと、行き先が、とても”人”が存在出来る場所では無かったのだ。



脆弱な人間の魔力で、果たしてそれが可能なのかプリームスは今更ながら心配になるのだった。

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