第9話 世界を支配したい者【短編】
『世界を支配したい者』
どうして、周りの人間は自分の思い通りにならないのだ。
上司になる国王も、血が繋がった父や兄ですら、自分の存在を疎んでいた。
——――どうして自分は、何も手に入れられないのだろう?
全てが欲しいというのに、何も持たない心は、いつもいつも飢えていた。
◇ ◇ ◇
「え、あの人は···まさかあのワハイ···様?」
「うわ···不気味···」
「こないだも店の女を殴ったって···近寄らない方が良い···」
王都のど真ん中を悠然と歩く低身長の男に向け、周囲の皆は小さな声で囁き合う。
——―ワハイ・ウェルポールは黒いローブで顔を隠していたが、フードをより深く被り、チッと舌打ちした。
「お前は本当に嫌われ者だなぁ、ワハイ。皆、俺様の炎で焼いてやろうか?」
「···構わない。どうせ殺すなら···一気に王都の奴等を皆殺しにしてやるんだから···」
自分の肩に乗っている黒いトカゲは、けらけらと笑う。口を開けるたびに出てくる舌は、鮮血のように真っ赤だ。
(···ここが、噂の機械人形屋か···)
ワハイは王都の大通りにある店の前で立ち止まり、すぐにその扉を開けた。
——-扉を開けた瞬間に、軽やかな音楽が流れ、咄嗟にワハイは構える。
(何だ?魔術?魔法?この音楽は···っ)
「いらっしゃいませ、お客様。機械人形屋にようこそ。···そう、怯えないで下さいませ」
機械人形屋の店内は、奇妙な作りになっていた。
まず、2つのカウンターがあるのだ。
1つは鉄やら銅の屑が整然と並べられているカウンターだ。見たこともないようなそれらの姿を見て、ここが―――機械とやらを専門に作る店だということを理解する。
そのカウンターにいる、まさに絶世の美少女と呼ぶべき美貌の者が、優艶に微笑んでいた。
「これは私が作成した、機械による音楽です。攻撃はしませんので、ご安心を」
「···機械による音楽、だと?誰かが演奏している訳でもないのに···音楽が聞こえるとは···?」
この世界での音楽とは、誰かが演奏しなくてはならない。周囲を確認しても、黒いドレスをまとった美貌の少女は何も持っていないし―――もう1つのカウンターに座る地味な少女も、分厚い魔術書を読んでいたらしく、楽器など何も持っていない。
「···え···っ!?あ、あなたは···王都第2魔術師団長の、ワハイ・ウェルポール···様!?」
枯葉色の髪、翡翠の瞳の少女が顔を強張らせていた。
少女が座っていたもう1つのカウンターは、さも魔女が営む魔術屋というように古い魔具や魔術所が積み重なって、雑然と並べられている。
カウンターもそうだが、店内にいる2人の少女は対照的だ。
地味な顔の少女は、恐らく魔女であろう。白い装束を着ており、随分地味な顔立ちだが、それを愛嬌と評する者もいるだろうし、醜女だと言う者もいるだろう。―――少なくとも、ワハイは興味がない。
もう1人の美貌の少女は―――何者だろう?人間でも魔女でもないと、魔術師であるワハイにはわかるが、恐ろしいほどの美貌だ。豊満な身体がわかる黒いドレスは蠱惑的で、ワハイは彼女に興味をそそられた。
露わになっている白い首に、何故だか2本の黒い線が刻まれている。
「あは、田舎の魔女でも知っているようなご高名な御方が、この度は機械人形屋に何をお求めでしょうか?」
「田舎の魔女って···!リオさん、失礼ですよ!···あ、わ、私はカレンと言います···。ウェルポール公爵様」
美貌の少女はリオ、地味な魔女はカレンと言うらしい。自分はどかりとリオのカウンターの前の椅子に腰かけ、フードを取り去った。
「いかにも、僕は魔術師団長のワハイ・ウェルポール公爵だ。ヴォルデモンド16世陛下から、ここのことは聞いている。僕は公爵家であり、魔術師長だからね。国王から直接この店の話は聞いた」
尊大に、ワハイは言った。
ぶくぶくと太った巨体、低身長。丸々とした頬の張りから、20代前半くらいに見えると言われるが―――悪魔と契約している自分の実年齢は、もう50歳にもなる。
周りからは、醜男と評される崩れた顔をしているのは、自覚していた。
