3ー尻の異変
次の日の昼休み
奴はまたもや俺の前の席に後ろ向きに座って背もたれを抱えて深刻そうな顔をしていた。
「なぁ聞いてくれ。俺、とうとう目覚めちまったみたいなんだ」
これほどまでに永眠してた方が良いだろうと思える目覚めが、かつて存在しただろうか。
「まぁ一応聞くけどさ、何に目覚めたの」
奴は身を乗り出して、誰にも聞こえないような小声で言った。
「ついに、尻のオーラが見えるようになったんだ」
うーん、どう反応したものか。
「救急車、呼ぶか?」
「ばか、お前、ホントなんだよ。俺が冗談でこんなシリアスなこと言うとでも思ってんのか」
「ははは、尻だけにシリアスってわけ?」
僕は軽く笑ったが、奴は両手を組んで真剣な表情をしたままだった。
「まぁ聞いてくれ。尻のオーラが見えると言ったけど、正確には全ての尻にオーラが見えるわけじゃ無いんだ。ある一定のレベルに達した尻にのみシリーラが発現するようなんだ」
こんなくそしょうもない話を真剣な顔でする人間が地球上において他にいるだろうか。
「何だよシリーラって」
「尻のオーラだ」
なんとなくそんな気はしてたけどな。
地球温暖化のせいだろうか、こいつもいよいよもって暑さでやばくなったらしい。
「頼む、信じてくれよ。こんなこと他のやつに言ってもばかにされるだけだ」
「そりゃあそうだろうなぁ」
これでも数少ない友達だ。とりあえず関心
したふりをする。
「つまり、君は良い尻がオーラで分かるわけだ。すごいじゃないか、スカウターいらずだな」
「いやぁそれほどでも。尻力までは測れないからな」
本当に照れくさそうに言うのはやめてくれ、良心が痛む。
奴はしかし、不思議そうな顔をして口を開いた。
「でもな、どうやらシリーラは尻にあるオーラだけってわけじゃないらしい。今日、午前中に日本史の授業があったろ? そん時に田村の手にもオーラが見えたんだ」
「へぇ、手からもオーラって出るんだ。僕はてっきり尻から出ると思ってたよ」
田村ってのは、割かし若めの男の教師だ。確かまだ20代とか言ってたかな。
いつも穏やかな口調で話す、ちょっと頼りなくて優男って感じの、でも生徒からはよく好かれている日本史の先生だ。
「お前の言う通りシリーラは尻から出る。尻に纏ってるというのが正しいかな」
「じゃあ何で手から尻のオーラが出てんだ? 田村はそのオーラを操ることができるとか? 尻のオーラでカメハメ波みたいなのが撃てるとか。シリハメ波みたいな?」
「そんなわきゃねぇだろ、漫画の読みすぎだ、現実を見ろ」
尻のオーラが見えるようになったやつにだけは言われたく無い。
「じゃあなんだってんだよ、田村のそれは」
「察しが悪いやつだな、あいつは誰かの尻を触ったんだよ。それもシリーラを発するほどのな」
僕はハッとする。なんでそんな単純なことに気付かなかったのか。
「ということは田村は痴漢か何かしたってことか」
奴は深刻な顔で頷く。
「可能性は否定できないな。朝見たときよりもさっきの方がオーラが弱まっていた。おそらく付着していただけのシリーラは時間経過で薄れていくんだろう。犯行時刻はおそらく昨夜だろうな」
僕は脳内で満員電車で『ぐへへ』という顔をして尻を触る田村を想像した。
被害に遭った女性の恐怖を考えると胸が痛む。
「なるほどな、あんな温厚そうな顔してえげつないな」
「全くだ、許せねぇぜ」
「でもどうするんだ? まさか『あなたの手から尻のオーラを感じます』なんて言っても『新手の宗教勧誘ですか?』ってバカにされるだけだ。警察だって同じことを言うだろうよ」
僕がそう言うと、奴は頷いてから決意を含んだ声で言った。
「明日、田村の後をつける」
僕は耳を疑ったが、どうやら聞き間違いじゃないらしかい。
こいつはこう何かにこだわると、とことんやる癖があるから手に負えない。
「JRか私鉄か、あるいはバスか。とにかく事件の現場である田村の帰宅経路をまず確認する。現行犯じゃ無ぇと捕まえられねぇからな」
「よし。じゃあ頑張ってくれ」
「バカ、おめぇも来るんだよ」
やっぱりそうきたか。
「やだよそんな探偵みたいなこと」
「いいじゃねぇか、おしり探偵。お前好きだろ」
「そりゃ小さいころの話だよ。高校生になっておしり探偵ごっこなんてできねぇよ。てかお前もやめとけよ。もしかしたらちょっと電車でお尻が当たっただけかもしれねぇぞ」
まだ田村の痴漢犯罪が確定したわけじゃない。
「いや、俺の目、いや尻はごまかせねぇ。ありゃかなりしっかり触ってるな。それにな、オーラを発せられるほどの尻が被害にあってるとなっては黙っちゃいられねぇぜ。そうだろ相棒」
そんな自信満々な顔でアイコンタクトを送られても困る。
「誰が相棒じゃ。頼むから変な事件を起こさないでくれよ、友人が尻のオーラを探って教師を追跡なんて、ネットで拡散された日にゃもう学校生活が送れなくなるぜ」
いやほんとに、勘弁してくれ。
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