第5話 サブスプリクション
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「いらっしゃいませ、当店はお初でございましょうか?」
「ああ、は、初めてです」
「け、見学を少しさせてください」
「分かりました。それでは当店のシステムをご案内いたします。こちらへどうぞ」
案内されたのは少しガランとしたオフィスとも思える場所だった。
デスクは対面は一直線だが、反対椅子側は椅子を取り囲むよう大きく回り込んでいて、いかにも作業がしやすい感じである。
デスクにはなにかよくわからないが、ディスプレイと複数フォログラムとして立ち上がっている。
多分最先端のフォロピューター*1というやつだろう。
「あなたの経歴と社会的貢献度は中の上ですので、当店の入会資格はクリアしております」
「いや、ぼくはどういうシステムなのか少しお話が聞きたいだけなのですが…」
「分かっておりますとも、それではその説明をしますのでこちらにお座りください」
そう、案内が左手を左胸から左に回しながら人の腰の位置辺りまでの高さに移動させると、床から椅子が上がってきた。
案内された男は椅子に腰を下すと上からヘッドギヤが降りて男の頭を包んだ。
そして椅子がゆっくりとリクライニングしてゆくと、こんどは脚部にオットマンがせり出して男の足を優しく空中に持ち上げてゆく。
椅子に座った男の体は横から見ると頭と足がやや持ち上がり気味で椅子が体を優しく包んでいた。
「ああ、これはなんという心地よい椅子なんだろう…」客らしき男の口からため息ともつかない感嘆が溢れた。
フルリクライニングした椅子のうっとりするような心地良さの座り心地というのか寝心地の良さで、男は自分が生まれたときからこれまでのことを回想ししていた。
男は31歳になっていた。
ぼつぼつ身を固める時が来たと思って、この店に来たのだった。
この店の名は、昔風に言うなら「結婚相談所」というべきものだろう。
結婚相談所はサブスクリプションと呼ばれている。
それは定量課金を支払うことによって、伴侶である女を斡旋してくれるというシステムなのだ。男は生活基盤も構築できたので妻を娶ろうと思って、このサブスクリプションにやってきたのだった。
相談も何もなかった。
男は次から次へと現れる妻の候補が現れその女とデートを重ねた。
一夜を共にしただけでなく共に生活もしてみたこともあるが、自分の納得がいかないとまた別の女を相手に交渉を重ねた。
そうして自分にピッタリの女が見つかった。
その時に背中のリクライニングが持ち上がり、男は現実に戻される。
いろんな女と付き合い交渉してはまた別女とセックスもしたのは全てバーチャルであり、男の妄想は頭に被ったヘッドギアが魅せたものだった。
男自身も自分にこんな面があるとは思いもよらなかった。
「それではお客様にピッタリの奥様候補が見つかりました」
「ちょ、ちょっとまって、ぼくはま妻を貰う決心はしていないんだ。サブスクリプションがどんなシステムでどれほどお金が必要なのか知りたかっただけなんだ」
「お客様、そんなことは心配する必要はございません」
「サブスクリプションは妻を迎え入れることが決定すれば、サブスクリプション料金は一定額が二分化され、自動的にお客様のお勤め先である会社とお客様のサラリーから天引きされるようになっております」
「これは古代の厚生年金みたいなものです」
「サブスクリプション負担額は半分のみですから、月にすれば僅かなものです」
「月にすれば僅かな金額で相性抜群の恋人兼妻を貰うことが出来るのです。それにお客様と相性が一致した COVID-19 タイプの女性は極稀ですので、この機会を逃したら二度と出会えない可能性がございますよ」
「 COVID-19 の女性が他の男の妻になってもよろしいのですか?」
「いや、それはこ、困る」そんな択一的なことを言われて客と言われている男は焦ってしまった。
男がサブスクリプション店を出たときには、男は店と契約をしてしまっていた。
「それじゃあ、一週間ほどで彼女がお客様の自宅に嫁に参りますので、そのさいはご受納よろしくおねがいします」
男はそう言われて未来がパッと開けた気がした。
これからはもうひとりじゃないんだ。
ぼくには父も母も兄弟もいなかったけどやっと家庭が持てる。
なんだか明るい未来の光が降ってきた気がした。
先程のサブスクリプション店内。
それじゃあコード番号 COVID-19 を製造ラインに乗せて制作を始めてくれ。納品は一週間後だから十分間に合うはずだ。
何度目かの戦争で地球上から性別としての女は消えてしまった。
新型爆弾のせいで女は生殖能力を失い、新しい人類は誕生すること無く、ついに最後の一人のミトコンドリア・イブは100年前に死んだ。
ミトコンドリア・イブの生前の細胞や遺伝子からのゲノム復元クローン化の努力も虚しく、ミトコンドリア・イブは地球上から消えた。
その時ミトコンドリア・イブの齢は362歳だった。
長命であった。
それからというもの地球上は女のいない世界となった。
幸いというか不幸というか男のクローンだけは成功し、それが現在の我々の社会を形成している。全て男で埋め尽くされた世界だ。
生身の女はこの地球上に一人もいない。
その結果生まれたのが女性型家事全般主婦タイプ人造人間のであった。
この時代の科学の粋により生まれたセックス可能な、全オートマティック人造女性である。
iPhoneKo は家事全般運動知識全てにおいて究極形の人造人間である。
COVID-19タイプだろうが COVIB-02 タイプであれどれも同じで、男の脳をリサーチしてその男の好みな女タイプに対応しているだけだが、特別なタイプだというとたいてい男はこれを逃すまいとサブスクリプションに同意する。
このサブスクリプションこそが iPhoneKo 生産する資金と成るのだ。
そして男からの Sperma も絞り上げ、その Sperma から元気の良いおたまじゃくしをピックアップし細胞と精子を結合させ卵子を使わずに新しい命を作るのだ。
細胞や精子から X と Y 染色体に分離できても、結合時 XX 染色体は手を尽くしても細胞分裂をぴくとも起こさない。
つまりどのようにしても女が生まれてこないのだ。
数多く Sperma を集めた精子の中に、 XX 染色体と結合して細胞分裂を始める突然変異体が現れたときこそが、ミトコンドリア・イブの誕生と成るのだ。
その時、生殖可能な女が生まれるのだ。
人類は再び地に満ちる。
それまでは地球上の男どもにはサブスクリプションとして、このシステムを運営する経費を支払ってもらわなければいけない。対価として与える高性能なヒューマノイドの iPhoneKo こそがその命運を担っているのだ。
太古の昔、この地に人類を誕生させた我々としては、人類の神としての威厳と尊厳を持って、再びの地にアダムとイブの復活を全宇宙に示してこそ宇宙の覇者としてその名を3000億銀河に轟かせられるというものだ。
ガランとしたオフィスの凹型テーブルの中央に腰を掛けた生き物が、そのような念を発し周りの者に伝えていた。
その姿は人サイズまでに巨大化したナメクジのようであった。
銀河を幾千と超えた星の遥か彼方から、僻地の地球に飛ばされたナメクジ型ヒューマノイド科学者の意地なのであろうか…
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