ちなみに、公爵家と自分は豪語しているが―――自分は次男だ。
「···リオ、さん···」
「何?お客様に対して、何か失礼だよ?―――ワハイ様、大変申し訳ございません」
ファーストネームで呼ばれたことに、ワハイは心が弾んだ。
(この女、僕に気でもあるんだろうか?···悪くないな)
「···君がニホンとかいう異世界から来た女だろ?国王陛下が言っていた」
「はい、私は2200年のニホンから参りましたリオと言います。――私が魂の器となる機械人形を制作し、カレンが魂を呼び寄せます。でもあなたが魔術師団長なら、今回カレンはお役御免でしょうか」
「―――いや、別に手伝わせてやっても良い。金なら十分にあるからな。持たざる者は、十分な施しを受けるが良いさ」
クッとワハイが笑うと、カレンは生意気にもムッとしたように眉を吊り上げた。
——-少しは顔を隠せよ、地味女が。と、ワハイも彼女を睨む。
しかし実際、ワハイが蘇らせたい者は―――自分1人では荷が重すぎる。
カレンの魔力が必要なのだが、そんなことはおくびにも出したくなかった。
「僕が蘇らせたいのはね、ザッハーク。人間名で言えば、アジ・ダハーカ様だ。できるか?」
「―――え!?」
自分が何てことのないようにさらりと言うと、カレンは目を大きく見開いた。
リオは首を傾げる。
「ザ、ハーク···?」
「···駄目です!!リオさんっ!!幾ら公爵様のご依頼でも、このお仕事はお受けできません!!」
「いやだからカレン、さっきから失礼だって」
「だってザッハークですよ!?1000年もの間、人間に化けて大陸を支配した悪竜です!そんな化け物を蘇らせたら、大変なことになります!!」
リオは柳眉を密かに吊り上げ、ワハイと向き合った。
「あなたは何故、その御方を蘇らせたいのですか?」
自分は両腕を組み、ふんと鼻息を鳴らす。
(何故?そんなの、決まっているだろう···)
2人とも、馬鹿だな。
特に女は、頭が足りなくて困る。
―――いや、自分以外の全ての者は愚かで、頭がまわらない。
(世界を支配したいから、僕はザッハークを蘇らせたいんだよ)
◇ ◇ ◇
「ザッハークは、本来3頭、3口、6目の竜です。人間に化けることができて、アジ・ダハーカと名乗り、1000年もの間帝王として大陸を支配していました。その治世は、悪逆非道だったと歴史書には書かれています。毎日2人は人を殺し、その脳を食べていたんですって···でも、500年前に現れた勇者ワイアット・ラッドランジャーが彼を倒し、平和が訪れました」
カレンという少女が、丁寧にリオに説明をした。顔を強張らせ、自分の真意を探るような目をしている。
「ラッドランジャーって、国王様の姓だよね?」
「そうです。勇者様は、この国を建国した御方なんですよ。···勇者様が倒した竜を蘇らせようだなんて···っ!」
自分は皮肉気に笑い、首を横に振った。
「確かにザッハークは悪竜だ。でも、君だって魔術を使う者ならわかるだろう?彼は1000年もの間で、多くの魔術を作り出した。そこの本にも、あっちの本にも、ザッハークの残した魔法・魔術の記録は残っている。だけれど、詳細な指南書は残されていない。僕はこの世界の魔術を躍進させるために、彼から直接学びを受けたいんだ」
「そんな···!!ウェルポール公爵様は···何か他にお考えがあるのでは···?」
ワハイは舌打ちしたい気持ちになった。
(僕の噂を聞いたことがあるんだな。馬鹿は、噂が好きだからな···)
——-自分が、師団長としての権力を使って部下に横暴な態度を取っていること。気に入らない部下を、あえて危険な任務に送っていること。
——-酒場の女に金を払い、抱いていること。しかし断った女は酒の勢いで何度も殴って、瀕死に追いやったこと。
側にいた者、彼等の家族には金をたんまり与えて口封じしているのに、どうして人の口には戸をたてられないものなのか。
「···ワハイ様は、竜の姿と、人の姿、どちらの形の機械人形をお求めですか?」
「リオさん···っ!」
「竜の姿がザッハーク、人間がアジ・ダハーカだとしたら、どちらを選びますか?」
―――リオは、話がわかるらしい。それとも、やはり自分に気があるのか?
