タケルの太刀~宝麗島英雄伝 19歳男子が神剣で王道楽土を目指す~ 

Mikan Tomo

戸惑いと覚悟

第1話 始まりの森

大百足おほむかで災厄わざわひより十五とをあまりいつつのとしあをつき三日みつかおほきなる守護者まもりびと、エルフィニアに現れたるぞ。

そは北の国境くにざかひ四つ目の石柱いしばしらのそばと云ふ。

身にはただ神の御剣みつるぎを持つのみとかや。


『宝麗島英雄伝 エルフィニア伝承本』


**********


目覚めてみるとそこは薄暗い森だった。


大ぶりの木々が天を覆っている。

仰向けに倒れていたタケルは、右手で太刀のつかを握っていることに心付いた。

社殿で握りしめた長刀だ。鞘から抜いていたのに、何故かいまは黒塗りのさやに収まっている。


これは夢なんだろうか?

タケルは刀の柄から右手を放して、頰を思い切りつねってみた。


痛い…。


夢ではないようだ。

驚きに見舞われながらも、ゆっくり立ち上がって辺りを見回してみる。

大きな樹木が生い茂り、それ以外の光景は認められない。


日差しはほとんどささず、今が何刻なのかも分からないが、真っ暗というわけでもない。

森閑としたこの場所では、時々、鳥が鳴き、かすかにせせらぎも聞こえてくる。

土と木々の濃厚な匂いが嗅覚を領している。


タケルは混乱した脳裏の中で記憶の糸を手繰たぐってみた。


先ほどまで、確か多家良たから神社にいたはずだ。

妹の舞姫まきと佐々木宮司が立ち会う中、御神体の刀剣、つまり今ここにある長い太刀を拝んだ。


きっかけは舞姫の霊夢だった。


夢に現れた天女がたびたび告げるという。

兄を多家良神社へ連れていき御神体の太刀にまみえさせよ、と。

何度も同じ夢を見るので、霊感の強い舞姫は気がかりを覚えた。

彼女の心配を察したをタケルは、舞姫とともに家門ゆかりの多家良神社へ足を運んだのである。


幼いころから見知った佐々木宮司は舞姫の話を疑うこともなく、すぐに御神体の太刀をタケルに拝ませた。

普段は社殿の奥に秘している、全長が120センチにも及ぶ長い太刀。


鞘から抜かれた刀身からは御神体にふさわしい、まばゆい神々しき光が放たれていた。

その輝きに魅せられるようにタケルが宮司の許可を取って柄を握ったときに…。

その刹那、タケルは全身を電撃に打たれたような感覚を覚えて…。

そこから記憶が飛んでこの状況に至っているのであった。


あの後、自分はどうなってしまったのだろう。

なぜお社に倒れていないのか?

なぜ妹や宮司はいないのか?


神社の境内には小さな鎮守の森はあったが、もちろん今、目にしているような鬱蒼とした森ではない。


もしや異世界転移というものだろうか?


ライトノベルやマンガ、アニメではお馴染みであるが、もちろんそれはフィクションである。

しかし、記憶が正しいとすると、夢でないとしたら、現代日本からどこか別世界に転移したという可能性も考えなければならない。


タケルは今一度両方の手で自分の両側の頬をつねってみた。


痛い…。


やはり夢ではないのか。


この状況は、妹が見た一種の霊夢に関係があるのだろうか?

ここが異世界なら自分は何かに召喚されたということなのだろうか?

ご神刀と一緒に転移しているのも気になる。


戸惑いは深まるばかりである。

しかし、タケルには剣術の修行で培った胆力と潔さがあった。


今さら考えても仕方がない。

後悔先に立たず、だ。


目下の状況、タケルには、剣の道で鍛えた強い心身の他に二つの強みがあったかもしれない。


一つは恵まれたアウトドア体験である。

父親が登山やキャンプなどのアウトドアがかなり好きで、よくタケルは連れて行ってもらっていた。


また、タケルは異世界もののコンテンツに日ごろからよく触れていた。

剣の修行や勉強の合間に様々な異世界系のライトノベルやアニメ、マンガを楽しんでいた。

仮に異世界転移したとしても、慌てふためかない豊かな知識を持っていた。


タケルは思った。

まず生き延びよう、と。

そして、ここがどんな世界なのかを知ろう、と。

水と食べ物、そして、寝床を確保したい。

今自分が持ち合わせているのは、黒塗りの鞘に収められた太刀とポケットに入っていたハンカチと財布だけなのだから。


森はどんな魔物が棲んでいるか分からない。

人里を探そうとタケルは思った。

どんな種族が住んでいるかによるが、人族ヒューマンが運よく居住しているなら、訳を話せば、なんとかなるのではないだろうか。


タケルは左手で刀が収まった鞘の真ん中を掴むと瀬音がする方へ歩きだした。

集落があるとしたら、もとに世界と同様に川沿いに違いない、と考えたのである。


天蓋のようにかぶさる大木が並ぶため、幹と幹の間は広く、また下草も少ないため、薄暗い中でも歩くことは難しくなかった。

進むにつれてせせらぎの音が大きくなり、もうすぐ川に到るかと思われたとき、タケルの耳が捉えたのである。


いやー、助けて


それは若い女性の叫び声だった。

タケルは思わず声のする方へ駆け出したのである。

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