第24話 内定

「謹んでお受けいたします」


――タラハ王宮・謁見室。


此処に入るのは初めての事だった。

カサンの謁見室に比べれば大分小さく、華美な装飾も施されてはいない。

だがきちんと手入れは行き届いているのか、塵一つ見当たらず清潔感のある場所となっている。


そこにずらりと左右に分かれてお偉いさん――流石にロザリア様はいないが、その御両親は来ている――が並び、その中央で私はクプタ王子から見事な意匠の施された紋章を手渡される。

それは大賢者の証となる物だ。


私はそれを受け取り、うやうやしくお辞儀した。

受け取る際にちょっと手が当たり、ドキッとしたのは内緒だ。


「皆の者、2代目大賢者の誕生に祝福を」


国王陛下が宣言すると、周囲の人々が一斉に拍手を始める。

儀式的なものとはいえ、自分に盛大な拍手が向けられるのは少し照れ臭い。


因みに初代大賢者は、この国を作った初代国王に仕え、国の成り立ちに尽力した男性だそうだ。

それからずっと大賢者の称号は空白だったため、新しい大賢者の誕生は実に100年以上ぶりの事らしい。


「よろしく頼むよ。ターニア」


「大賢者の名に恥じぬよう、精進いたします」


その時、目の前の王子が他には聞こえないぐらいの小声で「すまない」と私に謝って来た。

私は首を小さく横に振り「お気になさらずに」と小さく返す。


私の就任の名目は、交易用の土木作業で大きく貢献したと言う事になってはいるが、実際はレブント帝国との諍いに対し、軍事の旗印として担ぎ上げる為の物だった。

王子が謝ったのは、その事を心苦しく思ってくれての事だろう。


だが私には、その気持ちだけで十分だった。

万一戦争に発展しても、私は逃げずに戦う。

王子を守るために。


その後、ささやかながらも就任パーティーが開かれる。

その席にはロザリア様も来られていた。


周囲に挨拶を済ませた後、私は彼女に誘われ、ロレンス家にと用意された個室形式の休憩所へと向かう。

まあ個室とはいってもかなり広く、中にはメイドさん達が控えていた。


「本当に困った事だわ。これじゃあ私のBL拡散計画に支障が出ちゃうじゃないの、まったく。ターニア、帝国がビビッて逃げ帰る一発頼むわよ」


一発と言うのは示威行為の事だ。

国境付近。

つまりレブント国が演習をしている近くで私の魔法、山を吹き飛ばしたゼルゲイムの威力を見せつけるという物だった。

それで帝国がタラハへの評価を変え、迂闊な軍事行動は手痛いしっぺ返しを受けると判断すれば暫くは安泰だろう。


「それで引いてくれるといいんですが」


逆に帝国の危機感を煽り、そのまま戦争にと言う可能性も0ではなかった。

かなり低い確率だとは思うが。


「その時は、私も覚悟を決めて力を振るうわ」


ロザリア様自身の戦闘能力は皆無に等しい。

彼女の言う[力を振るう]とは、直接戦場に出ると言う意味ではなく,

錬金術で強力な武器か何かを作ると言う意味だ。


「貴方だけに戦わせるわけには行かないからね」


ロザリア様の表情は真剣だ。


自分の作った武器が人を殺す。

直接手を下す訳でなくとも、間接的に人を殺す事になる以上、彼女にかかる精神的負担は大きい。

それが強力な武器で有れば有るほど猶更だ。


「そうならない事を、お互い祈りましょう」


「そうね。まあ嫌な話はここまでにして。実は私、大賢者就任祝いに貴方に贈り物を用意しているの」


「なんでしょう?」


何か錬金術で作った物だろうか。

私が首を捻って考えていると、扉がノックされる。


「どうぞ」とロザリア様が返事を返すと扉が開き、室内にクプタ王子が入って来た。

私は驚いて思わず立ち上がってしまう。


「ターニア、君も居たのかい?」


「あ、はい」


「僕はロザリアに呼び出されて此処に来たんだけど、用件って一体何だい?」


「国の未来のお話よ」


未来の話と言うのは何の事だろうか?


チラリと王子の方を見ると、ギョッとした表情をしていた。

まあ大賢者になったとは言え、別に私は政治に関わっている訳ではないので、そんな話を私の前でするのはどうかと言う事だろう。


「あの……私は席を外しますので……」


「何言ってるの。貴方の将来に関わる重大な話なんだから,此処にいて貰わなきゃ困るわよ」


「私が……ですか?」


軍事的な話だろうか?


「取り敢えず、二人とも席に着いて」


「あ、ああ」


「分かりました」


私と王子はロザリア様に促され、席に着いた。

メイドが新しい紅茶を入れ直して持ってきてくれる。

ロザリア様はそれを一口楽しんだ後、口を開いた。


「話って言うのは私の婚礼と、第二夫人の話よ」


その言葉を聞き、私は一瞬固まってしまう。

いずれ2人が結婚する事は決まっていた事だ。

だがロザリア様は子供で、まだ少し先だとばかり思っていたのだが、もうそんな所まで話が進んでいたとは――ん、今第二夫人て言った?


「あの?第二夫人って?」


「勿論貴方の事よ。ターニア」


「へ?」


その言葉を聞いて、ぽかんと間抜け面を晒してしまう。

自分では見えないが、きっとこの時の私は面白い顔をしていた事だろう。


「私が猛プッシュしておいたから、直に正式なオファーが来るはずよ」


そう言うと、ロザリア様は悪戯っぽく微笑んだ。

クプタ王子と目が合うと、彼は神妙な表情でゆっくりと頷いた。


「え……えええぇぇぇぇ!!?」


どうやらロザリア様の言う私へのプレゼントと言うのは、第二夫人への打診だった様だ。

私は突然の事に驚きすぎて、絶叫する事しか出来なかった。

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