「人間だ。竜の姿だと、3メートル以上もあるからな。いる場所に困るだろう」
「わかりました。でも、私が作る機械人形には原則があるのです。まず1つに、機械人形は胸にあるコアを潰せば壊れてしまいますのでご注意下さい。2つめに、機械人形は誰かの命を奪うこと、傷つけることはできません。3つめに、2つ目の約束を遵守しなければ、自ら壊れてしまうという仕組みになっております―――これは、私のいた世界でのルールを反映させたものです。4つ目に返品不可というのもございますね」
は?
ワハイは眉を顰めるが、リオの笑みは揺るがない。むしろ深まっているように思えた。
(誰かの命を奪うことができない?それじゃあ···世界を征服できないじゃないか!国王も、あの父親や兄も殺せず、王国中を支配できないっ!!)
自分は魔術師である。だが、この国を支配できるほどの魔力はない。
自分の望みは、アジ・ダハーカを使役し、人々を殺すことだ。
「···へぇ、そういうものなのか。しかし、興味本位で聞きたい。2つ目の原則は、破られる前に反した場合、先に壊れるのか?後に壊れるのか?」
「それは場合によります。もし機械人形が殺人を第三者に教唆した場合は、殺人が行われた後に壊れます。しかし、逆に―――例えば機械人形自身が誰かをナイフで殺害しようとした場合、人を刺す前に機械人形は壊れます」
では、アジ・ダハーカを使役して人を殺そうとしたら―――アジ・ダハーカは、そもそも人を殺すことができないのか。
「だからカレン。例え怪物でも機械人形の原則がある限り、何もできないよ。原則から反することは、我々にはできないからね」
「···でも···!」
「蘇らせても、アジ・ダハーカは人を”殺せない”」
——-リオは強調するように言ったが、ワハイはハッとなった。
(違う。···やっぱり女共は馬鹿だ。気づいていないだけだ)
先ほど、自分はこの口で言ったではないか。
(原則など、しったことか!自分がアジ・ダハーカから、世界を支配する方法を教えてもらえば―――人々を殺し、世界を支配できる!!)
『ザッハークの残した魔法・魔術の記録は残っている。だけれど、詳細な指南書は残されていない。僕はこの世界の魔術を躍進させるために、彼から直接学びを受けたいんだ』
『もし機械人形が殺人を第三者に教唆した場合は、殺人が行われた後に壊れます』
きっと今の自分が考えている方法だと、アジ・ダハーカはいずれ壊れるだろう。それでも自分は、彼から世界を支配する魔術を教われば―――自分は、構わない。
(アジ・ダハーカだって、そうだろう!勇者を殺した一族が繁栄する世界など、憎いはずだ!蘇らせたら――僕の考えに同調するはずっ!!)
悪逆非道の限りを尽くし、毎日人を殺めていた怪物。
「注文する。金は幾らでも出すから、早くアジ・ダハーカを作れ」
「はい、ご注文承りました」
リオは軽やかに、カレンは渋々ながら受け入れた。
◇ ◇ ◇
注文して3日後、アジ・ダハーカの機械人形が完成した。ワハイはまた3日後に機械人形屋に訪れる。
本来人間の姿でも、背中に蛇が2匹いたというが、人間の姿そのままだ。
長い黒髪に、30代前半と思われる男性の姿。尖った顎が特徴的で、肖像画の通り、どこか威圧感すら感じる彫りの深い顔立ちをしていた。
ただ、魔術所に書かれた肖像画とは違い、首に2つの線が刻まれていた。
「何だ、これは?」
「異世界の習慣です。かの御方が機械人形であるという証明のために、首に線を刻むのです。でないと、本物の人間と見分けがつかなくなってしまいますからね」
(ということは、このリオとかいう女も機械人形なのか。だから、我々は殺せないと言っていたわけだ)
不思議な印だと思っていたが、理解できた。
リオとワハイの会話をよそに、カレンが杖を握りしめ、深く息を吸い込む。
「―――それでは、始めましょう。ププクスっ!」
「はぁい!可愛いボク、さーんじょうっ!···えっ!?何この気味悪い悪魔!」
カレンの叫びに呼応して、黒いネコが空中に現れた。ネコのくせに3本の角が頭から生えており、虹色の長い尾がある。カレンが契約している悪魔なのだろう。
「は!?んだお前っ!!こんなのと一緒に仕事すんのかっ!?」
「サレオス、こちらの方が負担は大きい。早くやるぞ」
ププクスとやらに「気持ち悪い」と言われ、サレオスはイラッとしたようだったが―――自分の発言に、カレンは口をへの字に曲げつつも、長い杖を構えた。
自分も、由緒正しき公爵家由来の杖を構える。
「···ププクスに我が身を捧げた代償として、カレン・ブーバイアは願います。白き世界の果てから、かの者の魂を呼び寄せん。かの者の名はアジ・ダハーカ。我等が願いを、成就させたまえ―――!」
「―――サレオスよ、我が魂を与えたものよ。ウェルポールの高貴なる血を持つ者として、ワハイが命ずる。我が望みはアジ・ダハーカの魂。かの者を蘇らせ、我等が望みを叶えたまえ···!」
呪文を詠唱しながらも、ワハイが勝ち誇った顔をすると、カレンの眉がぴくぴくと動いているのがわかる。
ザッハークという怪物の魂は、魔女・魔術師1人の魔力で呼び出すには大きすぎる。
2人で連携し、アジ・ダハーカの機械人形の前で詠唱すると―――カレンからは黒い光、自分からは青い光が輝き出し、ザッハークの新しい身体の中に巨大な光が入っていく。
「······れ···っ」
ぴくりとアジ・ダハーカの薄い唇が動いた。カレンはぺたんと床に尻をつけ、大きく息を吐く。自分もまた、一息ついた。
魔力の減りを感じざる得ない。
「―――おのれええええぇぇぇぇぇぇ!!ワイアットおおおぉぉぉっ!!!」
「きゃっ!」
ザッハークが半身を勢いよく飛び上がらせ、ぎらぎらした赤い瞳で周囲を睨む。叫び声をあげたカレンを初め、3人の顔を順番に見やると身体をすぐ立ち上がらせた。
「そなた等、何者じゃっ!余は、帝王アジ・ダハーカじゃっ!―――ワイアットに斬られる所だったが···転移魔術か?―――む!?魔法が使えぬぞ!?余の蛇は···!?」
「···召還成功のようですね。ワハイ様、返品不可ですよ」
リオはアジ・ダハーカを無遠慮に指さす。
(やった···!アジ・ダハーカを···本当にっ!!)
彼の尊大な様子を見て、間違いないとワハイは拳を握りしめる。
(これで奴等を···殺せるっ!!)
◇ ◇ ◇
「余は500年前に殺され、あのワイアット・ラッドランジャーが建国した国···。それに異世界から来た女···機械の身体···奇々怪々とはまさにこのことじゃな」
機械人形屋の前からワハイとアジ・ダハーカは馬車に乗り、ウェルポール公爵家に向かっていた。アジ・ダハーカには馬車の中で、機械人形の原則の2番目、3番目以外を全てを伝えた。
「ああ、僕にどうか感謝して下さい。僕は世界を支配したあなたを敬愛していて、あなたから魔術を教えを請いたくて大枚を叩く」
(人を殺せない、人に殺人を教唆したら壊れるなんて下手に伝える訳にはいかない。僕の望みが叶うまでは)
アジ・ダハーカは鼻で笑い、窓の外を眺めた。
「そうじゃな、余は世界を支配した。そして、全てを手にした。富も権力も、多くの女も。そなたの言う通り、余は世界を支配するための魔術も開発した」
「全てを···」
——――全てを、自分だって欲しい。
自分は何も、持っていない。
「じゃがそなたは、違うな」
「······はい、その通りです」
クッとアジ・ダハーカは笑った。全てを見透かすような目を見て、ワハイは大きく頷く。
人を嘲るような笑い方―――全てを得て、満足した者の笑みなのだろうか。
「坊ちゃま、屋敷に到着しました」
「···ご苦労」
馬車が停まり、屋敷の執事が扉を開けた。先にアジ・ダハーカは率先して降りていく。
さすがは偉そうである。
「ワハイ!!」
「···お···おとさ――!」
「慰謝料の請求書の山がまた家に届いたぞっ!?どういうことだっ!!全くお前という奴は···っ!兄は優秀だというのに、ウェルポール家の恥さらしだっ!」
「おとうさ···!」
自分も馬車を降りると、ずかずかと詰め寄ってきた巨体の父に胸倉を掴まれ、平手を受ける。強すぎる男の手によって、自分は馬車の側面に身体を倒された。
「自分で全て片をつけろ!!魔術師団長という役目も、折角国王陛下から賜ったのに、何もしていないのだろう!?」
「それは···ろくな部下がいないんですよ!平民あがりの者達は、教養も頭も足りなくて···」
「頭が足りないのはお前だろう!?この馬鹿者がっ!!!」
——どうして、すぐに顔を殴るのだろう。
それは、彼の方が馬鹿だからだろう。頭が足りていないから、人を殴って罵倒するしかないのだ。
また、彼は自分を殴ろうと腕を振りかぶった―――時。
「お父さん、もう弟を殴るのはその辺でよしてよ。俺が久々に西の領地から帰ってきて、折角家族水入らずで今日は夕飯食べれるんだからさ」
兄だった。自分とは似ても似つかない、金髪の美男子だ。清楚な恰好をしているが―――ワハイは憎々し気に彼を睨んだ。
彼の優しい笑みが、自分には気色悪い笑みにしか見えない。
「ガウウェイ、全く―――お前は優しすぎる。だがお前に免じて、これくらいにしてやろう。全く兄弟なのに、こうも違うのはどうしてだ。お前は国王陛下に任された領地も、ちゃんと治めているというのに――1つの師団長ですらまともにできない弟を持って」
「お父さん、もう。お客様の前だからね?」
ガウウェイは自分に目配せし、父の背中を押す。どうしても、ワハイには彼の笑みが良いものと思えない。
弱者に施しを与え、兄は満足なのだろうか。
「···おい、さっさと部屋に案内せよ」
——-馬車にもたれかかっている自分に対し、非情にアジ・ダハーカは言った。
悪逆非道の帝王は、このくらいのことで動揺しないらしい。ワハイは口からこぼれ出た血を服の袖で拭い、自分が倒れても手出ししない使用人達を横目に部屋に向かう。
すぐに扉を閉めると、ワハイはまず部屋に飾られていた花瓶を床に落とした。ぱりんっと呆気なく割れてしまう。
「そなた、あやつらを殺したくて、余を蘇らせたのか?」
「···そうだよっ!うちは代々魔術師の家系なんだ···!あいつらも魔術師で···!」
ワハイは机を拳で叩く。びりりと痺れるような感覚だ。―――よく父は、自分のことを素手で殴るなぁと思う。彼もまた高名な魔術師のくせに、どうしてわざわざ痛い方法を選ぶのだろう。
「じゃろうなぁ?···わかりやすぎる、全て」
彼の小さな声を、ワハイは聞き洩らす。
「アジ・ダハーカ!僕に教えてくれ!どうしたら世界を征服できる!?どうやったらあなたのようになれる!?僕は、無能な国王も、無能な部下も、馬鹿で阿呆な親族も、僕の言うことをきかない全ての国民を滅ぼしたい!やり方を、教えてくれっ!良いだろう!?」
まくしたてるようにして、ワハイは言い放った。
「あなただって、仇の作った国を滅ぼしたいだろう!?1000年も世界を支配していた帝王っ!!」
「ほほぅ?そうか、我々の利害は一致すると···」
彼はぎらりとした瞳で、身長が低い自分を見下ろす。薄い唇に湛えられた笑みは、冷笑だろう。自分のぎらぎらとした欲望を前にして、彼は獲物を前にした蛇のように見えた。
「嫌じゃ」
——-―きっぱりと言われ、ワハイの身は硬直した。
「世界を支配する方法など、絶対そなたには教えん。というか、余が知っている魔術も誰かに教えるつもりはない。絶対じゃ。絶対に、絶対じゃ」
「な···何故っ!?僕は、命を蘇らせた恩人で―――」
「余が、そなたに頼んだか?余は勝手に起こされただけじゃ。それを恩着せがましく言われてものぅ?気分が悪いだけじゃ」
彼はぼすりとふっくらとした革のチェアに腰かける。
「大体、そなたは世界を支配して何とする?憎い奴等を殺して、何とするのじゃ?」
「だから言っているだろう!僕を認めない奴等を殺して、殺して···っ!!」
「その後の話じゃて。何も、その先の未来がないじゃろう?若人よ、そなたの未来展望を聞かせてみよ」
未来展望?だから、それを今自分は話しているのだ!
耄碌した怪物などを召還したのが悪かったか!自分は未来の話をしているのに、話がまるで通じない!
「そなたが欲しいものは、そなたが変わらないと手に入らんぞ?全てを持ち備えた傲慢な若人よ」
「―――はあっ!?」
”全てが欲しいというのに、何も持たない心は、いつもいつも飢えていた。”
どこを見て、自分が全てを持っていると思うのだ?
怒りに、手が震えた。
「余は元々普通の、野を這う蛇じゃった。それから魔法の力を手に入れ、世界を手に入れたが―――結局は己の心も体も消え行くものじゃ。しかし、”今を生きる者”よ、職があり、家族がおり、部下を持ち、富と権力を持つ者よ―――そなたは世界を手に入れても、必ず不服を漏らすじゃろう。そなたが変わらなければ、何も世界の視え方は変わらんからな」
―――ワハイの心に、1000年もの間悪逆非道の帝王として君臨した怪物の声は、届かなかった。
何故彼は自分を理解しないのか。
家族がいる?あんな暴力父と、あんな気取った兄。
部下がいる?あんな使えない部下。
富と権力?この国の国王ほど、自分は持っていない。
たかだか公爵家の次男だ。
ワハイの”世界の視方”は、変わらない。
劣等感にまみれた心は、アジ・ダハーカに対し猛烈な怒りを訴え、自然と体を動かしてしまった。
「僕の役に立たないなら消えろっ!!老いぼれがっ――――!!」
部屋に置かれていた華美な文鎮を持ち上げると、そのままアジ・ダハーカに向かって投げつけた。彼はソファの前から動くことなく、その胸で文鎮を受け止める。
「くはっ···!若人っ!余は二度目の死を受け入れてやる!勝手にそなたが余を起こしたのじゃ!余を壊すことこそ―――結局そなたは世界の視え方を変えることはできぬ証じゃっ!!憐れな若人よっ!!」
——-―彼はひび割れていく赤いコアを抱えながら、不気味な笑い声を発する。
「余のように、父を殺すかっ!毎日何人もの人間を殺すかっ!―――まっこと、憐れじゃなぁっ!その末にあるのは滅びのみぞ!余には、そなたの行く末もわかろうぞ!くっ······くくくくっ···!!くははははははっ!!」
「笑うなっ!笑うなよっ!!僕を―――笑うなあぁぁっ!!」
赤いコアが、壊れる。
それなのに何故彼は笑い声を零し、自分を可笑し気に見つめるのか。大きな怒鳴り声をあげたせいで、喉が枯れる。
そこにいたのは、ただのアジ・ダハーカを模した機械人形だ。
もう壊れてしまって動けないにも関わらず、ワハイは怒りに震える。
どうして、自分の思い通りにいかないのか。
自分はただ―――気に入らない全てを殺し、全てを手に入れたいだけなのに。
『結局そなたは世界の視え方を変えることはできぬ』
そのアジ・ダハーカの言葉が、自分の心を黒く浸食していく。
世界を支配した者?結局彼だって、馬鹿者ではないか。
自分に協力せず、自分を馬鹿にする者達と一緒だ。
···悔しい。悔しい···悔しい···悔しいっ!!
(―――そうだよ、最初から···殺そうと思ってたんだから······いっそ···)
世界の視え方が変えられないワハイは、爆発した怒りを胸に秘め、父と兄がいる晩餐会に向かった。
その手が血に汚れても、結局ワハイは自らの飢えを満たすことはできなかった。
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